第3話

「着いたぞ」


 美咲に案内されて辿り着いた学校。街の中にあるというのに広大な土地であり、また、とても綺麗な校舎だった。

 第一印象は、金持ちの学校。


「ここは中高一貫校でな。私も通っている」

「へぇ……」


 門には私立学園、と書いてあった。ひしひしと巨大権力による陰謀を感じる。

 あまり触れないようにした方が良さそうだ。存在を消されかねない。


「あれ? お前がこの学校の生徒なら、やっぱりさっきの格好のままの方が良かったんじゃないか? そっちの方が目立たない」

「いや、駄目だ」

「ホワイ?」

「私は有名人だからだ」

「…………は?」


 こいつ有名人なのか? この学校においてはそうなのか?

 変体として有名なら分かる。あとは、剣上だから、とかかな。

 だけどそれについて、美咲は特に言及せず、続けた。


「あと、私が授業をサボったのがバレてしまう……」

「よしチクってやろう」

「やめて!」


 門に向かって歩き出した俺の足に、しがみつくような高速タックル。

 しかし、転びはしなかった。当然だ。美咲は、俺が転ばないようにやったのだから。

 つまり、動きを封じるためだけにしがみついているからだ。

 おかげで、一歩足りとも踏み出せない。


「大丈夫、冗談だから。安心しろって」

「本当か?」


 上目使いだ。こんなことをされたら、嘘なんてつけるはずがない。


「ああ」

「……そうか」


 美咲が手の力を弛めた。今だ!


「なんてな! チクってやるぜ! いぇいいぇい!」


 意表を突いて走り出した俺だった。俺は子どものころからチクるのが大好きなのだ。


「せーんせいに、言ってやぐぼあ!」


 完全に出し抜いた。と思ったのに追い付かれた。高地内に入れなかった。

 

