剣上美咲はヒーローごっこをやめられない
岩崎月高
三つ雲渡はJKヒーローの暴走をとめられない
第1話
「私はヒーローだ」
そう言って、俺の前に現れた少女は、ヒーローというよりは明らかに不審者であった。というか変態であった。
身長は平均よりやや高く。髪型はポニーテール。うん、そこまではいい。
問題は、黒の全身タイツを着ていることだ。ぴったりと体に貼り付くようなそれは、体のラインをくっきりと浮き彫りにしている。
そんな格好を、昼下がりの街中でしているのだ。つまり、変態だ。
まあ、扇情的といえば扇情的。簡単に言えば、エロかった。
ああ、これでは俺が、全身タイツに興奮する変態みたいでよろしくない。そんな趣味はない。本当にない。本当に本当に、ないからな。
よし、一応念のためにもう一度言う。俺は変態ではない。変態なのは、俺の前に立つ女なのだ。
全身黒タイツとかいうマニアックな格好で、真っ昼間の住宅街の歩道にいるやつがおかしいのだ。
そんなやつが変態なのだ。俺は被害者なのだ。
そして、更におかしな点は二つ。濃い緑色、森林の緑の色とでも言っておくが、そんな色の、マントと、目を出すタイプのアイマスクを付けているのだ。
この二つを付けるだけで、変態度合いはぐっと上がる。
そしてそして、極めつけには、なんかポーズを決めているのだ。
なんだろう、なんて言えば言いのかよく分からないけど、こいつがアホなのは分かる。
こんなヒーローは見たことがない。
ヒーローは一般教養くらいにしか分からない俺でも分かるぞ。
まず、逆立ちが間違ってるのだ。ヒーローはそんなポーズを絶対しない。そして、キメ顔で俺を見てるのも間違ってる。うっかり、その顔面に蹴りを食らわしかねない。
あと、片手だけで自分を支えられているからといって、余った手で、俺に拳銃を作って向けているのも間違ってる。指、へし折るぞ。
ここまで言えばもう分かるだろう。敵知らずだ。彼女に勝る変態はそういない。
初対面で、まだ挨拶を交わす前から、俺はそう確信したのだった。
よし。無視して逃げよう。
「待て! どこへ行く!」
カサカサカサカサ、と音がしそうな勢いで、彼女は逆立ちのまま移動。俺の前に回り込んだ。
めちゃくちゃ速い!
「おい! 何か言ったらどうだ!」
「……何かって何だよ」
この速さから逃げられる気がしなかったから、嫌々ながら、話をすることにした。
「『ヒ、ヒーロー?』とか言うんだ」
「言わなかったらどうなる?」
「一生付きまとう」
たちが悪いな。ゴキブリより悪いかもしれない。
でも、相手が悪い。
「さあ、言え」
「…………」
「この流れでも言わないのか!?」
「だって、なんか面白いからな」
俺は、ゴキブリよりたちが悪いお前よりも、さらにたちが悪いからな!
