第4話
警察官の足音は完全に消えた。残されたのは、俺とヒーローの少女だけ。
今、現在、絶賛二人、重なっているところだ。顔と顔はくっつきそうで、胸はもう触れてるし、脚はめちゃくちゃ絡み合っていた。
本当に夢のような状況であるのは確かなんだけど、今はそれどころじゃない。
だって、う、撃たれたんだぜ! 当たらなかったとはいえ、怖すぎて動けない。
ガタガタガタガタ、まるで携帯のバイブレーションのように、俺は震えていた。
「もう大丈夫だぞ、三つ雲殿。そんなに怖がるな」
「い、いやそんなこと言われても……」
「しょうがないな。私がついていてやるから」
「そんなことしなくていいよ……」
「変に強がるな。いいから少し休め」
「……うん」
なんだろう。ただの変態女だと思っていたのに、ひどく安心してしまう。これが、こいつの母性なのか? なんて暖かい……。
こうして触れている内に、だんだん気持ちが落ち着いてきた。
あぁ、心が溶けていくようだ……。
「…………」
「落ち着いたようだな。っておい! これは!」
「……ごめん」
「お漏らししてるじゃないか! 私まで濡れたじゃないか!」
「ごめんなさい!」
安心し過ぎた。気持ちが弛みすぎてしまった。まさか、社会人になってお漏らしするなんてな。ははっ。
「なんで笑ってるんだ!」
「なんか面白くなっちゃった」
「貴様は幼稚園児か!」
「……ははっ」
マジでごめんなさい。
「いいから立て!」
「はい!」
「そしてケツを私に向けろ!」
「はい! ……ってなんで?」
「オムツを交換するからに決まっているだろう!」
「オムツなんて穿いてねぇよ! ってかこんな場所でそんなことするな!」
今度こそ捕まるわ! 社会から抹消されちゃうよ!
「替えのオムツなら持ってるんだが……」
「……なんで持ってるの?」
「無論、ヒーローだか」
「言わせねぇよ!」
自分で聞いといてあれだけど、もうその答えは聞き飽きた。
「他にも、粉ミルクとかおしゃぶりとか、いっぱい持ってるぞ」
「お前のマントすげぇな!」
マントの内側には、ポケットがいっぱいついていて、かなりの収納ができるらしい。文房具とか、参考書とか、水とか、色々見せてくれた。四次元マントだ! 欲しい!
「あの……。ちょっとお話聞いてもいいかな?」
そんな愉快なやり取りをやっていた俺たちに、後ろから声をかけてくる陰。嫌な予感しかしない。
「何!? 今度は警備員だ! 逃げるぞ!」
「だからなんでヒーローが逃げるんだよぉぉぉ!」
オムツ交換プレイ未遂とか言うのか! どんなヒーローだ!
「さらばだぁぁぁ!」
「ああああああああ!」
とまあそんなわけで、俺はおんぶされて、人間を越えた速度で連れていかれた。街並みを駆けていく、疾風だった。
速すぎて変わる景色を捉えられず、酔いそうだったから目を閉じた。体感速度は百キロを越えてる。
いや、さすがにそれは言い過ぎだと思いたい。人間辞めてるよ、それは。
じゃあ結局俺が言いたいことはなんだよって言えば、ここまで行くと何も分からないということだ。
とにかく速いということしか分からない。解説って難しいんだな。あの解説イカれ警察官を呼びたい。
でも、こういうのって楽しいよな。分からんけど速いって素敵だ。ほら、速く走れるとモテるし、俺も憧れたものだ。
「いやー、参った」
「ん、どうした?」
楽しくないのか?
「本気で走るのは初めてで、ちょっとスピードを出しすぎた」
「え、つまり?」
「止まらない」
「はぁ!?」
自分の足で走っておいて止まれなくなるやつとかいるのかよ! 初めて聞いたわ!
俺は、状況を知るために目を開けた。すると、驚きの景色が拡がっていた!
「こ、高速道路!?」
「ああ。赤信号を避けていたらいつの間にかな」
「ええええ!」
こいつ、自分の足で高速道路走っちゃってるよ! こわっ! 今日何度目かの、こわっ!
しかも、どんどん車を抜いていくし。マジで化物じゃん……。
車からはどう見えてんのかな? 速すぎて見えないか。あはは……。
「降ろしてぇぇぇ! 怖いよぉぉぉ!」
「なんとか止まるから我慢しろ!」
「うあああああああ!」
「ほら、この風を感じろ! さっきのお漏らしも全部乾いたぞ!」
「そんなのどうだっていいんだよぉぉ! ってか前見ろ、前! ああああ!」
目の前にはトラックのケツ! 一メートルとない! もう駄目だ避けられない!
「任せろ! 私はヒーローだ!」
そう、ヒーローは叫んだ。何をするのか、してくれるのか、救ってくれるのか?
彼女は、マントから何かを手に取り、その手を前につきだして、トラックを、貫通しやがった!
「よし!」
「よしじゃねぇ!」
「大丈夫だ! 穴は残っていない!」
「何故!?」
「達人の早業は、斬られたことすらこと気づかせない」
「いや、結局それじゃあ斬っちゃってる! 駄目じゃん! 気づかなきゃオッケーじゃねぇんだよ!」
彼女は、カッターを持って、どや顔で俺に振り返った。アホか!
なんでカッターでトラックを切れるだよ! みたいなツッコミはしない。
「そう言うと思って、ボンドでくっつけといたから安心しろ」
「なんて早業だ!」
その間、僅か零コンマ二秒! みたいな感じだ! すげぇ!
右手にカッター、左手にボンド。二刀流みたいなものか。やっぱりどや顔で俺を見る。
「スパスパカッターくんとペタペタボンドちゃんだ」
「なんてかわいいネーミング!」
「実はこの二人は教師と生徒だ」
「青春だ!」
「そこに芽生える禁断の愛!」
「カッターとボンドとの距離は、教卓と机より遠いと言うのか!?」
「実はお金を払っている」
「援助交際だ! 青春の欠片もない!」
カッターとボンドで、どこまで話が続くんだよ。
でも、楽しいからいっか。
彼女も笑っている。
「ははは! いいツッコミだな、三つ雲殿! こんな茶番に付き合ってくれるとは」
「お前が茶番って言うなよ!」
茶番だったか……。茶番乙とか言われてしまうのか……。
「こんな楽しくしてくれるのは、三つ雲殿が初めてだよ」
「お前……」
「……」
なんだこの空気。なんだこの空気。会ったばかりの変態におんぶされて高速道路を走っているとは思えない甘酸っぱい雰囲気だ!
よく見ると、こいつ、目の周りは隠れているけど、美人なのは間違いないんだよな。
スタイルもめっちゃいいし……。あ、なんか緊張してきた。どうしよう。
「三つ雲殿。愉快な話をしてくれたお礼だ」
「……え?」
ま、まさか……!?
「余分な脂肪をカットしておいたぞ」
「何やってくれてんだお前ぇぇぇ!」
「はっはっは! 冗談だよ!」
「お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ!」
マジで焦ったぁ……。体を切られるとかさすがにきつい。余分なようで大切なんだよ、この脂肪はなぁ!
「……仕返ししてやる」
「ん? 何か言ったかあん!」
「お、おお……!」
「人の胸を揉むなぁぁぁ!」
仕返しに、おっぱいを揉んでみた。反省はしていません。柔らかかったです。
……というか実は、初めての経験だった。初めてと言うとちょっと誤りがあるかもしれない。赤ちゃんのとき以来だ。
つまり、童貞の俺には刺激が強すぎた。
「お、おお!」
「どんだけ揉んでるんだ! 振り落とすぞ!」
「ご、ごめん! ちょ、ちょっと落ち着け! あとちょっとで済むから!」
「駄目だぁぁぁ!」
「……え?」
俺は、実際に振り落とされ、高速道路から落ちていった。
……え?
「マジマジマジマジマジィィィ!? 助けてぇぇ!」
死ぬ死ぬ死ぬ! あいつには冗談とか通じないのかよ! あいつは冗談とか言うのに!
「…………今、助けるぞぉぉぉ!」
結局、助けてくれるんかい! なら落とすなよ!
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