ぼくのココロをみつけてください 箱を置いた犯人の解答編
「この人は私の彼氏です。で、二人に話があるって」
姫子に柿崎志郎、木下勇太郎の二人と話がしたいと言った翌日の放課後、二人との話し合いをセッティングしてくれたのはいいのだが……。
「……え?」
姫子にそう紹介されて、俺は思わず、姫子を見た。
とはいえ、木下と柿崎が姫子の事を大人として見るような目になったのを見逃しはしなかった。
姫子は既成事実を積み上げたいのだろうが、そうは問屋が卸さない……と言いたいところだが、この状況だと二人の誤解を解かない方が話が進みそうだと思い、聞かなかった事にした。
「で、姫子の彼氏が何の用だ? あんた、高等部だろ? 中等部の奴に手を出してるだなんて、倫理上いいのかよ」
木下が俺に突っかかるようにそう言ってきた。
その意見はごもっともだ。だがしかし、俺は彼氏ではないし、姫子には一切手を出してはいない。
「姫子から話を聞いて、誤解を解いておくべきだと考えてな」
「誤解って何のだ?」
木下が年上には気圧されないと強がりを全面に出して言う。
「誤解は誤解だ」
「もしかして、クラス委員長の件の?」
木下が探るような視線を俺に向けてくる。
そして、姫子をキッと睨み付けて、また俺に視線を戻した。
木下ににらまれた姫子は多少はひるんだが、すぐにいつもの姫子に戻っていた。
「それもあるが、それ以前の話でもある」
俺は木下ではなく、柿崎を見やった。
俺が年上だからなのか、彼の本来の性格からなのか、緊張している様子が窺えた。
「柿崎志郎くん。これは君だよね?」
俺はバックの中に入れていた例の三角形の木箱を取り出して、二人に見えるように前へと差し出した。
「……はい」
柿崎志郎は大きく目を見開いた。が、すぐに目を細め、木箱から視線を逸らした。
木下勇太郎は木箱を一瞥しただけで、これといった反応を見せなかった。
「えっと、これで解決?」
姫子がキョトンとした顔をして、俺を見る。
「何を持って解決とするかだが、今はまだ入り口にしか過ぎない」
「あれ? 解決じゃないの?」
姫子は不思議そうな顔をして、ぽかんと口を開けた。
「さて、柿崎くん。この木箱の開け方はもう分かっているんだけど、このメモも君だよね?」
三角形の木箱を開けて、中に入れておいた『ぼくのココロをみつけてください』と書いてある紙切れを見せる。
「でも、この入れ方は君の想定している意味じゃない。そうだよね?」
「……はい」
柿崎は箱の中に入っている紙切れをまた一瞥して、視線を逸らした。
「……そういう事なんだよ」
俺は姫子ではなく、木下勇太郎に言葉を投げた。
「この木箱の中にメモを入れてしまったら、この木箱の意味がなくなってしまう。そういう事なんだよ、木下勇太郎くん」
そう俺に言われて、木下は要領の得ない顔をして、俺ではなく柿崎を見つめた。
「えっと、どういう事なの?」
事情がまだ飲み込めていない姫子の視線は俺、木下、柿崎の顔を行ったり来たりしている。
「俺の予想だが、この三角形の木箱を作って、このメモを添えたのは、柿崎志郎くんだ。で、その木箱を木下勇太郎君に渡したんだと思う。で、木下くんがその木箱とメモを八丁堀姫子の机の中に入れた、と」
木下ではなく、柿崎をみやると、やはり心中穏やかではないようで、視線を床に落とした。
「木下くん。柿崎くんは君に直接言うと角が立つと思ったから、こんな凝った謎かけを渡したはずだ。直接言ってしまっては仲違いをしてしまうんじゃないかって思ったんじゃないかな? でも、君は思い違いをしてしまった」
俺は手にしている三角形の木箱からメモを取り出す。
「ぼくのココロをみつけてくださいっていうのは、木箱の事を指し示しているのは明白なんだ。この木箱を開けてみれば分かるが、中には木の敷居があったりするし、開閉の仕掛けもきちんと設計されていたりと、意外としっかりしている。つまりは、木下くんが思っているほど自分は何もない人間じゃないよっていうメッセージをメモと木箱で暗示していた。このメモと木箱は柿崎くんの心そのものなんだ。けれども……」
