9 『ややおも高校のアイドル』
さて。
翌日の放課後である。できるかどうかをよく考えもしないで安請け合いをして後から後悔することに定評のある女であるところのわたしは、校庭のベンチで頭を抱えていた。念のため言うとこれは比喩で、下校中の生徒が通り過ぎてゆくこの場所で本当に頭を抱えていたら変に目立つので、『用もないけどすぐ下校する気にもなれないのでアンニュイな気分に浸っています』という顔をして座りつつ、内心で頭を抱えていた。考えていたのはもちろん、サクラダ達のことだ。
状況を整理してみる。
サクラダ達はなんとなくカッケーからという理由でバスケット・ケースとかいうチームに入ったが、思ってたのと違うので抜けたい、でも抜けるとリンチこわいよー。
以上、整理もクソもない、一文で説明できる状況だが、これを解決するのはなかなか難しい。
相手は今までわたしが相手にしてきたチューボー共とは違う。オトナも混ざってるようなチームだし、確かではないもののヤクザとの繋がりも仄めかしちゃってるような連中である。ちょっと武術やってるから、で正面から挑めるような相手でもない。
正面からで駄目なら闇討ちすればどうか。これは実はちょっと本気で考えたのだが、時間をかけて一人ずつ殺ればチームを根絶やしにすることはもしかすると不可能ではないのかもしれない。といえそんなのはもう立派な連続通り魔事件であり、高校生にもなってそんなことをしてはシャレにならない(中学生でもシャレにならねーよ、という説もある)。いくらサクラダ達が大事な舎弟……じゃなくて友人であったとしても、そのために犯罪を犯す気はないのだ。
ではわたし一人でどうにもならないのなら、どうするか。他の誰かを頼るしかない。
わたしもあいつらに「変わる努力はしよう」なんて言った手前、チューボーのノリで『オトナの手なんか借りねーよ』なんて言うつもりはない。それで解決するなら警察の手を借りることも辞さないつもりだった。
が、オトナというものは動いてくれれば頼りになるが、基本的に腰が重いものである。実際リンチされた後ならともかく、好き好んでチームに入ったような奴が「リンチされそうなんです」なんて泣きついても警察がまともに取り合ってくれるはずがない。カツアゲや何やらを理由に間接的に取り締まってもらうしかないだろうが、それにしたって余程タチの悪いチームでもない限り、根こそぎ検挙というわけにはいかないだろう。だいたい、彼らの大半は少年法に守られてもいるのだ。中途半端に警察の手が入ったあとでチクったことがバレでもしようものなら、ますます状況が悪くなることは想像に難くない。
「うーん、ちゃんと話さえできればなー」
なんて、虚空につぶやいてみる。状況は確かに悪いが、良い点もあるのだ。
それはぶっちゃけ、チーム『バスケット・ケース』の連中にとって、サクラダ達なんてどうでもいいだろうということだった。入ったばかりの下っ端で、腕っ節がとりわけ強いわけでもなければ度胸もない。それが抜けることを許されないのは、ひとえに『
一度チームに入った人間を簡単に抜けさせては『面子』が立たない。だからリンチという名の『オトシマエ』をつけさせる必要があるわけだ。それは逆に言うと面子さえ立つなら、サクラダ達がどうなろうと興味なんて全然ないだろうということでもある。
だからわたしは、チームのリーダーと対等に話し合うことさえできれば、割となんとでもなるだろう、とは思っていた。
「とはいえ、百人もいるようなチームを纏めてる奴と、対等にねぇ……」
自慢じゃないが、『鮮血』なんて呼ばれてた中学時代にも、わたしはやたらに徒党を集めるようなことはしなかった。わたしのことを慕ってくれていたようなのはイチたちのほか、今は道場生になっているのを入れても十を超えるか超えないかだ。中学を卒業したばっかのガキをそれっぽっち集めたところで、チーマー共と対等とは言いがたい。
「カカシでもいいから、せめてあと二十人もいればなあ……」
そうぼやくわたしの視界に、制服のスカーフがにゅっと入ってきた。制服の上からでも容易に大きさが想像できるその膨らみは、まさしく凶器といったところだろう。
「どったのサトミちゃん、虚空に向かってしきりと話しかけて? 見えないお友達でもいるの?」
「めぐさん……」
