第8話
「いったぁぁぁ!」
「さっきのは、これでなかったことにしてやろう」
頭が割れるんじゃないかという衝撃で、地面に倒れた。
すかさず頭皮チェック。割れてはいない。ただ、馬鹿でかい、たんこぶができてしまった。
「禿げなかっただけマシだろう」
「禿げたらお前、許さないからな!」
「知り合いに良いかつら職人がいるから会わせてやろう」
「良いかつら職人の知り合いがいるのが恐ろしいよ!」
どうやったら少女がかつら職人と知り合いになるんだよ。あれ、実は少女じゃないのか? 最初に決めかかってしまったが。
「お前、実は俺より歳上だったりするか?」
「三つ雲殿は二十二歳だろう。大丈夫、それより歳下だ」
やっぱり調べられてたか。
「私の自己紹介も今さらながらちゃんとしておこう」
「ああ」
「私は剣上美咲。ヒーローだ。だが、本当は女子高生をやっている。高校三年生だ」
「……その設定は隠しておいた方が良くないか? ヒーロー的には」
「三つ雲殿なら大丈夫だ。それに、近所の方々には既に知られている」
「親は泣いているだろうよ」
きっと、「お宅の娘さんマジファンキー」とか言われているのだろう。噂されているのだろう。
可哀想に。
「いや、泣かないさ。お母さんは私を応援してくれている」
「お母さんやべぇ!」
子どもの夢を応援するのは良いことだけど、高三の娘がヒーローやってたら普通止めるだろ。
この子どもにして、その親ありか。どんな親か見てみたい。
「で、お父さんは?」
「……知らない」
「え?」
「お父さんは、私のことなんて知らないはずだ」
女子高生らしさを初めて感じた瞬間だった。そうか、この歳の女の子なら、父親とは距離があるというか、父親を嫌っててもおかしくないな。
意外とかわいい所もあるんだな。
「そんなことどうだっていいだろう。さぁ、急ごう」
「ああ」
機嫌が悪そうに、美咲は言った。
でも急ぐと行っても、会社に戻ることしか知らないから、どうしてこんな格好をされているのかも分かっていない。
ただ、訊こうにも訊きづらい感じになってしまったので、訊けないまま俺は、再び美咲に乗っかって、会社に向かうのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「いいか、今から怪人が潜んでいる、あの敵基地に侵入するぞ」
「いや、ちょっと待てよ」
今、俺たちは高層ビルの屋上に建っていた。建物から建物へ飛び移ったり、クライミングのように登ったりしてここへ来たのだ。
エレベーターは使っていない。使えない。警察を呼ばれてしまうからだ。
だから、命からがら、もう何回死ぬ思いをしたか分からないくらいで、辿り着いた。だけど、美咲的にはこれくらい普通なのかもしれない。
「ん、どうした三つ雲殿?」
何故ここに来たのか、その理由は敵基地に侵入するためだと言うが。
「あれ、俺の職場じゃん!」
今、自分たちがいるビルよりもさらに高層。果てしなくデカイビルが目の前にそびえ立っている。
間違いなく職場だ。
「だからちょうどいいのだろう。三つ雲殿は怪人を倒すついでに仕事に戻れるのだから」
「何もちょうどよくねぇよ!」
職場まで送ってくれるってこういうことだったのか? 一つ目の要求がヒーローの格好をすることだったから嫌な予感はしていたが……。
「そう。二つ目の要求は、私と共に怪人を倒すことだ」
「断る」
「断るのを断る」
強く断言された。
「断るのを断るのを断る」
「ならば三つ雲殿の人指し指のささくれを思いっきり剥いてやろう」
「悪魔め!」
自分で剥くのだって痛いのに、こんな奴にやらせたら、剥けるのはささくれどころじゃ済まないだろう。
死んでしまう。
結局俺には、歯向かう余地などなかったのだ。
「最悪だぁ。俺の人生がぁ」
「大丈夫だ。悪いことをするわけではない」
「悪いことにしか思えないんだが」
警察官を怪人とか呼ぶ奴だ、絶対人を殴ったりするんだろ。
「まあ私に任せておけ」
任せられねぇよ……。
「それに、変装してるんだからバレないだろう」
アイマスクとマントと全身タイツだぜ? アウトだろ。
「よし、気合いが入ったようだな。じゃあ行こうか!」
「どこを見て気合いが入っていると判断した」
どこからどう見ても、打ちひしがれてただろうが。
「その瞳さ」
「アイマスクしてるし、俯いてたから分かるわけないだろ!」
「見なくても分かる」
「……駄目だこいつ」
信用ゼロだよ。
「さあさあ、行くぞ! 楽しいお喋りは終わりだ! 私に掴まれ!」
信用はゼロだが、拒否権もゼロだし、もう半場諦めどころか全場諦めで、言われた通り背負われた。
ここでおっぱいを掴んだらどうなるか気になったが、止めておこう。俺は紳士だからな。
「うおおおおおお!」
剣上は屋上の端までバック。しかしその助走も高速。
そして、前屈みになって超スピードで走り出した。
おいおい、まさか。
「突撃だぁぁぁ!」
「いやぁぁぁぁ!」
隣のビルから、俺の職場のビルまで、跳んだ。
走幅跳びのように、美しい踏切を決め、軽やかに。
会社のみなさん、すいません。
心の中で土下座しながら、窓をぶち破って侵入した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「剣上美咲、ここに見参!」
スタッ、と何の衝撃もないように、彼女は着地した。バリィィンと窓ガラスはとんでもない音をたてて割れたので、強い衝撃があるのは確かなのだが。
そして、開き直ったのか、彼女は名前を簡単に明かした。ダサいポーズと共に。どんなポーズかは想像にお任せする。
だが、そんな風に決めたにもかかわらず、目の前には人はいなかった。完全に一人でなんか言ってる痛い人状態である。
俺的にはありがたいが、誰か来るのも時間の問題だろう。
「何をやっている。三つ雲殿も早く名乗れ」
「お前、俺の名前を言うんじゃねぇ! こんなのバレたら終わりなんだよ!」
バレないための変装ではないのか。こいつ、ついさっき言ったことを忘れてやがる。
しかも無駄に大きな声。本当に本物の馬鹿だ。
「なるほど。確かにバレないようにするのは大切だな。侵入すら敵に悟らせないようにするのが理想か。さすがだな」
「今さら過ぎるだろう」
違う侵入方法はなかったのか。窓ぶち破るとか、証拠が凄い。
「大丈夫。窓もくっつけておいた」
「その技術はやっぱり大したものだけど、窓では意味がない!」
ヒビが全然隠せてない。蜘蛛の巣を三重にしたみたいになってる。
「ヒビがある方が風情があるのだろう?」
「それは日本の伝統工芸品の一部の物だけだ!」
それにしたってヒビが入りすぎだ。売れねぇよ。
しかも、これで仮に奇跡的に窓を割った事実が隠せたとして(隠せるわけがない)、あの音は凄かったから……。
「なんか凄い音が……キャー! 変態が二匹侵入してるわぁぁぁぁ! キャー! やばーい!」
案の定OLに見つかってしまった。
勤務時間内だろうにスマホ弄ってるOLに見つかった。
勤務時間内にヒーローやってる俺には言われたくないだろうが。
「ヒーローは一匹二匹ではなく、一ヒーロー、二ヒーローと数えろ!」
「そんなツッコミしてる場合か!」
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