俺は木下を哀れんだ目で見つめながら、
「木下くんは勘違いをした。箱の中に何もないから、心が空っぽだと思っていて、何かで埋めて欲しいんじゃないかって。だから、姫子の机の中にこの木箱とメモを入れた。柿崎くんは心が空っぽで、埋めるべきものを探しているから、クラス委員長をやらせるべきだって感じ取ってもらうためにね。そうだよね、木下くん」
木下は今にも泣き出してしまいそうなほどの苦笑いを浮かべる。
「でも、姫子にはこの箱とメモの意味が分からなかったから俺に訊いてきた。それもそのはずで、相手の事を知らなければ何ら意味のない謎かけだったからね。お互いを知っているからこそ分かる問答であって、分からなければ、意味不明な問いかけにしか過ぎない。だから、姫子にこの問いかけをしても、柿崎くんの事だと分からなかったんだ」
価値観の共通があるからこそ、分かる事がある。
だが、その価値観が違えば、解釈は全く別のものになってしまう。
木下勇太郎は価値観の相違というものを見誤ってしまったのだ。
「その辺りについては、もう一度話し合えば解決するんじゃないかな? 二人の本当の友達なら、それで解決するだろうし。で、柿崎くんは、クラス委員長がやってみたいならやればいい。本当はやりたいんじゃないか?」
「……それは……」
柿崎がようやく顔を上げて、俺に視線を向けてくる。
それは観念したような目であった。
「しっかりとした自分があるって証明したいならなおさらだろうし、姫子が変な事を言ったから、戸惑いが生まれてしまったってところかな? すまなかった。頭の足りない姫子の代わりに俺が謝る」
俺は柿崎に対して深々と頭を下げた。
* * *
俺と姫子は並んで歩いていた。
俺が頭を下げたものだから、柿崎と木下は大慌てで、こっちが悪かったなどと言いだした。上級生に頭を下げられるとは思っていなかったので、向こうとしては想定外だったようだったが、適当な事を言って、姫子の手を掴んでその場を離れたのだ。
「私には何の事かよく分からなかったかな?」
とりあえず、あの二人の問題は、二人の間で解決してもらう他ない。
「柿崎くんは、木下くんだけには分かるように、自分の今の姿をあの木箱に見立てて見せようとしていたんだ。それだけの話だよ」
「そんな遠回りしないで、ちゃんと言えばいいのに」
「そういう事ができない不器用な人もいるんだよ」
「後分からなかったのが、箱とメモの関係かな? なんだったの?」
「箱は『答え』なんだよ。メモは『問いかけ』。で、その箱の中に問いかけを入れてしまっては、意味不明だって事。答えの中に問題があるなんて、そんなのあり得ないだろって話だ」
木下はあのメモを木箱の中に折りたたんで入れていた。そのため、湿気を吸って、しなしなになっていた。そこから俺は製作者と机の中に入れた人物が別だと見抜いたのだ。
「なんかまだ納得できない。他に何か隠してない?」
木下と柿崎の事を大して知りもしないのに、口を挟んだ姫子が悪いだなんて口を避けても言えなかった。
二人の事を知っているかどうか試すために、木下は数ヶ月以上前に受け取ったあの三角形の木箱を姫子の机の中に入れたのだ。木箱の製作者と木箱を入れた人物の両方を看破できるかどうか木下は知りたかった。自分たち以上に自分たちの事を知る人物かどうか確かめたくて。
結果、姫子は見抜けなくて、全くの部外者である俺が見抜いてしまった。
二人はその事をどう思ったのだろうか……。
「私、してみようかな?」
姫子は唐突に言う。
「何をだ?」
「恋の謎かけ。お兄さんが私に恋しちゃうような、謎かけを」
毎度見せている悪戯っぽい笑顔を俺へと向けてきた。
「無理だろ。姫子は頭が悪いし」
「お兄さんは知らないのかな? 恋する乙女はびっくりするような事をしてしまうものなのです」
小悪魔とは違って、バラ色の未来を思い描いているかのような含み笑いを姫子は見せた。
終劇
些細な青春ミステリーは唐突に(旧作) 佐久間零式改 @sakunyazero
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます