第4話 帰還

 グルクの接近にもかかわらず、門前は人や砂上そりザント・モービル、そしてラクダで混み合っていた。数々の貿易品がいつもと変わらない様子で運び込まれ、様々な国の言葉が飛び交う。不意に彼方から戦闘車ビークルが一台だけ走ってくるのを見ると、門前は水を打ったように静まりかえった。中には戦闘車のひどく痛んだ様子を見て、ため息をつく者もいた。ため息の数は戦闘車の中から私が姿を現すと同時に更に増えた。目線を下げたまま門に向かって歩く。そのうちに人海の中から生まれた小さな罵声が広がりを見せ、やがてそれは”大合唱”となって私の縮んだ背中一点に降り注ぐ。歩みが自然と早まり、罵声の雨を通り抜けて門をくぐり城へ向かう。大通りの人々は外の騒ぎを聞いて今回も討伐が叶わなかったことを察したのだろう、古くから知る娘に対して思い思いの励ましの言葉をかけた。しかしその表情はいよいよ自分の身に降りかかる脅威に対する怯えそのものを表していた。とてつもなく長く感じた城への道も終わりを告げて大きな城門がゆっくりと轟音を立てて開く。その内部へ足を進めるとまたしても大きな扉。その扉もひとりでにゆっくりと開く。王の間だった。紅の絨毯の上を砂で汚れた靴で踏みしめ、王の前でひざまずく。

「グルク征討隊、只今帰還いたしました。」

王は少し間を開ける。絶望だろうか、驚きだろうか、それとも怒りだろうか。いや、その全てだろう。

「もしや、生き残ったのはお前だけか。」

「・・・はい。」

「そうか。今回の征討隊で何人が死んだ。」

「・・・約5000人です。どの隊員も優れた者でした。」

「その優れた者を大勢殺したのはお前か、それともグルクか。」

「・・・どちらもです。」

「そうか。」

 王は肘掛けに肘をつき顎に手を当てる。

「宰相、第一回の時には何人の死者が出た。」

 傍らに控えていた宰相が言う。

「7000人です。」

 王はひざまずく征討隊長に向かって話し始める。

「征討隊隊長。」

「はい。」

「これまで12000もの人間を犠牲にしてきたがグルクは一向に進行をやめようとしない。これは我が国にとって大きな危機である。そして同時に私にとっても今すぐ行動を決めねばならぬ重要な問題である。」

「はい。」

「研究所からグルクは一月後にこのライヒに到達するという報告があった。それを鑑みてももし、もう一度グルク征討隊を結成するのであればそれが最期の機会となるだろう。」

「はい。」

「しかし、これまでと同じようにお前一人に作戦を任せる事はできない。わかるな。」

「・・・はい。」

「そこで東の同盟国であるタムウィからが派遣されてきた。れよ。」

 突然のことに動揺する間もなく、王は命令する。すると、私の横の垂れ幕からひょろりと背の高い男が現れた。身に纏っているのはタムウィの民族衣装だろうか、それともこれが正装か。この砂漠の地ではまず見ることのない濃青の直垂ひたたれである。男は漆黒の髪を揺らすことなく滑るようにこちらにたどり着き、そして私と同じように王に向かってひざまずく。細い目は、ライヒの貴色である紅の絨毯に向けられていた。

「この度はタムウィ帝の叡慮に心より感謝する。どうか、我が国に迫る危機の解消に力を貸していただきたい。」

「お任せください。ライヒ王。ライヒの危機はタムウィの危機。同盟国としてできる限りの協力をお約束します。」

「それでは征討隊隊長、軍師殿を兵所へお連れしなさい。」

 宰相が謁見の終わりを告げる。軍師と呼ばれた男は締まった顔のまま私の横について歩く。王の間を出ると、男は私に向かって恭しく言う。

「征討隊長殿、今回の征討失敗お悔やみ申し上げます。」

「・・・いいよ、そんなの。」

「え?」

「いいって言ってんの。」

「それはどういう・・・。」

 ついに、情けなくも涙が頬を流れてしまう。

「もう、無理だって事。これまで二回、グルクに挑んできた。そして・・・さっきも聞いたでしょ。12000人もの仲間を殺してしまった。戦いが始まる前には奮い立っていた仲間が一瞬で意味のない肉塊に変わっていった!あんな思いは、もうしたくない!だから――。」

「だから、グルクの討伐ではなく民衆の避難の方法を考えて欲しいと、そういうことですか?」

 男は私の考えを読んだかのように言い当てる。そして驚く私をよそに続ける。

「それなら僕は反対です。それはなにも同盟国だからということだけが理由ではありません。なにより、その考えはあなたの本心ではない。あなたはなぜ征討隊の隊長になったのですか。」

「・・・わたしは・・・。」

「ああ、理由は別に答えていただかなくて結構です。とにかく、これからあと一回の機会を掴むんです。あなたが弱気にならないでください。それが死んでいった魂を救うことになると信じてください。」

「魂。」

 聞き慣れない言葉に思わず声に出してしまった。

「ああ!すいません。魂とは、タムウィでは人間の心やその意思という意味で使われます。その持ち主が生者であろうと、死者であろうと。」

「魂・・・。」

 なるほど、そんな考えも悪くない。再び声に出してみると、失っていた気持ちが徐々に戻ってきた。そうだ。グルクを狩るのが自分の・・・。

「兵所はこっちよ。ついてきて。」

「ええ。分かりました。」

 太陽は、南中高度を超えて傾き始めている。涙はいつの間にか乾いていた。


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砂上のグルク あばら屋 @abara_ya

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