第2話

「で、お前は一体何者なんだ?」

「言っただろう。私はヒーローだ」


 鼻血を拭いて、立ち上がって向かい合う。

 そこで俺は、さっきまでのことを誤魔化すように、平然と、何もなかったように尋ねた。

 すると、そこには特に触れてこない様子だったので、まあよし。


「ヒーローってなんだよ」

「ヒーローはヒーローだ。超絶美少女で、圧倒的解決力を誇る、最強無敵のヒーローが私だ」

「……あっそ」


 こいつ、マジやべぇ。

 頭がおかしい。


ぐもわたる殿、どうしてそんなに冷たいのだ?」

「……お前、なんで俺の名前を知っているんだ?」


 俺の名前は、言われた通り、三つ雲渡なのだ。三つ雲が名字。


「まあ、ヒーローだからな」

「ヒーローだったら個人情報保護法を破っていいとかないからな! むしろちゃんと守れよ!」

「大丈夫、法には触れていない。ちょっと調べさせてもらっただけだ」

「それが怖いんだよ……」


 どうやって調べたんだ? 本格的に身の危険を感じ始めた。


「まあ、いい。そんなことより立ち話もなんだ。ちょっと歩こうではないか」

「いや。俺はこれ以上お前と話しているつもりはないからな」

「どうしたのだ、三つ雲殿。遠慮することはないのだぞ」

「まずこんな街中で変態に襲われてんだ! 普通逃げるだろ!」


 当たり前だが、多くの人が、俺たちのことを見ていた。が、そんな人たちは一人残らず、皆、見てはいけないものを見た、という感じで足早に去っていくのだ。

 都会の人間は心を無くしたのか? 変態がここにいるんだぞ、助けてくれよ。


「すまん。困っている人間を見過ごすことはできない主義でな」

「お前のせいで困ってるんだよ!」


 こいつには罪の意識はないらしい。


「あ、あれを見ろ!」

「ん?」


 女は、慌てた様子で俺の後ろ側を指差した。で、それだけ焦るものは何なのか、と思って振り返ると、警察官が三人、こちらに向かって走ってきていたのだ。

 誰かが呼んでくれたのか! 心を無くしたとか言って悪かった! 前言撤回だ!


「おい! 何をやっている!? 逃げるぞ!」

「お前はヒーローだろ!」


 このツッコミ多すぎるぞ! ワンパターンは飽きられるんだから止めてくれよ!


「そう、ヒーローだからだ!」

「ヒーローが警察から逃げてどうする!?」

「あれは怪人だ!」

「言うことかいて何言ってやがるこの馬鹿は!」

「あいつらは私を捕らえようとするからな。気をつけろ!」

「それはお前が不審人物だからだー!」


 そんな感じで騒ぎながら、俺たちは走っていた。逃げるために。

 あれ? なんで俺まで逃げてるんだ? ツッコミをする義務を感じてしまったせいか? 冷静に考えれば、こんなのと一緒に逃げる必要なんかないだろ。

 足を止めた。


「何をやっている、三つ雲殿!」

「ふん! 俺は警察に助けてもらうからな!」

「何!? 洗脳されたのか!」

「洗脳されてねぇよ馬鹿!」


 ……はぁ。これでようやく解放される。警察官が追い付いてきた。

 そして、俺の脇から腕を通して、なんかよく分からんけど、俺の動きを完全に封じた。

 …………あれ?


「この不審人物め! ようやく観念したか!」

「いやいや、俺は不審人物じゃないです! 俺は被害者!」

「そんな言い逃れができると思うなよ。目撃者は変態が二人いると言っていたんだ!」

「それは見間違いですよ! 俺は襲われてたんです!」

「だが、一組の男女がコスプレをして、逆立ち乳揺らしなどのマニアックなプレイをしていたとの通報があった!」

「すげぇ通報されてた!」


 もう駄目だぁ……。俺の人生終わりだぁ。勘違いとはいえ、捕まっちゃったらヤバイって。

 ようやく大学卒業して社会人になったばっかりなのに……。


「大丈夫だ! 今から私がお前を助ける!」

 

