第3話
「さぁ、変態女! 俺のこの太くて長い棒に屈するがいい!」
「いやいやいや、お前が変態だよ!」
警棒な、警棒! 言い方が悪すぎるぞ。こいつ、本当に警察官か……?
ドン引きだわ。もしかして、目が血走ってるのって、そういう理由なのか?
怖いなぁ。なんで警察なんてやってんだ。ってかそういういかがわしい表現されると、危ないんだよ。何がとは言わないけど、削除されたらどうするんだ。
「変態め……。成敗してやるぞ!」
「ぐへへへへへ……」
あぁなんてことだ。ついに、変態対変態の対決が始まってしまったー! ヒーロー対警察って聞くとかっこいいのに、実際は変態対変態だから残念でしかない。こんな勝負、やめて欲しい……。
「しかし、戦わなければならないときがあるのさ、青年よ」
「お前はどのポジション狙ってんだ!」
モブ警察官は黙ってくれ。俺の動き止めてるだけで満足のはずだ。喋るなよ……。
「余所見していると、見逃すぞ」
「……え?」
「ヒーローの活躍を、その目に焼き付けろ!」
「っ!」
なんて迫力だ、この警察官。実はかなり強キャラなのか? って今、ヒーローの活躍って……。
まぁ、いい。とにかく言われた通りに前を見よう。さぁ、どんな勝負が始まるというのだ。まだ、変態たちが睨み合っているだけだぞ。
「ファイッツッ!」
耳に爆音が響いた。こいつ、マジでふざけるなよ。だからお前はどのポジションなんだ。
なんでその掛け声で戦いが始まるんだよ。何? 掛け声待ちしてたの? 馬鹿なの? だからそんなヒーロー見たことねぇんだよ! 俺だけなのか? おかしいのは俺なのか? もう勝手にしてくれよ! 俺、もうついていけねぇよ!
「三つ雲殿! 少し静かにしていただけないか! 集中できない!」
「俺、別に声だしてねぇだろ!」
「脳内がうるさい!」
「脳内くらい好きにさせてくれ!」
俺には人権がないのか……。
脳内で独り言的な最低限度のツッコミを営む権利くらい、くれ。
「行くぜ変態女!」
そんな俺を余所に、警察官は警棒を振り回しながら、少女に迫っていった。
やばい! ふざけてる場合じゃなかった!
「気を付けろ!」
「大丈夫だ」
少女は、真一文字に空を切って、自分を叩きのめそうと迫る、太くて長い、黒い棒を見据えた。
強い打撃だ。素手で立ち向かうなど不可能。正気の沙汰ではない。
だが、それは一般人の話だ!
「な、なにぃ!」
「甘いな、そんな攻撃。効くわけがないだろ」
彼女は、警棒を、へし折った。へし折ったって言うか、へし折れた。警棒は、彼女の細い腕に当たった。当たったんだ。とてつもない衝撃音だった。大砲を放ったような、音だった。
いや、嘘だけど。大きい音がしたのは確かだ。
しかし、何故か、折れたのは警棒だった。普通折れるのは腕だと思うが……。鋼鉄でできているとでも言うのだろうか。
「……お前、改造人間なのか?」
「いや違う。いや、あ、うん。そういう設定もいいな。うん。私は改造人間だ」
「え、どっち!?」
「人間改造人間だ」
「なんで改造を人間で挟んだ!? もうわけわからないよ!」
「チキチキ、人間改造人間ゲーム!」
「いきなり始まった!」
どんなゲームだよ。リズムはいいけど、そんなことじゃ騙されないからな。内容スカスカだろ。
「さぁ、目の前にいる変態警察官怪人を改造して行くぞ!」
「警察官逃げて!」
とんでもないゲームだ! なんて恐ろしい。でもやっぱり、ヒーローがやることじゃないよなぁ。人間を改造するなよ。もう口に出してツッコミはしないけど。
「ぐへへへ。それも楽しそうだなぁ」
「やっぱり改造されてろ! この変態警察官怪人が!」
もう嫌だ、これ。この辺りってこんな警察官が治安守ってんのかよ。むしろ治安乱してるだろ。引っ越そうかな……。
「でもやっぱり、俺は改造されるより、この女を改造したいぜ、ヒャッハー!」
ヒャッハー言った! ヒャッハーって言ったぞ、この警察官! 世紀末かよ!
