第6話
「何を言っているんだ。受身は最強なんだぞ」
「無理があるだろ!」
「そんなことはない。馬術でも応用されている技術だからな」
「馬術は確かに高いところから落ちるけども、一、二メートルくらいだろ! 位が違うんだよ!」
一桁どころか二桁ぐらい違うと思う。ここの高速道路、高すぎて雲に届きそうだもん。
どんな高速道路だよって感じだけど、こんな高速道路だ。
「高さの問題ではない。どんな高さだろうと関係ないんだ」
「嘘つくなよ」
「嘘ではない。現に私は出来ている」
「お前が特殊なんだよ」
「画面の前のみんな、是非やってみてくれ!」
「ヒーローが自殺教唆してんじゃねぇ!」
するなよ! 絶対にするなよ! 間違いなく、十中八九、百発百中で死ぬからな! 言ったからな! フリじゃないからな! 俺は責任取らないからな!
「まあ、受身のことは追々語るとして」
「語るなよ、聞きたくない」
聞きたくないというか、聞く意味がない。
だが、そんな俺の言葉を無視して、彼女は続けた。
「さぁ、これからどうする?」
「……そりゃあ帰らなきゃ…………って、あーーっっ!」
「どうした三つ雲殿」
「仕事だよ仕事! とっくに昼休み終わってるだろ!」
「ふむ、確かに。現在、十四時二分だ」
「……なんで分かるんだ?」
実際、十四時二分で合っている。腕時計を確認した。
しかし、彼女は、時計など持っていない。
「なんとなくだ」
「……そうか」
もう驚かない。というか溜め息しかでない。仮に空を飛んでも驚かないし、突然巨大化しても驚かない。
「さすがに私もそんなことはできないな」
「……そうか」
当然、心を読まれるのは慣れっこだ。
「若い人の心は買ってでも読めと言うからな」
「言わねぇよ!」
どんなマインドコントロールスクールで教育されたんだよ。
正しくは、若い時の苦労は買ってでもせよ。
掠りもしていない。
「ってどうだっていいんだよ、そんなことは! 会社に戻らないとヤバいんだよ!」
新入社員が無断途中退社とか最悪すぎる。サボりとしか思われない。
最悪クビか? いやいやクビは言い過ぎだとしても、マズイことには変わりない。今からでも連絡を……。
「だぁぁぁぁ! スマホがねぇ!」
「あ、それならさっき落としてたぞ。拾っておいた」
「え、マジ? ありがとう……ってぶっ壊れてるじゃねぇか!」
ぶっ壊れている、というか、もはやスマホではなかった。消しゴムサイズの黒の破片でしかなかった。
遠くから見たら石にしか見えない。
「まあ、あの高さから落ちたら、スマホごときでは耐えられなくても無理はない」
「あぁぁぁ、ちくしょう! なんで俺が生きてるのにお前が死んでんだよぉぉぉ」
場合によっては感動的なこのセリフも、今回はただのむちゃぶりであった。
そんな、ただの黒の塊になったスマホを地に叩きつけて、その勢いのまま四つん這いになり、悲痛に顔を歪め、俺は、叫んでいたのだった。
超可哀想。
「仕方あるまい。彼もよく頑張ったさ」
「お前後で弁償しろよぉぉ!」
「了解だ」
素直に了解された。しかも敬礼された。めっちゃ爽やか。
しかし、こうなったのはこいつのせいだ。そのことを忘れてはならない。
俺には今、こいつになんでも言うことを聞いてもらう権利があるんだ!(暴論)
「ついでだ! 俺を会社まで送れ!」
「ふむ。それは構わないが、私からの望みも叶えてもらおう」
「なんだと?」
それは聞いてないぞ。いや、元々、特に何も聞いてなかったけど。
「嫌だと言ったら?」
「私は三つ雲殿を会社まで送らない」
「やっぱり脅すんだな……」
「交換条件。脅しているわけではない」
「…………」
脅してるよな? そっちに非があるから、何かやって貰おうっていうことのはずだったのに、俺がさせられる時点でおかしい。
だが、拒否できないのだ。拒否すれば帰れない。ここがどこかも分からないからだ。周りは木ばかり。
せめて携帯があればなんとでもなるのだが、それもできない。
つまり、今、俺は詰んでいるのだ。この女に頼るしかない……。なんてことだ。
「……何をすればいい?」
「ふっふっふ、それはな……」
嫌な予感がする。
こいつがする要求とか、絶対ヤバい。でも聞くしかない。なんて災難だ。
「三つほどある。三つ雲殿だけにな」
「……意味わかんねぇ」
願い事の数を増やすみたいな頼みか。そういうのは基本タブーだ。だってズルいもん。
「三つもあったら聞かねぇぞ」
「ならやっぱり送らない」
「ぐっ……じゃあ頑張って自力で帰ってやるよ」
「それなら足を折ってやろう」
「悪魔め!」
ヒーロー設定、もう無理じゃね?
「まあまあ、そんな酷い要求はしないから安心してくれ」
「……分かった」
「よし。じゃあ一つめの要求だが……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
俺は、三つ雲渡。強制的にヒーローをやらされている者だ。
全身黒タイツに身を包み、黄色のアイマスク。そして、同じような格好をした女の子に背負われて、高速道路を爆走中。
簡単に言えば、変態になって変態行為をしていた。屈辱的……っ!
「やはり似合うよ、三つ雲殿」
「なんで俺はこんなことしてるんだろ……」
「三つ雲殿もヒーローだからさ」
「そんなものになった覚えはない」
「人は誰だって誰かのヒーロー」
「良い感じのことを言って俺を騙すな!」
そりゃあ小さい頃はヒーローに憧れたけど、もう俺は大人なんだ。流石にそんな夢は忘れた。捨ててしまった。
「第一、ヒーローヒーローとうるさいけど、お前は本当にヒーローなのか?」
「当たり前だろう。私は超絶美少女で圧倒的解決力を誇る、最強無敵のヒーローだ」
「それが引っかかるんだよ。超絶美少女ってところが」
「なるほど。ウルトラスーパー超絶美少女じゃないのか、ということか?」
「いや、強調が足りないということじゃない」
しかし、自分で超絶美少女って言うの、痛いなぁ。そんなに自信があるんだ……。
俺からしたら、アイマスクのせいで、本当に美少女か判断しかねるんだけど。いや、美形であるのは間違いないんだろうけどさ。
「俺が言いたいのはさ、ヒーローじゃなくてヒロインなんじゃないかってことなんだよ」
「むっ!」
「どうだっていいことだけど、気になったからな」
誰かはツッコまないと駄目かな、だったらそれは俺かな。みたいな責任感による疑問だ。
本当はどうだっていい。
「いや、しかし、流石に鋭いな、三つ雲殿は」
なのに、何故か褒められた。
「確かにヒロインと名乗るべきかもしれないが、それでも私はヒーローと名乗りたいのだ」
「なんでだよ。実は男だったりするのか?」
「男の娘か!? あれはいいよな!」
「なんで興奮してるんだよ!」
「あれは私のような女が興奮するためにあるのか、それとも三つ雲殿のような男が興奮するためにあるのか、どっちなのだろう」
「俺は興奮しねぇよ!」
勝手に性癖を決定しないでくれ。
「それに、お前がやったら男の娘じゃないだろ」
「あぁ、そっか。難しいな」
男じゃないのは当然分かっていたから、今のは冗談だった。男の娘だったら、こんなおっぱいのはずがない。俺は分かるぞ。
「で、なんでヒーローなんだよ」
話を戻そう。このままだったら、いつまでも、どこまでも、続いてしまいそうだからな。
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