 絶望の淵に立たされた俺の耳に、その声は、驚くほどに響いた。なんて透き通る声だ。と、一瞬思ったけどメガホンを使っていただけだった。驚いて損した。

 あと、かっこつけるためだけなら、木に登るのは止めろ。早く助けてくれ。


「な、何者だ!」


 警察官が、そう言うと、彼女は颯爽と木から飛び降りて、見事に着地。顔は、ちょっとにやけている。きっと、言ってほしいことを言ってもらえて嬉しかったのだろう。なんて馬鹿なんだ。


「私はヒーロー! 超絶美少女で、圧倒的解決力を誇る、最強無敵のヒーローだ!」


 彼女は、ポーズを決めながらそう言った。今度は倒立ではない。バレリーナのように、片足でバランスを取り、両手を拡げていた。

 あぁこれがステージの上で、きちんとした衣装をきていたならば、もしかしたら、優雅で華麗な姿だったのかもしれない。

 しかし、ここはビルの前の道。コンクリートの上であり、全身黒タイツにアイマスク、マントという、残念極まれりって感じのファッションだったから、そんな美しさはない。


 というか片足とか、片手とか、そんなんばっかりだな。その筋力もバランス感覚も、柔軟性も、凄いのは分かったから、もう止めてくれ。

 同時に低い知能と低い感性が露見しているから。こっちが恥ずかしくなるだろ。


「何がヒーローだ、この不審者め!」

「目撃情報と完全に一致しているぞ!」

「全身タイツで乳を揺らす変態はお前だな!」

「乳を揺らしてなどいない!」


 あ、赤面した。そういや、さっきもすぐ赤くなっていた気がする。意外と耐性はないようだ。ビッチだと思ってた。


「ビッチなわけないだろ!」

「平然と心を読むな!」

「顔に書いてある!」

「俺はそんなスケベな顔をしてたのか……」


 やば……。これからは、見るときには注意しよう。


「何を言ってやがる、こいつら!」

「惑わされるなよ! その女を捕まえろ!」


 俺を捕らえている警察官が叫ぶと、二人の警察官が、じわじわと女に迫っていく。


「二対一とは卑怯だな! だが、それこそが怪人! 素晴らしいぞ!」

「ぐっ、こいつ完全にいかれているぞ! 気をつけろ!」

「ああ」


 いかれているのは、どうやら満場一致。

 頷いた警察官は、いきなり先制でパンチを繰り出した。

 あれ? 警察官ってそんな簡単に暴力を振るっていいのか? まあ、相手がやばいやつだからかな。話、通じないしな。しょうがないか。

 で、そのパンチを、変態は紙一重でかわした。いや、こんなあっさり言ってしまってはいけない。だって、警察官ってかなり鍛えているはずだからだ。

 

 そのパンチは、素人目からしてもやばそうなパンチだった。たぶん、空手的な何かだろう。姿勢がピシッとしていて、空を切る音がはっきりと聞こえるやつ。

 俗に言う殺人パンチだ。一般人にやっちゃいけないやつだ。

 でも、それを完璧に見切り、ギリギリでかわしたのだ。プロボクサー並みの動体視力である。

 しかも、かわした後に、空振りしたその腕を掴み、一本背負いで投げ飛ばしたのだった。


「……嘘だろ?」


 化け物並みの強さじゃん。ありえない。超ありえない。


「ふっ。まずは一人、だな」


 つえぇ……。

 ヒーローってか、まあ、どっちかって言うと悪役だけどな。警察官、泡吹いて倒れてるし。そのセリフも、悪いやつのセリフに聞こえてくる。

 だけど、今は頼もしい!


「頑張れ!」


 俺の人生を助けてくれ! 社会から抹殺されたくない!


「任せておけ」

「こいつ……」


 もう一人の警察官は、腰につけた武器を握って、女を睨んだ。

 あれは一体……?


「あれは警棒だ。警棒は、基本的には殺傷力の低い護身用具として使われるが、扱いようによっては相手を死傷させかねない、れっきとした武器になるのだ」


 俺を捕まえている警察官が耳元で教えてくれた。解説役はお前だったか。でも、ウィ○ペディアみたいな解説の気がするけど、気のせいかな。

 うーん。ってか大丈夫かな……。警察官の目が血走ってるように見えるんだけど。

 ちゃんと加減してくれよ。

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