しかも、素手で、飛びついていった! もう絶対捕らえるつもりない。違う意味で捕らえようとしてる!
「しかし、あれで有能な奴なのさ」
「急に割り込んでくるなよ、おっさん!」
もう、俺を捕らえている手も完全にゆるゆる。いつでも逃げ出せるよ、これなら。ここまで来たら逃げないけどさ。
「あいつが負けるわけがない!」
「だから大声止めろよ! しかもそれ……」
耳元で、おっさんに大声で叫ばれるってどんな罰ゲームだよ……。
しかも、それは、あれだ。
「フラグでしかねぇ。いや、フラグ建てる前に終わってたけどな」
そう、もう、すでに終わっていた。飛び上がった警察官に、彼女は飛び蹴りを食らわせたのだ。がら空きの腹に突き刺さる、黒いタイツに包まれた美しい足。
うぐぅわ、と低音ボイスを吐き出しながら、警察官は、崩れ去った。そして、地面に仰向けに倒れた。
その顔は、とてもにこやかなもので。踏み潰したくなるような、いい笑顔だった。めっちゃキモい。
「ふっ。悪は滅びるのさ」
そして、キメ顔で彼女は続ける。
「その痛みこそが、貴様が生きている証。そして、その痛みこそが貴様の罪の重さだ」
それは、やっぱり決まってる言葉なんだな。しかし、蹴りを終えたばかりだから、片足を上げていて臨戦体勢って感じで、超かっこよかった。
さっきそれを言ったのは、俺に馬乗りになりながらだったからそんなにかっこよくなかった。ってかダサかった。
今のは、本当にかっこいい。待受にしたい。銅像にして、会社や家に飾りたい。
「いや、さすがにそこまでしないでくれ」
「だから心を読むんじゃねぇ!」
そんなんじゃ、何も考えられない。困る。エロいこととか考えたら、即アウトなのか?
「アウトだ」
「やっぱり読まれた!」
「いや、今のは視線が……」
「それはごめん!」
つま先からポニーテールの先っぽまでを、舐めるように見てしまったことを反省。次からはバレないように見ます!
「……反省しているのだろうか?」
「してるしてる。めっちゃ反省してる! 天上天下唯我独尊反省万歳!」
「適当に四字熟語を並べて誤魔化そうとするな! しかも凄い偉そうだぞ、それ! でもまぁ、いい。今回は許そう」
よく分からないけど、許してくれた! チョロい! チョロインだ!
「それよりも、さぁ! そろそろ彼を解放して貰おうか!」
「ふっ。いいだろう!」
警察官ノリノリだな。二人やられて、助けも呼ばないとは、こいつは本当に警察官なのだろうか。
あ。あっさり解放してくれた。優しいなぁ。
「また、貴様らとは会うだろう」
あれ? なんか言い始めたぞ、この警察官。二人の仲間を担ぎながら続けている。
「その時まで、精々楽しんでな」
何こいつ? ラスボス? かませ? まぁいいや。終わったことだし、帰ろう。
「危ない!」
少女が、急に走りだし、俺をタックルで突き飛ばした。
そして、二人で重なるように倒れる。
またこの体勢か! ラッキー!
「じゃねぇよ! 何なんだ! っ!?」
俺は叫んだが、そんな叫び声が掻き消される程の音がした。
乾いた空気の音。ドラマとかで、よく聞く、あの音だった。
「け、拳銃!?」
イカれた警察官は、二人の仲間を担ぎながら、俺に向かって発砲したのだった。
…………は? いやいやいやいやいやいやいや! おかしいだろ、おかしいだろ! こわ! こわー! なんで俺に向かって撃ってんのこのおっさんんんん!
「いい反応だ。次、会うのが本当に楽しみだよ」
「貴様、次会ったら命はないからな」
「こちらのセリフさ」
俺だけが流れに取り残されたまま、二人の間で会話は続き。警察官は、彼方へと去っていった。
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