第4話

 公園に駆け足で向かうと、美咲と被害者がど真ん中にいた。公園のど真ん中に隠れることなく堂々といたのだ。

 美咲は威張ったように胸を張って、被害者の少女は縛られたままうつ向きになって座り込んでいる。

 座り込むというか、どうやったって立てないからそういう体勢なのだろうけど。


「遅かったな三つ雲殿。まあ確かにヒーローは遅れてくるとか、よく言うしな。私なら遅刻は絶対しないが」


 誇らしげにそう言うのだった。

 意味わからん。


「なあ、その子を早く解放してやれよ」


 見るからに憔悴している少女が、見るに堪えなくなった。

 というよりは、この場を目撃されたくないからだ。今俺がこう言えば、最悪犯人として捕まることはないだろう。


「ふむ……。ならガムテープだけ取ってやるか」


 そう言って、美咲はガムテープを思いっきり一息で取り剥がした。

 ベリベリベリベリ!


「いったーいっ!」


 それが登場して初めてのセリフになったのは、可哀想でしかない。


「その痛みこそがお前が生きている証! お前の罪の重さだ!」

「わたしが何をしたと言うのですか!」


 確かに何もしてないと思う。

 それとも何かしたのか?


「まあ追い追い説明してやろう」


 美咲は気取ったように歩きながら言う。どうしたのだろう。今日はこの前より、さらにカッコつけが激しい気がする。

 たいしてカッコよくはないのが残念だけど。あぁ、でも人によってはカッコいいのかな。マントとアイマスク。


「さて」


 そろそろこの子の描写をちゃんとしよう。たぶん、ここまで読んでも、アホ毛が凄い女の子としか伝わっていないだろう。

 実際そんな感じだけどな。ちゃんと説明すると。

 まず、アホ毛が凄い。髪型はなんて言うのかな、なんか短めの纏まっている髪型なんだけど。

 その頂点に鎮座しておられるのだ。二本のアホ毛様が。


 アホ毛様と、つい仰々しく言いたくなるほどの神々しさ。

 こんな立派なアホ毛は見たことがない。凶器に使えるレベルじゃないだろうか。

 太さと長さが桁違いだ。


「すげぇな……」

「もしかして、わたしのアホ毛のことですかね。ありがとうございます」

「あ、自覚あるんだ」

「そりゃあありますよ。ここまでのアホ毛を手に入れるのには、相当努力しましたからね」

「アホ毛に努力したんだ……」

「今、馬鹿毛をアホにしましたね?」

「逆になってるぞ」


 あんまり意味は変わらないけど。

 アホ毛を馬鹿にしたんだ。


「アホ毛の努力ってなんなんだよ」

「鏡の前で何度も髪を弄くり倒しましたね」

「……可哀想なやつだな」


 友達、いないのかな。

 触れない方がいいかな。いいだろうな。


「あとはイメトレです」

「ああ。イメージトレーニングな」

「いえ。イメ……イメージトレーニングです」

「違う言葉を探すなら諦めるなよ」


 ヌイメトレースとか、適当なこと言っとけ。


「縫い目トレースって……婆臭いですね」

「うるせぇ」


 中学生に婆臭いって言われた。

 まだ二十二才の青年なのに。


「青春は終わったのに、まだ青い年とか言っちゃってるんですか? 痛いですねー」

「俺だけが言ってるわけじゃない。世間ではそう言うんだ」

「あ、もしかして、青春は終わらないとか思ってるんですか? 残念ですが、青春だな、とか自分で言ったらもう青春じゃないんですよ」

「お前が何を知っているんだよ」


 まだ思春期入り立てくらいだろ。


「そうですね。わたし、現在十二歳です」

「ふーん。じゃあ中一か」

「セクハラですっ!」

「何が!?」

「学年を断定しました! 死罪です!」

「歳は簡単に教えてくれた癖に!」

「まあ、確かに……。じゃあ判決は取り下げます」


 あっさり取り下げやがった。

 押しに弱いのか? メモメモ。


「許してあげるのが大人の態度ってやつですよ」

「お前、まだ十二歳だろ」

「年齢なんて飾りです。わたしは中身が成熟した大人の女性ですから」

「いや、どっからどう見てもただのガキだよ」

「それは見た目の話じゃないですか……。」


 やれやれ、と彼女は首を横に振った。手も足も使えない今の状況だから、リアクションはそれしか取れないのだろう。

 そう思うと、惨めだ。


「いいですか? わたしは需要に合わせて体型を維持しているんですよ」

「と言うと?」

「わたしは、女子中学生という属性なんです。では、どんな体型が一番求められていると思いますか?」

「うーん……巨乳かな」


 考えに考え、五秒もかけて辿り着いたそんな回答は、即否定された。

 そんなわけないでしょう、と。


「それなら女子高校生でいいんです。中学生ですよ? 一番求められているのはそう!」


 彼女は、縛られたまま俺を見上げ、叫んだ!


「膨らみかけおっぱいなのです!」

「…………っ!」


 言葉を失う!

 これが、正論の強さってやつか! これが正義の強さってやつなのか!

 納得して、あまりににもっともだと同意してしまって、何も言えねぇ!

 これが美咲が言っている、正しさの強さなのか!?


「……いや、違うぞ三つ雲殿」

巨乳よそ者は黙ってろよ!」

「よそ者!?」


 いきなりの俺の裏切りに、心底びっくりしたようだ。

 はっ! ざまあ!


「膨らみかけおっぱい!」

「そう、膨らみかけおっぱいです! それが正義なのです! ほら、わたしの胸をよく見てみてください!」

「お、おお!」


 彼女は、拘束された手をさらに後ろに、自ら持っていった。

 そうすることで胸を強調したのだ。

 そう。そこまですることでようやく、小さく形が分かる胸がそこにはあった。だが、それが素晴らしい!


「アッパレだ!」

「ふっふっふ! そうでしょうそうでしょう! ほらほら!」


 膝をつき、俺は顔がくっつくぐらいまで微乳に、いや美乳に接近!

 そこに畳み掛けるように、ギリギリのところを揺らす少女。

 …………我慢できねぇよな!


「ひゃっはー!」

「ああん! って、な、何をしてるんですか!」

「何って分かるだろう! 顔を胸にうずめている……いや、君の美しい胸にキスをしているのさ!」

「キモいから離れてください!」

「離れないぜ!」


 中学生を襲う社会人。

 これはやばい。

 マジでやばいなって現在進行形で思ってるんだが、いやこれが止められない止まらない。

 ふにふにしてて気持ちいい!


「君、もしかしてノーブグハァ!」


 俺が、今世紀最大のセクハラポイントを稼ごうとしたそのときだった。

 背後からがっちりとロックされた感覚。マズイと分かったが、すでに遅い。

 天地がひっくり返った。いや、ひっくり返ったのは俺だ。

 鮮やかなジャーマンスープレックスが、俺に決まったのだ!

 お見事!


「三つ雲殿……」


 クラクラと回る視界に、美咲の顔を認識。

 雰囲気で分かった。

 めっちゃキレてる。


「死ね」


 ヒーローらしからぬセリフを言って、美咲は俺の一番弱い部分、つまり金色の魂を、蹴り飛ばした!


「アアアアアアアアアアッッッッ!」


 痛すぎて、痛すぎて……。

 ……、…………。


「断末魔って、こんな声なんですね」


 と、朦朧とした意識の中でそんな嘲笑が聞こえた。

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