第12話 転機

 人々から絶望感が漂う中、竜巻の中から小さな声が響いた。


「兄……様……」


「紫依!?」


 声を聞き逃さなかった風真が顔を上げる。少女の姿は竜巻で見えないが確かに声が聞こえた。風真の声に他の人も竜巻に注目する。


「みんなを連れて……逃げて下さい!」


「紫依!?」


「早く!長を……お婆様を連れて……お願いします!」


「だが……」


「私は……大丈夫です。一人で力を抑えられます。ですから……今のうちに遠くへ……」


 少女の言葉に応えるように竜巻が少しだけ小さくなる。


 声だけで少女が無理をしていることは分かった。だが、誰も何もできない。助けることも、手を貸すこともできない。


 少女が必死に小さくしていく竜巻を人々は悔しそうに睨んだ。少女が言った通り逃げるべきなのだろうが、それは少女を見捨てることになる。

 そんなことは誰もできなかった。自分の無力さを噛みしめていると、安心したような軽い声がした。


「やっと来たか」


 全員が声の主であるオーブに視線を向ける。オーブは疑問に答えるように空を指さした。


「この事態を打破できるヤツが、やっと来たんだよ」


 指と言葉につられて全員が空を見る。すると、暗い夜空から何かが降ってきていた。

 それは徐々に大きくなり、そのまま地面に激突しそうなほど勢いよく落下してきた。そのまま地面に衝突する、というところで熱風が地面にふきつけ、そのままフワリと着地した。


 その場にいる全員が呆気にとられている中、オーブだけが落下してきたモノに平然と声をかけた。


「問題大ありの登場の仕方だが、今はちょうど良かった。なんとかしてくれ」


 突然空から降ってきたのは、パラシュートも何も装着していない二十歳前ぐらいの青年だった。何者か気になるが、それよりも青年の外見に全員が注目した。


 磨き上げられた刀身のように鋭く輝く銀色の髪と、宝石のような翡翠の瞳。眉目秀麗という言葉がこれ以上になく合った姿。だが骨格はしっかりしており、適度に鍛えられた体つきをしている。

 出演予定のモデルがケガをしたから急遽代役をしてくれ、というのであれば今すぐにでもステージに立てる容姿だ。だが今の状況は全く違う。とても、この状況を解決できる力を持っているようには見えない。


 だが青年はそんな周囲の反応など気にすることなく、静かに少女に視線を向けた。


「今度は間に合った」


「ギリギリだけどな」


 そこで青年はオーブがいることに初めて気が付いたように言った。


「あぁ、そういえば上空から見たが、山中のところどころに土山が出来ていたな。あれは君の仕業か?今回はおとなしくしているのではなかったのか?」


 青年の指摘にオーブが両手を振り上げて抗議する。


「だぁぁぁあぁぁ!そんなこと言っている場合じゃなかったんだよ!人の上げ足を取る前にやることやれ!」


「わかった」


 珍しく素直に自分の言葉に従った青年にオーブが拍子抜けした表情になる。


 青年はステージの上を歩くように綺麗な姿勢で真っ直ぐ竜巻に向かって歩いていった。


「危ない!風真、止めなさい」


 長が慌てて立ち上がろうとするが、力が入らず前に倒れそうになる。そこをすかさずオーブが支えた。


「あいつなら大丈夫だ。それより驚きで心臓を止めないように」


 茶目っ気がこもった言葉に長が顔を上げると、オーブの人懐っこい笑顔があった。

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