第8話 遭難者の目的

 暗闇の中で木々の形を映し出す光と爆音を物見やぐらの上から長は静かに見つめていた。後ろでは竹筒を足元に置いた男が右手を耳に当てて苦い顔をしている。


「……八番隊、十二番隊との念話が途切れました」


 各部隊との連絡が次々と途絶えていく現状に、長は次の指示を出した。


「救護班を出しなさい。前線を一の一まで下げて態勢を立て直します」


「長!?そこまで下げたら……」


「紫依を逃がす時間稼ぎができれば良いのです。あの子だけは、ここで失うわけにはいきません」


「……わかりました」


 男が竹筒を起こして火薬玉を入れる。そして立て続けに三発、甲高い音が響く赤い狼煙を上げた。


「あと社にいる風真に屋敷周囲に結界を張るように伝えて下さい」


「はい」


 男が再び右手を耳に当てたところで長が手で制止した。


「様子が……侵入者の動きが変わりました」


「は!?」


 男が慌てて立ち上がり、長と同じ方向を見る。すると、罠の爆発音が屋敷から少しずつ遠ざかっていた。


「な、なにが……」


 困惑する男に対して、長は何か思い当たった様子で慌てて訊ねた。


「紫依が今、どこにいるか分かりますか?」


 男が屋敷を見たあと森の中に視線を移した。


「屋敷の中にいません!今は……北西の五を移動中です!」


 驚き叫ぶ男に対して、長はきっぱりと命令した。


「風真と一緒に紫依を連れ戻してきなさい」


「で、ですが私がここを離れると……」


「自分の身は自分で守れます。手遅れになる前に早く!」


「はい!」


 男が急いで物見やぐらから降りて社に駆け込む。その様子を見守りながら長は振り向かずに後ろにいる人に声をかけた。


「紫依といい、あなたといい、言いつけを守らないのですね」


「こんな騒ぎの中、部屋でジッとしていろっていうほうが無理でしょ」


「では、ここには何をしに来たのですか?」


「この騒ぎの元凶を捕まえたかったんだけど、すばしっこくってね。あと邪魔な人形が多いから、まずはそっちを先に片付けようと思って」


「あなたは何者なのですか?」


 そう言いながら長が振り返ると、そこには空に浮かぶ満月と同じ色の髪をした少年が微笑んでいた。


「遭難者だよ。ちょっと訳ありのね」


 そう言ってオーブが人懐っこい笑顔を見せる。だが、長は何も言わずに淡々した視線をオーブに向けていた。

 オーブが普通に日本語を話したことや、誰にも気づかれずにここに現れたことなど、気になることは多くあるはずだ。それでも長は静かに黙ってオーブを見つめている。


 オーブは軽く肩をすくめると袖を肘まで上げた。


「少しでも力があると、この屋敷を囲んでいる山の峰に張ってある結界に弾かれるからさ」


 そう言いったオーブの腕には細かい飾り細工が施された銀の籠手があった。


「その道具で力の封じていたのですか?」


「そう。封じるのに、けっこう苦労したんだよ」


 オーブが銀の籠手に手をかけようとしたが、籠手は触れる前に砂のように崩れていった。


「あーあ、やっぱり壊れたか。ま、今までもったんだから良しとするか」


「自身の力を封じ、遭難者のフリまでして、ここに来た目的は?」


「目的なんて大げさなものじゃないよ。ちょっと確認しに来ただけ」


 軽い笑顔で話し続けるオーブに対して、長は視線を厳しくして訊ねた。


「……紫依を迎えに来たのですか?」


「たぶんね」


「たぶん?」


「オレは間違いないと思うけど、あいつにも確認してもらわないといけないから」


「あいつ、とは誰ですか?」


 長の質問にオーブが苦笑いをする。


「説明が面倒なんだよな。それより、今は侵入者とやらをどうにかするほうが先だろ?」


「……確かにその通りですが、何か策があるのですか?」


「ここは、この周辺の土地の力を集めやすい場所だろ?」


 オーブは一応疑問形で言ったが、断言に近かった。そのためか長からの返事はない。


「大地の力を借りるには丁度いい場所なんだよ」


 そう言うとオーブは軽く両手を広げて瞳を閉じた。それまでオーブを包んでいた無邪気な明るさが消え、月のない漆黒の夜の闇が顔を出す。空気が痛いほど張りつめ、見えない何かに押しつぶされそうな圧迫感が頭上から襲ってくる。


 長が黙って成り行きを見ていると、オーブが薄っすらと瞳を開けた。


 その瞳の色に長が少しだけ目を丸くする。オーブの瞳の色がムーンライトブルーではなく、太陽のように明るく強いサンセット色に輝いていたのだ。


 そんな長の驚きを無視して、オーブは重く威厳がある声で命じた。


「古きよりこの地に宿りし精霊よ、地を司る我が命ずる。この地に害なすモノを捕らえ、我が前に差し出せ」


 オーブの言葉が終わると同時に地面が鳴り響き、土が柱となって天高く突き出した。その全ての柱の先端には土に埋もれたマネキンがあり、木より高い位置で止まっている。


 あまりの光景に長の表情が崩れる。そこにオーブの軽い声が響いた。


「おー、よく見える。これで狙いやすくなった」


 オーブが額に手を当ててぐるりと周囲を見回す。まるで展望台から景色を眺めいている呑気な観光客のようで、先ほどの威厳がある声と雰囲気の落差に長が絶句する。


 だが、オーブは長を気にすることなく左手を上空に伸ばした。すると、左手の中にオーブの身長と同じぐらいの大きな金色の弓と矢が現れた。弓は淡く輝き、満月の下に細い三日月が現れたようにも見える。


「さて、とどめといきますか」


 オーブは矢を右手に持つと弦を引き、狙いを上空へと定めた。


「どこを狙って……」


 思わず出た長の言葉にオーブが口角を上げる。


「まあ、見ていなって」


 オーブがギリギリまで引っ張った弦と矢を離す。放たれた矢は上空で分裂すると流星のように山の中に降り注いでいった。そして全ての矢が柱によって姿をさらされたマネキンに突き刺さり、音もなく粉々にした。


「札も術も効かなかったのに……」


 長から漏れた本音にオーブが軽く笑う。


「あんな見た目だけど、外装が固いんだよ。とはいえ、オレの矢なら突き刺すことぐらいできる。そうすれば内側から壊せばいいだけだ。内側はもろいからな。あとは元凶を壊しにいくか。でないと、また出てくるからな」


「元凶とは、なんですか?」


 厳しい表情で問い詰める長にオーブが持っていた弓を消す。


「紫依……っていうのかな?あの女の子が追っているよ。じゃ、オレは先に行くから」


 そう言うとオーブは軽く手を振って物見やぐらから飛び降りた。


「待ちなさ……」


 長が下を見た時にはオーブの姿はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る