第11話 封印
駆けつけてきたのは長だけではなかった。
長の後ろには先ほどのマネキンからの攻撃を耐え抜き、なおかつ動ける精鋭たちが集まっている。
長の姿に風真は駆け寄りながら進言した。
「今すぐに結界を!紫依は今も自身の力を抑えようとしています。このままでは、あふれた力を封じる前に紫依の体力が尽きてしまいます!」
必死に訴える風真に長はゆっくりと首を横に振った。
「無理です。ここまで大きくなってしまった力を紫依の体に封じてしまったら、今度は紫依の体が壊れます」
断言した長の言葉に風真が食いつく。
「ですが、このままでは紫依の体力が尽きると同時に紫依の体ごと、この一帯は消し飛びます」
長は頷くと背後にいる人たちに指示を出した。
「手出しは無用です。何かありましたら、自身の身を守ることを優先して逃げるように」
その内容に当然ながら戸惑いの声を出てくる。
「ですが……」
「我々は長を守るために……」
「それに、紫依をこのままにしておくわけにも……」
そう言って人々が顔を見合わせている中、長が微笑みながら全員の顔を見た。
「私に任せて下さい」
その表情と言葉に全員が黙って見守る決意をする。それは威圧感や服従によるものではなく、長への信用と信頼心からくるものであった。
荒れ狂った風の音だけが響く中、オーブが苦笑いを浮かべながら長に声をかける。
「あのさ、そろそろどうするか教えてくんない?いつまでも、こうしていられないんだけど」
「そうですね。失礼いたしました」
そう言うと長はオーブの隣に歩いてきた。
「私が新たに結界を張りますので、あなたはその結界を解いて下さい。あとは私が紫依のあふれた力を処理します」
「どうやって?って聞きたいところだけど、限界だ。そっちの結界を早く張ってくれ」
「はい」
長が胸の前で素早く印を組む。
「絶(ゼツ)!」
長に呼応してオーブが作った見えない壁より大きな陣が地面に現れ、そのまま光の柱となった。
同時にオーブが脱力して両ひざに両手をつく。額からは汗が流れ落ちたが、オーブは拭うことなく息を整えながら顔だけを上げて長に訊ねた。
「で、これからどうするの?これだとオレがしていたことと同じだろ?」
光の柱の中で風の刃が暴れている。
長は懐から一枚の赤い札を取り出して説明を始めた。
「この札には長い年月をかけて私の力を貯めてきました。この札の力を開放すれば紫依のあふれた力を相殺できるでしょう」
長の提案に人々が感心する。
「そんな手と仕込んでいたとは……」
「さすが長だ」
「それで紫依の力が小さくなれば抑えられる」
全員が納得しかけたところで何かに気が付いた風真が慌てて止める。
「いけません!その札は長の魂と結びつき、力を貯めるもの。その札を開放したら長は全ての力を使い切り、命まで削る可能性があります!それに相殺した時に発生する余波で紫依の体も危ない!」
風真の言葉に緊張が走るが、長は優しく微笑んだ。
「私のことは気にしないように。紫依の体については風真が結界を張って守りなさい。それとも他に方法がありますか?」
長の問いに答えられず風真がうつむく。代わりにオーブが口を開いた。
「結界の外側に結界を張るのは力があれば出来るけど、結界の内側に後から結界を張るなんて器用なこと出来るのか?」
「風真になら出来ますよ。いえ、結界に長けた風真にしか出来ないことです」
長が力強く断言する。その言葉に風真は意を決して顔を上げた。
「わかりました。長の期待にお応えします」
風真が袖から音叉を取り出し、軽く鳴らした。小さく高い音が波打ち、空間を清めていく。波が引いたあとの砂浜のように空気が澄んだところで風真は静かにかまえると黒い瞳を閉じた。
「いつでも大丈夫です」
「では、はじめますよ」
大きく息を吸った長が光の柱の中に赤い札を投げる。赤い札は光の壁を突き抜けて少女の頭上で停止した。四方に散っていた風の刃が一斉に赤い札を攻撃するが、傷一つつかない。
長が風真に声をかける。
「いきます!」
「はい!」
長が両手で印を結びながら叫ぶ。
「解(カイ)!」
赤い札から稲妻が起きて四散する。それを封じるように少女の体から巨大な風の刃が発生して激突した。
「壁(ヘキ)!」
風真が掛け声と同時に音叉を激しく叩いた。
耳に突き刺さるような鋭い音が走り抜け、小さく丸くなった少女の体が淡い光に包まれる。そして巨大な爆発音とともに光の柱が壊れて突風が吹き荒れた。
「うわっ!」
「あっ!」
爆風の強さに耐え切れず数人が吹き飛ばされたが、枯れ葉や木々がクッションとなり大きな怪我にはならなかった。
風が収まり静寂が周囲を包む。倒れるように膝をついた長を風真が支えた。
「うまくいきました」
風真の報告に長が軽く息を吐く。
「そのようですね」
草がなくなり土がむき出しとなった地面の上に少女が小さく丸まっている。少女から発せられていた風はなく、真っ赤な紅葉がゆっくりと舞い落ちてくる。
白滝の轟音が今さらのように耳に入ってきたが、その中には安堵のため息も混ざっていた。
まったく動かない少女に風真が声をかける。
「紫依、大丈夫か?」
近づこうとした風真の肩をオーブが押さえる。
「まだ近づくな」
「何故……」
風真がオーブの方に視線を向けると、ドンという地響きとともに少女から巨大な竜巻が発生した。
「な……どうして?あふれた力は相殺したはず……」
風真を始め、オーブ以外の全員が呆然と竜巻を見上げる。土埃を巻き上げて少女の姿を隠した竜巻は夜空を突き抜けて星に手を伸ばすかのように渦巻いていた。
オーブが竜巻を見上げながら平然と話す。
「さっきのは、あふれていた力の一部だったってことだろ。本格的に押さえられなくなってきたな……限界が近いってことか」
「まさ……か……こんなに力が……」
愕然としながら風真が膝から崩れる。他の人たちも腰を抜かし、力なく座り込んだ。
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