第2話
「……暴力で黙らされた三つ雲渡だった、じゃねぇよ!」
「わっ! びっくりした! いきなり大声を出さないでくれよ」
ブランコから拳で突き落とされた俺は大の字に倒れていて。
それを覗きこむように見ていた美咲が声をあげた。
「それよりも、いきなり殴らないでくれよ」
「正義のためだ。やむなし」
「何が正義なんだ……」
暴言に暴力で応えるのが正義なのだろうか。
戦争が終わらないわけだ。
「せめて殴る以外の解決策はないのかよ」
「例えば何があるのだ?」
「話し合いだろ」
俺の言葉に、美咲は溜め息。むしろこっちがしたいくらいだが。
「話し合いで解決するなら、ヒーローはいらないだろう」
「そんなことはないと思う」
それではまるで、暴力代行サービスじゃないか。怖いよ。
「ヒーローこそ最初は話し合いで解決してくれよ。すぐ暴力に走るのはダメだって」
「じゃあ怪人事件を話し合いで解決するヒーローはいるのか?」
あぁ……確かにいないかも。もしかしたらいるかもしれないけど、きっとレアケースだろう。
テレビで見るヒーローはみんな、力で解決するもんな。
「話し合いってつまりは、対等な立場でないと成立しないと思うんだ。弱い者を助けるには、ときに拳も大切なんだ」
「……なるほど。確かに一理あるかめしれない、が」
体を半分起こして、俺は言う。
「だったらお前が俺を殴るのは尚更おかしいだろ」
「……キメ顔でそんなこと、言わないでくれ」
高らかな弱者宣言をした俺に刺さる、可哀想な人を見る目。
でも事実だ。
だから恥ずかしがる必要はないのだ。
「まあ確かに、できるなら暴力は避けた方がいいだろうな」
「熱い手のひら返しだな」
「ああ。私の手は回るぞ。くるっくるだぞ」
変な誇り方返しされてしまった。
「暴力を避けるために、言葉は生み出されたのだろうしな」
だけど、言葉がときに直接的な力以上に、人を傷つけてしまい得ることも忘れてはいけない。
と、美咲は付け足した。
思わぬ方向で、思わぬ人からいい話が聞けた。
驚愕!
「そんなびっくりしたような顔をされるのは、なんだかいい気分ではあるな」
何を思ったか喜ぶ美咲だった。馬鹿はこれだから助かる。
「で、今日来たのはなんでだ? 本当にただサボりたいだけなら帰るぞ。っていうかお前の学校に電話してやる」
「違う違う。違うからそれだけは止めてくれ!」
どうやら本気で困るらしい。
「電話するようならまた壊さなきゃいけなくなるぞ」
「ひでぇな!」
またスマホ壊されるのかよ、って思ったけど、あれ、おかしいな。
「俺、まだスマホ弁償してもらってねぇな」
訝しげな目を、俺はしていたのだろう。美咲は、分かりやすく目をそらす。
「あ、ああ。今日買うつもりだったのだ。私だけで買うわけにはいかないし、な。三つ雲殿、じゃあ早速行こうじゃないか」
明らかに今決められた計画だったけど、あえてつっこむことはせず、美咲についていくことにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
携帯ショップでのことについて、特に言うことはない。
普通のスマホを普通に買っただけだ。美咲が勧めた黒のスマホ。
もしかしたら、彼女は黒色が好きなのかもしれない、と思った。女の子らしくないと思わなくもないが、ピンクを勧められるよりはいいから気にしない。
スマホの契約というやつは、どうしてこんなにも時間がかかるのだろうか。軽く一時間は経ってしまった。
その間たわいもないお喋りをずっとしていたのだが、たわいもなさ過ぎて忘れた。
スカートの長さについて議論していた気がする。
支払いは、美咲がした。絶対思いつきだと決めつけていたが、そんなことはなかったのだろうか。
または、社長の娘、すなわちお嬢様(全然そうは見えない)である彼女だから、案外いつも大金を持って生活しているのかもしれないが。
仕事時間中であるのにこんなことでいいのかと、自分で自分を責めなくもないけれど、それは実のところ心配無用だ。
だって、これも仕事だから。
社長には後から報告、それも俺からではなく美咲が報告することで、なんとかなってしまうのだ。
色々と誤魔化してくれるのだ。
なんてありがたい話だろうか。
「いやあしかし、それは三つ雲殿が仕事ではあまり役にたっていないということなのかな」
「ああ、まあ、確かにね……」
携帯ショップから出て、歩きながらの会話。
図星だから、軽くショックを受けてしまった。
新入社員にしてやる気モリモリな俺には、辛い話だ。
「あ、すまない三つ雲殿。でも、私にとっては、とっても役にたっているからな」
「そう……かな」
「そうだとも。今日だって、これからきっと私を助けてくれると信じているぞ」
ああ、そうだった。今日はこれからヒーロー活動をするんだった。
でも何を?
今は午後三時ってところだけど。おやつの時間のわけだけど。
「ふむ。ちょうどいい時間だな。そろそろ行こうか」
「……どこに?」
こいつの言うことだ。まさかまた社長室ということはないだろうけど、予想外のところであるのは間違いないだろう。
首相官邸とかホワイトハウスとか言われたらどうしようかな、とか考えていた。テロは嫌だな、とか。
だから、やっぱり予想を裏切られたのだった。
「中学校」
さらっと言われた。
予想外だ。
たった漢字三文字のその場所に、果たして何が待っているのだろう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「さあ、早くこれを着るんだ!」
「嫌だ!」
「なら無理矢理着させるぞ!」
「そんな……俺の体が屈しようと、心まで屈することができると思うなよ!」
くっころ!
「なあ三つ雲殿。こんな茶番をしている時間はないのだぞ」
「ええー、意外と楽しかったのに」
まあ、お前がやるなと言われそうな流れだったが。
くっころ!
「時間がないならやっぱり着ないから」
ここは街。街は街でも、住宅街。
車が一車線だけ通れる一方通行の道の真ん中で、こんなことをやっているのだった。
こんなことと言うのは、前回着させられた黒タイツを、もう一度着ろというやり取りのことだ。
ちなみに、美咲はすでに着替え終わっている。
全身黒タイツに、緑色のアイマスクとマント。そしてポニーテールで、準備万端だ。
彼女は着替えを、公園のトイレで済ませた。
もちろん、覗きなんてしていない。したら殺される。
くっ、マジで殺される、だ。
くっころ!
「三つ雲殿、どうしてそんなに着たくないのだ?」
「ダサいからだ」
「ダサくない!」
デジャブだ。何回でもループしかねない。
「それに、目立つだろ」
中学校で、昼なら尚更。
最悪だ。
また警察官に追われるのだけは避けたい。
「……じゃあ、今日は特別だからな」
今日だけでなく、これから一生あんな服は着ないつもりだ。
女子高生の鞄から全身黒タイツが出てくるのも、もう見たくない。
「お前もセーラー服に戻れよ」
「三つ雲殿がそっちの方が好みならそれもいいとは思うが、しかし今日は駄目なのだ」
「どうして?」
「それは……答えられない」
美咲にしては珍しく歯切れが悪かったので、とても気になったが。
とにかく行くぞ、と誤魔化し、走り出した彼女に置いていかれぬよう。
俺も、走り出したのだった。
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