第5話

 背中から、地面に向かって降下していく。パラシュート無しの仰向けスカイダイビングだ。

 今日何回目かの死を感じていた。原因は、全部、同じ人。そう、こいつだ。


「私にしがみついていろ!」

「うぉぉぉ助かったぁぁぁぁ!」


 しかし、こいつのせいだと分かっていても、俺は、助かったという喜びを感じずにはいられなかった。怒る余裕はなかったのだ。

 というか、正確に言えば、俺にも非があるから、一方的に責めるのがそもそも間違っているのだ。

 助かったのかはまだ不明ではある。絶賛落下中。だけど、きっとなんとかしてくれる!


「行くぞ!」

「お、おお……!」

「歯を食いしばれ!」

「おお! ってなんで?」

「落ちるからだぁぁぁ!」

「ああああああああ!?」


 助けてくれなかった。さすがに都合が良すぎたらしい。てっきり空を飛んだりするのかと思ったのだけど……。

 俺らは、抱き合う形で落下している。結局、さっきと状況は特に何も変わっていない。

 犠牲が一人増えただけ。変態女を一人、道連れにできるようになっただけだ。このままじゃ、今度こそ死ぬ!


 どんどんどんどん加速していく。風の音が凄まじい。この恐怖、うまく伝えるにはどうしたらいいかなぁ。

 あれだよ、学生時代、怖い先生に怒鳴られたときの三倍くらい怖い。もしくは、警察官にいきなり発砲されたのと同じくらい怖い。うーん、うまく伝えられないなぁ。

 ところで、バンジージャンプとかスカイダイビングとか、人はなんであんなことをするのだろう。馬鹿なの?

アホなの? こんなことやっちゃう俺かっけぇとか思ってるの? 俺と立場変わって欲しいなぁ。

 死なないって分かってれば楽しめるものなのかなぁ。あーあ……。


「さっきから何をボソボソ言っているのだ三つ雲殿! しっかりしろ!」

「いやぁ、俺はもう駄目だ……。生まれ変わったらDカップ美少女のブラジャーになるんだ……」

「現実逃避をするな! あとそんなくだらない妄想は捨て去れ!」

「捨て去れるか! この妄想が生き甲斐なんだ! 百八種類の生まれ変わり方を考えてるんだ!」

「最悪の煩悩だ! あ、そろそろだぞ」

「いやぁぁぁぁ!」


 嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁ! 死ぬ間際の思い出がこんな変態との変態トークなんて嫌だぁぁぁ!

 ……抵抗しても無駄か、死んだ後のこと考えよ。美少女の靴下とか、美少女のペットに生まれ変わりたいなぁ。あとあと、王道だけど女湯の壁とかいいなぁ……。

 

「さぁ、歯を食いしばれぇぇぇ!」

「ううううううううっっ!」

「そして手を離すんだ!」

「でぇぇえ、なんでぇぇ!?」


 突然の裏切り!?


「私が下になるから、挟まれないようにしろ! どこか別の場所を掴め!」

「!? わ、分かった!」


 ……なんて、なんて優しいやつなんだ! 死体になるときに、あまり傷つかないように配慮してくれると言うのか! 疑ってしまった自分が情けない。

 今、抱き合う形のまま、彼女が下にいる。あと数秒で地面にぶつかる。命が消える。

 さぁ、ならばどこを掴む!? 決まっている! 人生最期の瞬間だ!


「うおおおおおお! ヒャッハー!」

「何をやっているんだぁぁ!」

「す、すげぇ柔らかさだぁぁ!」

「何回胸を揉めば気がすむんだ貴様はぁぁぁぁ!」


 俺は背中に回していた手を離し、一瞬でおっぱいへ移した!

 最期の瞬間なんだ、これに限るっ!

 この瞬間速度は凄まじかった。たぶん、これまで生きてきた中で一番速く動いた瞬間だろう。音の速度は越えてたんじゃないかな。


 風に煽られて、俺の体は地面に対して垂直になる。支えているのはおっぱいを掴むこの両手だけだ。

 あぁ、あと三秒くらいかなぁ。あ、超柔らかい……。もみもみもみ……。


「これが天国か……!」

「地獄へ堕ちてしまえ!」


 悟りを開き、俺は、天国へ……! 行けなかった。そう、行けなかったのだ。


 俺たちは地面に衝突した。おっぱいちゃんが地面に平行、俺は垂直。つまり、逆T字になって、落下した。

 空気が弾けて、爆音が轟く! 世界が終わったのではないかというほどの衝撃。とんでもない高さからの落下だった。当然死んだはずだ。

 だが、死ななかった。それどころか、痛みすらなかった。


「な、なんで……?」

「ふっ……それはな……」


 下を見た。俺の下にいる、下敷きになっている少女を。

 まさか、こいつが衝撃を全て吸収したというのか!? そんなことしたら、確実に死ぬだろう!?


「死ぬんじゃねぇっ!!」


 なんで、そんな勝手なことをするんだよっ!


「おっぱいちゃん、生きろっ!!」

「誰がおっぱいちゃんだぁぁぁ!」


 俺が、必死でおっぱいマッサージ……ではなく、心臓マッサージをしようとした瞬間! というかちょっと触り始めた瞬間、彼女は跳ね上がった!


「生きてたんだ……!」

「『生きてたんだ……!』じゃない! 生きてるの、分かっていたよな!?」

「……え?」

「私の声を聞いた上で、胸を揉もうとしていただろう! 確信犯だろう!」

「いやいやいやいや、まさかまさか、そんなそんな、わけわけないない」

「変な誤魔化し方をしてを無駄だ! この変態がぁぁぁ!」

「ぐはぁ!」


 また、蹴られた。顔面を蹴られた。見事なハイキックだった。美しいフォーム。クソ痛い。


「しかも落下中も散々揉みやがって! この胸はお前の物じゃないんだぞ!」

「いや、俺は特許を取っている」

「そんな馬鹿な!」

「ほら。これが特別許可証だ」

「……何も見えないが?」

「あ、そっか。おっぱいが大きい人には見えないんだったわ。わりぃ」

「そんなもの、私が出すわけないだろう!」

「ぶはぁ!」


 またまたまたまた蹴りやがった。顔面潰れる。鼻血止まらねぇ。

 だけど、なんだか心は満足! 不思議な達成感に満たされていた。


「貴様は胸が好き過ぎだ! 胸の化身だ! おっぱいモンスターだ!」

「それはお前だよ!」

「なんだと! このおっぱい星人が! おっぱい大魔王が! おっぱいおっぱ」

「あ、ちょ待てよ! 分かったから、俺がおっぱい星人でいいから、これ以上おっぱい言うな! これ以上言ったら小説としての品位ががた落ちだ」

「よく分からないが、分かった」


 こうして、晴れて俺はおっぱい星人になった。


「まあそれはそうと、なんで生きてるんだよ、俺たち!」


 問題はそっちだ。品位も大事だが、それより大事なことだ。


「ふっ、それはだな」


 ……ごくり。俺は喉を鳴らす。

 それを見届け、彼女は、たっぷりと間を取って、そして、言い放った!


「受身だ」

「……は?」

「だから受身だ。柔道のな」


 ……ふっふっふ。まぁ、こいつにはもうたっぷりと振り回されたから、何を言われたって驚かねぇよ。

 あの高さから、受身をして無傷? ああ、はいはいはい。受身ね……。


「じゃ、ねぇだろうが! 受身で生きられるわけねぇだろうが!」

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