三つ雲渡はぼっちJCとのお喋りをやめられない
第1話
「昼か……」
今日も朝からよくわからない仕事をよくわからないなりに、なんとなく終わらせて、昼休みになった。
なんか食べるか、とかよくわからないことを思いながら会社の扉から外へ出る。
自動ドアだ。
なんで俺がこんなに『わからない』を連呼しているのかには理由があったりなかったりする。
「ヒーロー活動を優先するように」
なんてことを言われたのに、あれから一週間、何もないからだ。
別にやりたいわけではないんだけど、あれだけ覚悟を決めろみたいに言っておいて一週間も何もないのは、ちょっと肩透かしに遭った気分だ。
別に美咲に会いたいわけでもないんだけど。なんかなぁ……。
「あ、三つ雲殿!」
そんなこんな、だらだらと考えながら信号待ちをしていたら、声をかけられた。
いや、本当は俺にかけられた声ではないのかもしれないのだが。同じ『三つ雲』という名字を持つ、違う人かもしれないのだが。
これは俺を呼んでいると、はっきり分かった。
ピシャリと、水をかけられたような感覚。
透き通る声。振り返る。
知らない女の子がいた。
「知らない女の子じゃないだろう!」
彼女は、人目を気にせずそう怒鳴ると、ぐっと屈む。
あ、やばいな。
と思った一瞬で、屈んだ勢いを利用して彼女が畳んでいた脚を伸ばしてジャンプ。
弾丸のようなスピードで跳ね上がり、俺の顎に、真下から頭突きでアッパーカットを食らわせた。
「……ぐぁ」
一瞬感じる鋭い痛み。
だけど宙に舞っている間に、その痛みは感じなくなった。
俺が、気絶したからだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「私だと一目で気付いてくれよ。一声で喜んでくれよ」
「一声で喜ぶまでは行かないけど、声で分かってはいたんだぜ?」
現在、俺と美咲(やっぱり美咲だった)がいるのは公園。
ブランコの椅子二つに横並び。ゆっくりと漕ぎながら会話している。
ついでに片手におにぎり。コンビニで買ったやつだ。俺は、海苔がパリパリしてるおにぎりが好き。
「では何故、分かったのに分からなくなったのだ」
「だって、お前がそんな格好をしているからさ」
ああいう声の人は、そういるものでもないし、本当にすぐ分かったのだ。
だけど、見た目が予想外だった。
「そんな格好って、これは普通の格好だろう?」
「ああ、確かに。女子高生がセーラー服なのは普通だよ。逆にセーラー服以外の服を着るのが異常だ」
「それは絶対言い過ぎだな」
「だけど、お前に限っては例外なんだよ」
振り返った先にいたのは、セーラー服の美少女だったのだ。しかも、髪を結んでいなかった。長い黒髪を、自由に伸ばしていた。
ポニーテールからのチェンジで、かなりびっくり。
セーラーは眩しい白色だった。美咲の肌も結構白い方だと思うけど、当然それを遥かに上回る白。
やっぱりセーラー服は、白に限る。誰だよ黒セーラー服を作ったやつ。
「残念ながら私の高校も、冬は黒というか、紺色だぞ」
「な、なんだと!」
「というかそれが普通ではないか。さては三つ雲殿は」
ブランコを、地につけた足で止めて、美咲は言った。
その瞬間、へそがチラリと見えたのは秘密だ。やったぜ。
こういうのがあるから、セーラーは最こ……
「にわかだな」
「…………え?」
「三つ雲殿は、にわかセーラー服オタクだなと言っているのだ。ワールドカップのときだけ日本代表を応援するような、にわかだなと、言っているのだ。恥を知れ」
「いや、俺はそんなこと」
「あるだろう。そんなことあるだろう。期待しないで読んでいた、というか流す感覚で見ていたネット小説が書籍化するとなったら急に古参ぶるのだろう。にわかに古参ぶるのだろう。恥を知れ」
「書籍化をするときに喜んでくれるならどんな人でもいいよ! ……じゃなくて」
仮にこの物語が書籍化するなら、ここのくだりはカットしなきゃいけない。
いやいや話がずれてる、ずれてる。
軌道修正。
「俺はにわかセーラー服オタクじゃないよ」
「ほう? だったらセーラー服が作られたのは何年だ!」
「知るかよ!」
何のクイズ番組だよ!
