第10話 暴走
回転している棒の上に全身白色の青年が現れた。
髪から服まで全てを白で統一しており、他の色がついているのはアイスブルーの瞳だけだ。
「何者だ!?」
風真が少女の姿を隠すように前に出てかまえる。だが青年は風真を無視して少女に微笑みかけた。
『お久しぶりですね。やっと見つけましたよ』
「……久しぶり?」
風真は青年に注意を向けたまま、そっと後ろにいる少女を見た。すると滅多に感情を表さない少女が顔を真っ青にして両耳を押さえている。
「紫依!?どうしたんだ?」
慌てて風真が声をかけるが少女の視線は青年に向けられたまま動かない。深紅の瞳が大きくなり、小さく揺れている。
「……ゆめ……あれは、ゆめ……」
まるで自分に言い聞かせるように呟いている少女の肩を風真が掴む。
「しっかりしろ、紫依!」
『おや、おや。久しぶりの再会ですのに、私のことを忘れているのですか?』
のんびりと話す青年を風真が睨む。
「貴様!何者だ!?」
『私ですか?私は……』
そこに青年の声を遮る怒鳴り声が響いた。
「ルシファーーーーーーーーーーーーーー!」
憎しみがこもった声とともに金色の矢が棒に突き刺さる。だが棒は回転を止めただけで宙に浮いていた。
風真が驚きながら、矢が飛んできた方を見ると、殺気で髪を逆立てているオーブの姿があった。鋭く青年を睨みつけており、その姿は興奮した猫のようで、いつ飛びかかってもおかしくない。
「オ、オーブ?」
思わず風真か声をかけてしまうほど、オーブはドス暗く渦巻く怒りを全身から発していた。風真が最初に見た底抜けに明るい姿とは別人である。
豹変したオーブに風真が戸惑っていると、青年が面白そうに言った。
『おや、あなたも居たのですか。お久しぶりですね』
「うるさい!何しに来やがった!?」
オーブが敵対心をむき出しにしたまま弓をかまえるが、青年は心外そうに答えた。
『何を今さら。私の役割はご存知でしょう?ですが、この様子だと私が手を出す必要もないようですね』
言葉が終わると同時に青年の姿が蜃気楼のように歪む。
「逃がすか!」
オーブが弓を射ったが矢は残像を射抜き、その先にあった木々を次々と突き抜けて倒していった。
『では、また会うことがありましたら。さようなら』
青年の声だけが響き、棒が真っ二つに折れて地面に転がった。
「クソッ!」
オーブが悔しそうに弓を握りしめる。そこに風真の切羽詰まった声が飛んできた。
「紫依!?しっかりしろ!」
風真の叫びに近い声にオーブが慌てて頭を切り替える。
「やっべぇ!こっちのこと忘れていた!」
オーブが少女の方を見ると、風真の背中が眼前に迫っていた。
「うわっ!?」
ぶつかる前に紙一重で避けた……と、思ったところで風真が手を伸ばしてオーブの体を掴む。
「危なっ……倒れる!」
オーブが両足に力を入れて踏ん張ったことで風真は体勢を立て直して、二人は転倒を免れた。
「おい!倒れるなら一人で倒れろよ!オレを巻き添えにするな」
「悪いが、今はそれどころじゃないんだ!」
オーブの抗議を風真は投げ捨てて正面を見た。風真の視線の先では少女を中心に風が巻き上がり、その風が刃となって周囲にあるものを切り倒している。
「紫依の力が暴走を始めた。早く封じないと、この周辺の山々が消し飛んで巨大なクレーターが出来る!」
「そりゃ、わかるけど……よ!」
オーブが答えながら飛んできた風の刃を避ける。そのまま風の刃はオーブの背後にあった木々を切り倒して空へと消えていった。
「こんなに巨大になった力を封じることが出来るのか?そもそも、ずっと力を封じてきて、力が貯まり過ぎたから、こんなことになったんだろ?それなのに、また封じるのか?」
オーブの指摘に、風真も風の刃を避けながら答える。
「それしか方法がないんだ。紫依の力は強すぎる。誰も相手にできない」
「だからって……」
「うわぁっ!?」
長のそばにいた男の叫び声にオーブと風真が視線を向ける。すると男の前に風の刃が迫っていた。
「チッ」
オーブが右手を下から上に振り上げる。その動きに連動したように男の前に分厚い土壁が現れて風の刃を相殺した。
「あぁ、もう!オレだって疲れているのに。仕方ねぇ!」
オーブが背後に両手を回して素早く引き出す。両手の指の間に小瓶があり、それを天高く放り投げた。
「障壁となり、彼の者の力を閉ざせ!」
オーブの声に応えるように小瓶が割れ、小瓶の中に入っていた聖水が小さく丸くなっている少女を囲むように散った。そのまま見えない壁となり、少女から発せられる風を受け止める。
「とにかく!あふれた分の力を発散させるか、吸収するかしろ!これも長くはもたないぞ!」
「吸収なんて無理だ!紫依の力は強すぎて受ける側が壊れる。発散させると言っても、どうすれば……」
「屋敷にいる全員で攻撃して力を相殺すればいいだろ!」
「それでも紫依のあふれた力のほうが大きい」
風真の回答にオーブは顔をしかめて小さく呟いた。
「クソッ。あいつはまだ来ないのか……ぐっ……」
オーブは突然走った痛みに反応して思わず左腕を押さえた。風の刃の攻撃を見えない壁が受けるたびに体のどこかに痛みが走る。
「おい、大丈夫か?」
風真が心配そうに声をかけるが、オーブは軽く笑って右手を振った。
「たいしたことはない。それより長とやらが来たぞ」
オーブに指摘されて風真が振り返る。すると、そこには長たちが駆けつけてきたところだった。
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