「この卑劣なやつめ!」


 とかなんとか言われながら、背中にドロップキックを食らう。流れ作業のように。

 俺はもう慣れている、というかつまり、特殊な訓練を受けているから死んでいないが、皆は真似しないでくれ。

 マジで痛いし。


「何すんだよ!」

「こっちのセリフだぞ!」


 とか、これもお決まりのパターンかもしれない。

 だけどさすがに、馬乗りになってくれない。残念。

 正座で向かい合って、学校の前で言い争いをしている男女の姿がそこにはあった。

 さらに細かく言うと、ワイシャツの社会人と、全身黒タイツの女子高生の姿がそこにはあった。

 目撃者がいなくて良かったぜ。


「何も良くない!」

「何!? お前は見られたいのかこんな不様な姿を! さてはお前、痴女か!」

「そういうことではないだろう!」


 とか、そんな争いをしていたのだが、さらに燃え上がりそうだったのだが、ある音が遮った。

 懐かしい音。子どもの頃はよく聞いた、あの音だ。

 つまり、チャイムの音だ。


「キーンコーンカーンコーン」


 ……音だと結構味があって好きなのだが、文字で書くと無機質感が目立つな。

 あの独特な響きを表現するにはどうしたらいいのだろう。


「こんな学校でもこのチャイムなんだな。なんだか安心した」


 物思いに、浸る。

 あの頃は楽しかったな。当時はつまらないと思いながら過ごしていたものだが、後から思えば楽しかったと思うことは多い。

 というか、それが人間なのだろう。それこそが人間なのだろう。

 過去にしがみついて押される形で、不安や期待で詰まった未来を、つまらない今に変えていく工場なのだ。

 ああ、無情。


「哲学を考えているところ悪いが、ちょっとこっちへ来てくれ」


 ワイシャツの裾を引っ張られた。俗に言う、萌えポイントなのだろうか。

 普通、あまり仲がよくない人にやられたら不快にしか感じないだろうに。さわんじゃねぇよ、みたいな。

 あ、美咲は例外だけどね。

 ちょっと嬉しい。


「どうしたんだよ」


 カッコつけながら言ってみた。


「にやけているからカッコつけられてないぞ」

「(カッコいいだろ?)」

「……どうやって喋ればそうなるのだろう。脳内に直接語りかければよいのだろうか」


 そんなのもちろん、小説だからできるだけなのだが。

 言わないでおこう。


「……おっと。ふざけてる場合じゃなかった。そろそろ来るぞ」


 何が、と言おうとしたが止めた。

 美咲が真剣な顔をしていたからだ。アイマスクでも意外と、真剣な顔をすればカッコよく見えるものだ(笑)。


「何が来るんだ?」


 結局訊いてしまった。

 だって気になるんだもん。


「無論、今回のターゲットだ」

「ターゲット?」


 怪人が、門から出てくると言うのだろうか。

 さっきのチャイムでそう判断したとして、つまりさっきのチャイムが放課を報せるチャイムだったとして。

 出てくるのは?


「来た!」


 美咲が指さした方向には、一人の女の子がいた。むしろ他には誰もいない。

 彼女はこちらに向かって、下を向きながら歩いてきている。

 遠いからというのもあって、顔は分からない。ただ、太いアホ毛が二本斜めに生えているのは確認できた。強そうなアホ毛だ。

 

「三つ雲殿はここにいてくれ」

「何をする気だ?」

「手荒なマネはしないさ!」


 訊いてもいないのにそんなことを言ったから、絶対手荒なことをするのだと分かった。

 やれやれ。俺以外にも被害者が増えてしまうのか。

 ようこそ。歓迎しよう。


「……いやいや、待て待て!」


 我に返ってみて、これでは自分も共犯者なんじゃないかと気づいた。

 だから、俺も美咲を追うように高地内に足を踏み入れたのだが、すでに手遅れだったようだ。


 美咲はどこから取り出したか(たぶんマントから)、ガムテープとロープを使い、完璧に少女を縛り上げていたのだった。

 手を後ろで縛り、足を縛り、体全体をぐるぐる巻きで動けないように。

 口にはガムテープ。何か言っているようだが、何を言っているのか分からない。

 ひどく動揺しているようだった。

 俺もだけど。


「お前、何してんだよ!」

「何をしているは三つ雲殿の方だ! 早くハ○エースを持ってこい!」

「お前、どうかしてんな!」


 これは薄い本じゃないんだぞ。ってか女子高生がそんな知識持ってちゃ駄目。


「さ、早く移動するぞ」

「その前に解放しろよ!」

「何のために縛ったと思っているのだ!」

「知らん!」

「この子を逃がさないようにするためだ! ……あと、私の趣味だ」

「最後に絶対駄目な言葉を付け足しやがった!」


 最後どころか全部駄目だけどな。捕まるぞ。


「あ! 他の生徒が出てきた! 見つかる前に早く逃げるぞ!」

「ヒーロー要素、マジでゼロだな……」

 

 タイトル詐欺じゃん!

 今更だけど!


「私はこの子を連れて先に行くから。さっきの公園で待ち合わせよう」


 美咲はそう言うと、俺の返事を待たずに立ち去ったのだった。

 脇に少女を抱えるようにして、走っていく。目に止まらぬスピードだから、警察を呼ばれることはたぶんないだろう。

 凶悪犯罪者がそこにいるのに、誰も気づけないのだ。ああ、なんて恐ろしいことだろうか。

 せめて俺がブレーキになれるように、できるだけ早く行ってやるとするか。

 

 と、その前に。


「剣上美咲って知ってる?」


 と、二人で並んで歩いていた女子に訊いてみた。雰囲気的に中学生だろう。

 でも、本当に有名なら分かるはずだ。果たして!


「もちろん知ってますよ! だってほら」


 彼女たちに言われて、もう一度校舎を振り返った。

 そこに、意識をしてみると、確かにあった。今までだってあったのだろうけど、意識しなければ分からないものだ。


「剣上美咲の銅像までありますからね!」


 そう。銅像が、あったのだ。

 創立者の銅像ではなく、剣上美咲の銅像が、あった。

 だいぶ美化されているようだが、あった。


「わお!」


 言いたいことはいっぱいあったが、その対象である、馬鹿親もその馬鹿娘も近くにいなかったので、言えることを端的に言ってみた俺だった。

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