そんなこと知らなきゃセーラー服を語っちゃダメなのかよ。厳しすぎる。
厳しいと言えば、セーラー服って結構体型には厳しそうだよな。太ってたらパンパンになりそうだし。
美咲にはそんなこと、無縁だろうけど。
「セーラー服が作られた年号すら知らないとは、三つ雲殿には呆れるな」
ブランコから降りて、美咲は言う。芝居がかった手のふりまで加えて。
「じゃあ美咲は分かるのかよ」
「ああ。確か、七九四年じゃなかったか?」
「鳴くよウグイス平安京!? セーラー服の歴史長すぎるだろ!」
それだったら日本は着物ではなくセーラー服で生活していたことになる。
夢のようだが、そんなことは絶対ない。
「泣くよ三つ雲セーラー服」
「俺はその時代からセーラー服に飢えているのか……」
なんてこった。いや、この場合俺じゃなくて俺の先祖なのか?
それでも悲しいけど。
「泣ける三つ雲殿のセーラー服」
「それは泣ける!」
俺が着るのか……。それは本当に泣ける。
「まあ三つ雲殿。ここらで、ちゃんと会話を元のところまで戻そう」
「あ、ああ」
残念な先祖と悲しい自分に思いを馳せていたところだったが、そういえばそれは嘘だった。冗談だった。
とんだ濡れ衣。うっかり信じこむところだった。てへ。
「私がセーラー服だと何がおかしいのだ?」
「……あまり話が変わってない気がするな」
セーラー服で今回の回終わるのかよ。大体三千字くらいだぞ。普通なら二、三行描写して終わりなんだよ。
文字数稼ぎなのか?
よし、今のでまた稼げた。
「コンテストの為に十万字に到達しないといけないなんて大変だよな。もし間に合わなかったら最後は、無駄に叫んでいいからな」
「そんなの嫌だああああああああああああああああああああああああああ」
「必死すぎるぞ!」
ふぅ。叫び疲れたぜ。
でも、こんなことを最後までやり続けて内容ペラペラになると意味がないから、話を進めることにするぞ。
「美咲だと思わなかったのは、タイツじゃなかったからだ」
「ふむ?」
「そりゃあいくらお前だろうと、四六時中あんな変態ファッションをしているとは思ってなかったけどさ。でも」
あの全身黒タイツは、強烈な印象を刻んでいる。あのアイマスクも、あのマントも。
しかし、今日の剣上美咲は、それらを一つも身に付けていないのだ。
「俺のところに来るのはヒーローごっこ……じゃなくてヒーロー活動をするときだけだと思ってたから、びっくりしたんだよ」
「なるほどな」
俺の言い分に納得したように、美咲は深く頷いた。
なるほどおーって感じに。
「三つ雲殿の言うことはもっともだ。そして私は答えさせてもらうが、当然今日は、ヒーロー活動をするために来たのだぞ」
「じゃあ、この前の格好がダサいことに気づけたのか!」
「ダサくない!」
頬を膨らませて、美咲は反論した。ハムスターみたいだ。おにぎりを口に含んでいるせいもあるだろう。
かわいい。
でも残念。美的センスは絶望的なままらしい。実に嘆かわしい話だ。
「単純に、学校から急いで来たからだ」
「ああ、そうなんだ。……あれ、でも今ってまだ学校の時間じゃないのか?」
今日は午前授業なのだろうか。
この前は春休みだったとして、今日は。
「午後はヒーロー活動の為に、やむ無く犠牲にしたのだ」
「ただのサボりじゃねぇかよ! 帰れ帰れ!」
「嫌だ! 漢文の授業が地獄なのだ!」
「ヒーローが駄々こねてんじゃねぇよ!」
「う、うるさい!」
結局また、女子高生に暴力で黙らされた三つ雲渡だった。
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