第13話 決着
青年は無防備なまま竜巻の前まで歩いてくると、何も持っていない右手を斜め下から上へと振り上げた。たったそれだけの動作で竜巻が上下に別れ、そのまま消えた。
「はっ……?」
「た、竜巻が……」
「切った……のか?」
「どうやって……?」
全員が信じられない様子で目が落ちそうなほど見開いているが、竜巻が素手で切られたという事実は変わらない。
愕然という言葉が周囲を埋め尽くしている中、竜巻が消えて再び現れた少女の姿を見て風真が我に返る。
「紫依……ぐぇっ」
少女の元へ駆け寄ろうとしたが、遠慮なく髪を引っ張られてカエルが潰されたような声が意に反して出た。
「何をする!?」
風真が髪を引っ張った犯人につかみかかる。一方、つかみかかられているオーブは平然と少女を指さした。
「まだ近づくのは早いって。ほら」
「は?」
風真が言われた方を向くと、青年が片膝をついて小さくなっている少女の頬に右手で触れていた。
青年が懐かしそうに声をかける。
「一人でよく頑張ったな」
その言葉に少女が朦朧としながら顔をあげた。深紅の瞳は焦点が合っておらず、細かく揺れている。
「……あな、た……は?」
少女の問いに青年は答えることなく微笑んだ。
「今は休め。あとで、ゆっくり思い出すといい」
「……思い……だ……す?」
そう呟くと少女は糸が切れたように意識を失った。少女の体が地面にぶつかる前に青年が支える。そして、そっと地面に寝かせると、すぐに後ろに飛び退いた。
「なにを?」
青年の行動に誰もが疑問を抱いたが、すぐに答えは出た。少女の体から陽炎が登り、そのまま龍となって青年に襲い掛かってきたのだ。
「なんだ、あれは!?」
驚く風真にオーブが呆れたように説明する。
「あれが、あふれた力の本体だ。よく、あんなのをまた体内に封じようと思ったよな」
「まさ……か……これだけの力だったとは……」
「ま、あとはあいつに任せておけばいい」
オーブの視線の先では青年が体当たりをしてくる龍を最低限の動きで避けていた。青年の余裕に満ちた雰囲気は相手が龍であることを忘れてしまいそうになる。
それでも風真は納得しない様子でオーブに抗議した。
「い、いや。やはり全てを任せるというわけには……何かできることはないか?」
「しつこいな!無いものは無いんだよ!四の五の言わずに、おとなしく見ていろ!」
堪忍袋の緒が切れたようにオーブが風真を押さえつける。
一方で青年は龍の攻撃を避けながら首から下げている水晶のネックレスを外して手のひらに乗せた。
その水晶を見て長が思わず息を飲む。
「あれは……あの方の……」
長が食い入るように水晶を見ている先で、青年が水晶に軽く息を吹きかける。すると、吐息は巨大な火の鳥となって龍の前に現れた。
「ほ……鳳凰(ほうおう)だと!?」
火の粉を散らしながら優雅に上空で羽ばたく鳳凰に対して、龍が動きを止めて間合いをとる。
伝説上の存在である鳳凰と龍が対峙しているという壮大な光景に、人々は固唾を飲んだ。今までに感じたことのない緊張感に、たった数秒が何倍もの時間に感じられる。
鳳凰と龍は睨みあったまま一向に動く気配がない。長期戦になるかと誰もが予想したが、勝負は意外にも一瞬で終わった。
青年が水晶のネックレスを首にかけると同時に鳳凰と龍が動き、お互いに体当たりをしたのだ。
ぶつかった衝撃で周囲は昼間より明るい光に包まれて全員が目を閉じた。そして次に目を開けた時には、鳳凰の姿も龍の姿もなかった。
「相打ち……か?」
風真からポツリと出た言葉をオーブが否定する。
「ちげーよ。鳥が龍を食ったんだ」
「食った……って、力を吸収したのか!?あの力を!?」
耳元で驚き叫ばれたオーブは不快な表情で頷いた。
「そうだよ。どうやら、あの二人の力は相性が良いみたいだ。だから出来たことだけどな。あと、耳元で叫ぶな。耳が痛い」
「す、すまない」
風真がオーブに謝っている前で、青年は倒れている少女に近づいて軽々と抱き上げた。
そのことに気が付いたオーブが青年に声をかける。
「お疲れさん」
「別に疲れてはいない」
「へい、へい」
青年の素っ気ない返事を気にする様子なくオーブが相槌を打つ。そんなオーブの横を風真が走り抜けていった。
「紫依!」
少女に手を伸ばした風真を青年が声だけで制する。
「眠っているだけだ」
風真は青年を見ると少し悔しそうに呟いた。
「朱羅……」
風真が青年の名前を呼んだことにオーブが本日一番驚いた顔をする。
「え?知り合い?どういうこと?」
オーブが風真と青年を交互に見るが、二人とも何も言わない。微妙な沈黙が流れる中、長は青年の前まで来て頭を下げた。
「お待ちしておりました」
青年に対する長の態度に、風真が首を傾げる。
「どういうことですか?待っていたとは?」
風真の疑問に長は微笑みだけ向けて少女に視線を移した。
「まずは紫依を休ませることが先です。皆も屋敷へ帰りましょう」
長の言葉に呆然としていた人々が一斉に動き出す。
「客人もご一緒に」
そう言って微笑んだ長に対して、青年が軽く頷くことで同意を示す。
「では、戻りましょう。全ては、これからです」
今までの喧騒が嘘のように秋の虫が静かな演奏会を始めた。天頂からは月と星が山々を照らしている。
人々はいつもと変わらない自然にどこか安らぎを覚えながら屋敷へと帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます