第8話
「そう言っていただけると安心します。三つ雲さんは優しいですね」
なぎさは、そう言って微笑んだ。猫耳はなくなり、元の二本のアホ毛に戻っている。
どんな理屈なんだ。
「いやあ、良いものを見させてもらったよ。ありがとう。猫耳はかわいいって再認識したぜ」
「てへへ。これも努力の結晶です」
照れるなぎさ。やはりアホ毛は動かない。どうやら本当に集中しないと駄目らしい。
じゃあさっき見たのはレア中のレア、ウルトラレアってところか。ラッキーだな。やったぜ。
と、喜びを噛み締めていると、視界に頬を膨らませている人物が映った。
「ふん。私のこのヒーロー服もかわいいだろう。もっと私も褒めてくれよ」
「あ、お前いたのか」
「ずっとここにいたぞ!?」
美咲だ。どうやら嫉妬しているらしい。大人気ない。いや、高校生気ない。姉気ない。
「お前のちっともかわいくないその服なんて褒めるわけないだろ」
「かわいくないだと!」
「ああ、かわいくないね。第一、全身タイツがかわいいわけないだろ。でもセーラーはかわいかったよ。俺は本当にかわいいと思ったら素直にかわいいと言う男なんだ」
「じゃあこの服は、かわいくなかったらどういう感じなんだ?」
「馬鹿」
「直球だな!」
馬鹿っぽい服、というか馬鹿が着る服。これをかわいいと思って着ているなら、本当に馬鹿なんだろう。
あわれなり。
これは趣があるという意味ではなく、哀れだなという意味だ。そのままの意味である。
「お二人とも仲がいいですね」
「俺となぎさ程じゃないだろ」
「……二人は今日会ったんだよな?」
「ああ。だが、心がビビっと通じあっちまった」
「そんなことはないですけどね」
「フラれた!?」
俺に惚れているチョロインだと思っていたのに!?
「少し話ができたくらいで浮かれるのは童貞の証拠ですよ」
「童貞で悪かったな……」
「まあ楽しかったです。お話が沢山できましたし、アホ毛も見せることができましたしね」
「そっか。なら良かった」
よかったよかった。
めでたしめでたしだ。
あれ? 何かを忘れているような気が……。
「良かったじゃないですよ。私はずっと訊きたかったんです」
「何を?」
「だから、お二人がどうしてわたしをさらったのか、何をしたかったのかです。まさか、目的がないわけではないですよね」
あ、そっか。なんでこういう話をしていたのかを忘れてた。
ヒーロー活動の一環だったはずだ。なんかもう、話が終わったような気がしていたけれど、全然終わっていなかった。
というか、まだ中身に全く入ってないじゃないか。
「起承転結で言えば、まだ承の部分じゃないですか。ここまでで二万文字はかかってますよ。原稿用紙五十枚分ですよ。分かってるんですか? 話進める気あるんですか?」
「いや、そりゃあるけど……」
というか、大体悪いのはなぎさじゃないだろうか。話を拡げていたのは彼女の方だと思う。
「確かに長い物語なら二万文字で承の部分はよくあります。普通です。しかし、これは短編連作なんですよ。一話当たり三万文字強の予定だったじゃないですか。なのにもう二万文字使ってしまいました! なんて話ですか!」
「…………」
現在進行形で文字を使いまくっていることに、気づかないのだろうか。
いやその前に、そんな心配をキャラがしては駄目な気がする。
「しかも驚いたことに、話の目的すら見えてないと来ました! つまりここまではただの雑談だったってことじゃないですか! どうせ伏線も大して張ってないんでしょう? 知ってますよ」
確かに雑談だっただろうな。雑で、なくても話にはそんなに影響は与えないかもしれない。
それに、公園から全く場面が切り替わらないのも問題だ。ずっと公園にいる怪しい俺たちのせいで、子どもたちは満足に遊べていない。
「……ごめんなさい」
流されて謝ってしまった。
だが、もう一度言う。俺は悪くない。
「いえ、わたしも言い過ぎました。三つ雲さんが悪くないのは分かってます」
「なぎさ……」
「悪いのは作者です」
「作者言うな」
こういうメタい話には中々美咲が入りづらいんだから止めてあげようぜ。
呆然としてるから。
「で、どうしてわたしをさらったんですか?」
「えーと、それは……」
「三つ雲さんはいいです。知らないんでしょう? わたしはそこのヒーローさん、わたしのお姉ちゃんに訊いているんです」
やっぱり気づいてたか。
彼女の言葉に、呆然としていた美咲が反応した。
「き、気づいていたのか」
「当然です。家族なんですから、その程度の変装でお姉ちゃんに気づかないわけがないです」
……気づかなかった父親はいたが。
でもそれが、親子と姉妹の違いなのかな。だとしたらなんか悲しいけど。
「最近変な趣味ができたとは聞いてましたが、まさかヒーローをやっているとは」
「変じゃない!」
「三つ雲さんは高校のお友だちとかですか?」
「いや、俺は会社員。高校生には見えないだろ?」
上ワイシャツで下スーツだし。
「お酒飲めるんですか?」
「飲めるよ。少しは」
「えっちなビデオを借りられるんですか?」
「借りられるよ。あ、でも少ししか見たことないよ」
「なるほど、大人ですね。見た感じと喋った感じはそうは思えなかったんですが」
さりげなくディスられた気がしなくもない。
中学生に馬鹿にされているのか?
「でも童貞なんですよね。かわいそうに……ハッハッハッ!」
「完全に馬鹿にしてやがる!」
なんだその高笑いは!
童貞の話題のときだけキャラが変わりやがる。
なんてやつだ。
「では会社員の三つ雲さん。あなたは、ひょんなことからヒーローの手伝いをすることになった、ってことですか?」
「粗筋的にはそんな感じだ」
会社からも命令されている、という特殊なパターンだけど。
「つまりはお姉ちゃんの公式奴隷みたいなものなんですね」
「そんなことは断じてない!」
公式奴隷って響きはなんか怖い。
いや、公式でも非公式でもあり得ないけど。
「はいはい、大体わかりました。ブヒブヒ鳴くのはもう止めてください」
「……ドMキャラかドSキャラかは、やっぱりどっちかに絞った方がいいと思うぞ」
「はい、お姉ちゃん。どうしてですか? 早く答えてください」
無視された!
ブヒィ!
「私は、なぎさが心配だったのだ」
小さく、しかし意志の強さを思わせるしっかりとした声を、美咲は紡ぎ始める。
今度は俺が浮く場面なのだろうか。
よし、少し黙ろう。
「中学校に上がって数日経ったが、ずっと一人で、暗く過ごしていると聞いて……」
「それで、なんとかしようと思ったんですか?」
「……ああ」
小さく相槌を打った美咲に、なぎさは
「余計なお世話ですよ!」
ピシャリと水を打つような声で応えた。
さっきまでの少女と同じとは思えない、大きな声。
なぎさはそんな大声を放つと、俺らとは反対側に向かって走り出した。
「あ、待て!」
美咲が引き留めようと声をかけても止まらない。
なぎさは公園から出ようとしている。
そうすれば、美咲がどうするかは分かっている。分かりきっている。
だから俺は、止めさせた。
美咲が走ろうとするのを制した。
「何をする!」
「……お前が行っても無駄だ。俺が行く」
「どうして!」
走り出した俺に、平行するように美咲が追いかけてきた。
やはりあっという間に追い付いてくる。全速を出せばすぐになぎさにも追い付くだろう。
だがそれは、やっぱり駄目だ。
「『余計なお世話』だからだよ」
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