第11話

 これは、俺の戯れ言が

「その発想はなかった!」と、全てを解決してしまった翌日。壮大な茶番の後日談である。

 剣上親子が仲直りをして、今回の騒動は収まった。

 騒動と言っても、俺とその二人以外は記憶が曖昧だから、そんなもの最初からなかったようなものだ。

 俺が仕事を強制的にサボらされた件は、社長が上手く片付けてくれたらしい。


 ここまで来ると俺には何の得もなく、ただ振り回されて死にかけて、損しかしていないような気もする。

 そんな俺に、美咲は、

「無償で人助けをしてしまうとは、まさにヒーロー。さすが三つ雲殿だな」

 とか言っていたけど。


「おや、三つ雲くん」

「社長! お疲れさまです!」

 

 社長が、重いドアを開けて部屋から出てきた。

 まさか、こんなに早く会えるとは。

 社長室の前でスタンバイしていた価値があるというものだ。


「……どうして満面の笑みで、すり鉢と胡麻を用意しているのだ?」

「ああ、いえ! 社長にすりたての胡麻で作ったジュースを献上しようかと思ってまして。決して社長にごまをする意志が強すぎて、つい本物を持ってきてしまったわけではないですよ」

「……そうか」


 危ない危ない。もっと早く隠せばよかったな。

 ごますりを忘れないためのメモ代わりのつもりだったけど、危なく怪しまれるところだった。


「それでは、社長室の前に君がいるのも、私のためと言うわけか」

「はい!」


 我ながらなんて素晴らしい部下なんだ。俺が上司なら給料アップさせてあげたい!


「ありがとう、三つ雲くん。今回の件は君のおかげで助かったよ」

「いえいえ。確かに僕のおかげですけどね」

「娘も喜んでいたよ」

「それはよかったです」


 そんなことより、俺の給料とか上がんないかな。


「今までだって、本当はもっと歩み寄れたんだ。しかし、今思えば、子どもたちが私を嫌いになってしまったのではないかと怖がっていたんだ。親失格さ」

「……社長」

「これからは、少しずつでもまた歩み寄っていくさ」

「…………」


 いい話かもしれないけど、俺にはどうだっていい話だよな。

 どうせあの娘さんにも、会うことはないだろうし……。


「三つ雲くんには今回の件を受けて、ある役職に就いてもらおうと思ってるんだ」

「え、本当ですか!」

「ああ」


 きたー! 新入社員にして、まだ会社勤め三日目にしていきなり昇格!

 俺、天才じゃん!


「一体どんな役職ですか? もしかして副しゃちょ」

「ヒーローだよ」

「…………は?」

「聞こえなかったかね? 君は、今日からヒーローだ」


 ヒーローものに有りがちな台詞で、勧誘ではなく命令されている……!

 一体どういうことなんだ。


「私からお願いしたのだよ。三つ雲殿!」

「み、美咲!」


 社長の背中から、美咲がひょっこりと顔を出した。

 アイマスクはしていなかったけど、全身タイツとマントは着用していた。

 殴りたくなるような、いい笑顔だ。


「やはり、三つ雲殿は私の相棒ヒーローに相応しいからな」

「勝手なこと言ってんじゃねぇ!」

「……ゴホン」


 俺と美咲の間に挟まれている社長が、咳払い。

 そういえば、社長がいたんだった。美咲が隠れていたのは、社長の背中だった。ただの岩かと思った。


「まあ、そういうわけだよ三つ雲くん。君は今日から美咲がヒーロー活動をするときは一緒についてやってくれ」

「いやいや、そんな命令聞いたことないですよ! そんな仕事聞いたことないですよ!」

「まあいいじゃないか。新しい君だけの仕事だぞ? 最重要勤務だから、他の、どの仕事をしているときだろうとヒーロー活動を優先するように。これは社長命令だからな」


 何この馬鹿社長。何この馬鹿親。いや、親馬鹿。

 仕事より、娘さんの遊び相手をやれって言うのか。

 ある意味、ブラックだ。


「給料は普通勤務と同じ。以上だ」

「そ、そんなぁ」


 あんなに何回も死にかけて給料同じとか、ふざけてるだろ。

 いやいや、おかしいって。


「……君が私の顔面に嘔吐したことは一生忘れない。生涯こきつかってやるから覚悟しろ」


 社長はそんな死の宣告をして、去っていた。

 一瞬で血の気が引く。

 やっぱり忘れていなかったようだ。

 ……オワタ。


「これからもよろしくな、三つ雲殿!」


 でもそんな危機的状況であるとは露知らず、飛び付いてきた美咲。ハグってやつだ。骨が折れそう。

 だけど、こうしていると暖かい。瀕死状態なことは、ひとまず忘れることにしよう。


「……しょうがねぇな。お前のヒーローごっこに付き合ってやるよ」


 そうとなれば、すぐかっこつけてしまうのだった。

 やっぱり年下の女の子にはかっこよく見られたい。社長はくたばれ。


「ヒーローごっこではない」


 俺の目を真っ直ぐ見ながら、美咲は言う。ちょっと拗ねたような顔をしてから、跳ねるように俺をはねのけて。

 右手でピースサインを作って言うのだった。


「私は、正真正銘のヒーローだからな!」

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