第7話

「ヒーローってかっこよくないか、ヒロインより」

「そうかな」

「そうだ。考えてみろ。まずヒロインって聞いたら正義の味方って感じじゃないだろう」

「それは確かにな」

「どっちかと言えば、守らなきゃと思わせてしまう、ヒーローと対照的なものだとも思うのだ」

「なるほど」


 それは、そうかもしれない。ヒーローは守ってくれて、ヒロインは守らなきゃいけないのか。分かりやすい。


「例えば、『三つ雲渡はヒーローをやめられない』というタイトルがあったとしよう」

「とんでもない既視感があるタイトルだな」


 俺はヒーローじゃないけど。


「それが、『三つ雲渡はヒロインをやめられない』だと伝わる意味合いが変わってしまうだろう」

「……そりゃあ変わるだろうな」


 俺は男だしな。凄く違う意味になってるな。女装趣味なのか男の娘か分からないが、大変なことをやっている気がする。

 あれ? でもこの逆パターンをこいつは言っているはずなのに、どうしてそこまで違和感がないのだろう。

 ヒーローとヒロインは根本的に違うということか?


「ヒーローは正義の味方全般。ヒロインはかわいい女の子。というのが正しいのかもしれないな」


 例外は当然あるだろうが、と彼女は付け足した。

 まあ、概ねその通りだと思う。ダークヒーローやかわいくないヒロインもいるだろう。かわいくないヒロインは嫌だけど。


 あぁ、そうなると、日曜朝から怪人と戦っている女の子も、ヒーローと言ってしまってもいいのかもしれない。

 ヒーローは女でもいいんだな。他にしっくりする言い方もないし。認めよう。


「しかし、女ヒーローは同時にヒロインでもあるのさ」

「は?」

「つまり、私はヒーローでありヒロイン。最強だ」

「いや、俺はお前がヒロインは嫌だ」

「何故だ」

「まともじゃないからだ」

「しかし、今どき個性がないヒロインなんて流行らないだろう」

「それでも王道は必要なんだよ」


 他のキャラがどれだけ特殊でもいいから、メインヒロインだけは、やはり王道がいい、と思うのが普通の主人公ではないだろうか。

 なんだかんだ、人は安定を求めるものだ。


「なんだ? 量産型ツンデレや量産型幼馴染みが好みか?」

「別にそういうわけじゃないけどさ」

「三つ雲殿がツンデレキャラだったのか!」

「勘違いするなよ! 別にツンデレなわけ、ないんだからな!」


 ワンポイントツンデレサービス。

 だけど、俺がこれをやって喜ぶのは、たぶん俺の母親だけだ。残念。


「いつか、本物のツンデレに会えるさ」

「そうかなぁ」


 ツンデレよりヤンデレに先に会いそうな気がする。最初にこんなイレギュラーと当たってしまったのだし。

 気のせいだといいんだけど。


「まぁいいや。先のことはそのとき考える。それよりも今のことだ。それが俺の人生の方針だからな」

「無計画なだけなのに、かっこよく聞こえる。流石、三つ雲殿」

「……お前は俺だけでなく、全国の多くの人を傷つけたぞ」


 未来のことより、今のこと。

 歌とかで散々言われているフレーズでもある。確かに無計画と言ってしまえばそうかもしれないし、楽天的かもしれないけれど、別にいいじゃないか。楽しければ。


「いやいや、私もそれでいいと思っているよ」

「……そうなのか?」

「無計画でもかっこよくなくてもいいだろう。まあ、この話は今度の機会にしよう」

「はぁ」

「それよりも、今のこと。作戦の確認でもしようじゃないか」


 高速道路の出口。今ではかなり自動化が進んだその出口を、彼女は俺を背負ったまま飛び越えた。

 今さらその芸当にツッコまないが、他にツッコみたいところがある。


「彼女っていう言い方がしっくりこないんだよなぁ」

「何?」

「作戦確認の前にさ、お前の名前を教えてくれよ」

「な、なんだ、急に」

「だからさ、そっちは俺の名前を知っているのに、俺はそっちの名前を知らないっていうのは不公平じゃないか? ずっとお前って呼ぶのも悪いしな」


 お前自体はしっくりくる言い方であるのは間違いないんだけど。彼女とか少女とかいうのは、どうもしっくりこない言い方だ。

 ヒロインという言葉と同じように、どうもこの常軌を逸した人物には似合わないのだ。


「そうか。私は、美咲だ。剣上けんじょう美咲みさきという。改めてよろしく」

「……ああ。よろしく」

「どうした? なんかスッキリしていないようだが」

「いや、ヒーローなのに、普通に名前を言うんだなって」

「……名前を言わなきゃ駄目だと、昔教わったからな」

 