「非道過ぎる……。もしかして、私を試しているのか?」
「どんな考え?」
こういうのをポジティブシンキングと言うのだろうか。
「じゃあ、ずっと逆立ちしてるからな!」
どうして逆立ちに拘るんだ……。
いやまあ、しかし、それにしても、凄いバランス感覚だ。少なくとも、二、三分は経ったと思うけど、それでも倒立続けられるなんてな。
どうなってんのかなぁ。
「おい! 揺らすな! 倒れてしまうだろ!」
「いや、正直お前を見くびってたよ。足にちょっと触れたくらいじゃ倒れないんだな」
「当たり前だ。鍛えているからな!」
「ふーん」
本当に凄いなぁ。
ぐらぐらと、ちょっと強めに揺らしてみたのだが、それくらいでは倒れない。
揺らしながら、俺は続ける。
「いやぁ、それにしても、良いものを見させてもらっているよ」
「ふっ。役に立てたなら、私も本望だ。鍛えたかいがあった」
「ほう。どうやったらそんな見事なものになるんだ?」
「いいだろう、特別教えてやる。日々のトレーニングが大切なんだ。毎日腕立て伏せを千回、倒立しての腕立てを千回……」
「いやいや、俺が訊いているのは、倒立をする方法じゃなくて、どうやったらそんな胸になるのかを訊いているんだ」
「な!?」
「いやぁ、素晴らしい体をしているよな。ここから見る景色は中々絶景だぞ。脚もスラッと伸びてて綺麗だし、おっぱいも大きいしな。ピチッとした、その黒タイツもいいものだ。ほら、揺らすと最高だぞ。ほらほら……」
「ふざけるな、この変態野郎!」
大声で叫んだ彼女は、まず倒立のまま、足を思いっきり動かして、俺の手を振り払う。
そして肘を畳み、そこから反発。まるでバネのように、手の力だけで跳ね上がった。
格闘家さながらの技だ。技は技でも、テクニックを使ったわけではなく、力技って感じだったけど。
まあ、そんな感じで宙に舞った彼女は、回転。跳ねるときに、上手く体をねじったのだろう。
グルグルと、効果音すら聞こえてくるくらいに回転して。俺の顔面を、その勢いを利用して、蹴ったのだった。
「ぼけらっ!」
とてつもない衝撃だった。まるで、ハンマーで殴られたような衝撃。ハンマーで殴られたことないけど。
あまりの痛さに、顔面を手で覆う。鼻血とか出てないかな? あ、出てる。
で、顔を押さえていたものだから、受け身も取れずに、背中から地面に叩きつけられた。
「いてぇ……」
「その痛みこそ、お前が生きている証! そして、その痛みこそお前の罪の重さだ!」
痛みに悶えていた俺に、少女は馬乗りになって、世界一足が速い男がやるようなポーズをした。つまり、両腕を斜め四十五度くらいに傾けて、決め台詞を言うのだった。
「お前ふざけるなよ! 人の顔面蹴るとか何考えてんだよ!」
「いたいけな少女の体をいやらしい目で見て、挙げ句、楽しげに、おっぱいが揺れるのを楽しんでいたお前の方がふざけてるだろ!」
確かに、そうだった。
俺も悪いのは確かだった。
「それにしたって顔面蹴ってんじゃねぇよ! ヒーロー名乗るならそんなことすんじゃねぇ!」
「何を言っているのやら。ヒーローとは、言葉が通じない怪人には拳で分からせるものなんだぞ」
「俺を怪人扱いするな!」
言葉は通じるわ!
「何だよ、ヒーローって力ない人間の顔をあっさり蹴るものなのかよ……」
「分からせるためだ。やむなし」
「意地でも謝る気はないんだな」
「そっちこそ謝ったらどうだ。謝ってくれたら、こっちも謝ってやっても構わないぞ」
「ふん。嫌だね」
「ふん。それならこのままお前を押さえつけたままだぞ」
「ヒーローが脅してんじゃねぇよ!」
どんなヒーローだ。だが、確かに、動けそうにない。
俺のお腹辺りに座った彼女は、さらに、両手で、腕をぐっと力を込めて押さえつけていた。
……本当にずっとこのままなのかな。まいったなー。
「おいお前、なんでにやけている?」
「知りたいか?」
「答えないと、殴る」
「だから、脅すんじゃねぇ!」
ヒーロー失格だよ!
「まあしょうがない、教えてやるよ」
「ああ。言え」
「ここからだと、お前のおっぱいをいい感じに見えるからだ」
「!?」
「いやー、いい眺めだぶへぇ!」
殴られた。無抵抗な人間を、思いっきり殴りやがった。
「この変態怪人が! 鼻血なんか垂らしやがって!」
鼻血を垂らしたのは、お前のせいだ。と、言いたかったけど、俺が変態であるのはもう揺るぎない気がしたから、反論できない。
変態ファッションに身を包んだ少女に見下ろされ、蔑まれながら、そんなことを思った、優雅な昼下がりだった。
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