 なんだ、その変な教え。


「それ言ったやつ馬鹿だろ」

「そうだな。もしかしたらそうかもしれないと思っていたところだ」

「じゃあこれからはむやみに名前を明かすなよ。危ないから」

「……考えておくよ」


 名前だって個人情報だからな。用心するに越したことはないだろう。


「じゃあさ、ヒーロー名を考えないか? 暇だし」


 会社には、まだまだ着きそうにない。


「ふむ。三つ雲殿がそう言うなら」

「なんか、ぱっと思いついたのはあるか? こういうのって、瞬間的に浮かんだのがよかったりするぞ」

「……正義女ジャスティスウーマン

「だっさー!」

 

 爆笑した。それかなりつぼ。

 さすが、全身タイツ女のセンスだ。


「……言わなければよかった」


 拗ねてしまったようだ。殴られなかったのは、ここが車道であるからだろう。

 殴られたら死ぬからな。


「い、今からでもいいから違うの言えって。笑ってやるからさ」

「笑うな」

「じゃあ嘲笑ってやる」

「だから笑いから離れろ。余計にひどくなっている」

「じゃあ祓ってやる」

「私には何か憑いているのか」

「じゃあ嫌ってやる」

「やめてくれ!」

「じゃあムラってヤる」

「最低の変態野郎だ! こらしめてやる!」


 後頭部で頭突きをされた。おんぶしながらでもできる唯一の打撃であるように思えた。


「冗談だって分かるだろ? 過剰反応すんなよ」

「三つ雲殿が言うと冗談に聞こえないからな。むしろ立派な貞操観念だと褒めてくれ」

「誰が褒めるか」


 まあ確かに、第三者から見れば、今の俺は全身タイツの男。危険人物に見えてしまうかもしれない。

 だが実際は、女性に対して優しい、男の中の男であること。そして、立派に童貞を守り抜いている紳士なのだと、ご理解いただきたい。


「クソ童貞の癖に、何を偉そうに」

「誰がクソ童貞だ! 口調乱れてんぞ! キャラを守れ!」

「私はハチャメチャなら何をしてもいいというキャラなのだ」

「なんて自由人!」


 まるで、広い大空に羽ばたくカラスのようなやつだ。凄い!


「まあ、それは置いといて、ヒーロー名を早く言えって。これ言うの三回目だぞ」

「いや、しかし……」

「どうした? まさか、本当にヒーロー名を考えてないとか言うのか?」

「ま、まあ」

「なんだそれは、呆れるなぁ。ヒーローと言ったら、ヒーロー名があってこそだろ。それでヒーローを名乗るなんて、何考えてるんだか」

「……返す言葉もない」


 どうやら、本当に落ち込んでいるようだ。だから、この辺りで止めようかとも思ったのだが、どうやら俺は、そんなにいい人間ではないようだ。


「あーあ、ヒーローなんじゃないのかよ。みんなに一体なんて呼ばれるつもりだったんだ?」

「…………」

「子どもたちになんて呼ばれたいんだヒーロー! いや、美咲お姉ちゃん!」

「……一回下ろしていいか?」

「ん、いいけど……疲れたのか?」


 俺の問いには答えず、美咲は俺を歩道に下ろした。

 そして、

「ふんっ!」と勇ましい声と同時に、美咲は、その美しい黒脚をこれでもかというくらい高く掲げた。

 俺の頭よりも高い位置に足が来ている。凄い柔軟性だ。

 それにしても、程よい肉付きの長い脚で、非常に美しい。国宝級である。それをこの角度で見るのは中々乙。良き良き。いとをかし。

 黒タイツの良さに目覚めつつあり、散々褒めちぎった俺に向かって、しかしその美脚は振り下ろされた。

 つまり、かかとおとしをされた。

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