悩めるわたしの前に現れたのは、『かわいいけどちょっと痛い』のキャッチコピーでお馴染みのややおも高校のアイドル、めぐさんだった。今は制服姿なので目に痛いフリルやピンクは身にまとっていないが、人工的な赤色のサイドテール(校則違反)と制服をぱつんぱつんにしている巨乳(校則違反ではない)は健在だ。スカート丈はまあまあ常識的な現代の女子高生という程度の長さに抑えられているが、青縞ニーソ(もちろん校則違反だ)との隙間からのぞく肌色の絶対領域は、著しく男子の劣情を煽ることだろう。
「幸いまだわたしにしか見えないお友達とは知り合ってないよ。ただの独り言」
「ふうん? 独り言とか言うタイプなんだー」
めぐさんはそう言いつつも疑うようにわたしの視線の先をちらちらと見ながら、ベンチの隣に腰掛けた。
「まーいーや。ね、サトミちゃん、暇ならいんたびゅーに答えてよ」
「インタビューってなに? 放送部の?」
「“競馬”放送部だよ。略すと処されるんだよ~」
誰にだ。相変わらずこの学校の慣習は理不尽なうえにペナルティが重い。
「来週のダービーで、ななこちんと生徒会長が勝負するでしょ? 馬券師部のサトミちゃんからも、勝負の展望とかを聞いとこうかと思って」
「あー」
サクラダ達のことで頭がいっぱいになっていたが、そういえばそういうイベントもあった。
「わたしじゃ、大したことも答えられないと思うけど」
「いーんだよ、専門的なこと言う人は他にいくらでもいるんだし。サトミちゃんが素直に感じたことを聞かせてくれたらいいから」
「はあ、そんなら、まあ」
「大丈夫? ありがとー! じゃあね、えっと……」
めぐさんは胸元から何やらがさごそとメモ書きを取り出した。どうでもいいが、なぜわざわざ胸元に入れとくんだ。
さておき、インタビュー内容をメモるつもりかと思いきや、めぐさんはそこに書かれている内容を読み上げ始める。
「えーと……『本インタビューに際し、あなたには黙秘する権利がある。あらゆる回答はあなたにとって不利な報道として扱われる可能性があり……』」
「なんか違うでしょそれ!?」
わたしはびしーっと突っ込んだ。それアメリカのTVドラマで犯人を逮捕するときに言ってるやつだ。いや、報道においても言ってることは違わないのかもしれないけど、どー考えてもインタビュー前にわざわざ言うことではない。
「あはは、だいじょぶだいじょぶ。これ、競馬新聞部のいんたびゅー前に必ず言うことになってるだけで、形式的なものだから」
と、めぐさんは手をひらひらさせて笑う。これは一種のジャーナリストシップと言っていいのだろうか? まあ確かに、世の中のマスコミにも真似して欲しい習慣ではあるかもしれない。めんどくさいし、誰も答えてくれなくなるから絶対やらないだろうけど。
「じゃーまず、ななこちんと会長、二人の第一印象について」
「第一印象といっても、片方とはまだアホ毛にしか会ったことがないですけどね……」
そんなこんなで、わたしはしばし頭を抱えるのを止め、めぐさんの当たり障りのないインタビューに答えていくこととなった。
「ふむふむ……なるほどなるほど、そうやって馬券師部にスカウトされたと」
「はあ」
「じゃあ次、サトミちゃんの好みの異性のタイプは?」
「……あのー」
当たり障りのないインタビューは、ななこ先輩とクルミちゃんのことからいつの間にかわたし自身の話にシフトしていた。あまりに自然だったのでつい途中まで答えてしまったが、謎のインタビュースキルを持っているようである。
「誰得情報なのそれ」
「あたし得! ……っていうか普通に興味ある人も多いと思うけどなー。ねーねーどんな人?」
「んな情報が学校中に出回るとか超イヤなんだけど」
「じゃ、これは絶対書かないから! ね?」
ふいにインタビュー前に言われた『あらゆる回答はあなたにとって不利な報道として扱われる可能性があり』というのが頭をよぎったが、まあ一応めぐさんを信用することにした。わたしは自分の好きな男のタイプがマスコミに漏れることを警戒するほど、自意識過剰でもない。
「しょーじき特にないけど、強い人のがいいかなあ」
「ほうほう。強いっていうのは、物理的に?」
「……まあ、物理的に。最低限、わたしより強くないとね」
と答えると、めぐさんはきょとんとしてわたしを眺めた。平均的な身長のめぐさんよりもひと回り小さいわたしが、男子と自分の強さを比べることが不思議だったのだろう。こう見えて道場の組手でもそうそう負けないのだが、そうは見られないのも自然な反応である。
……と思ったのだが、めぐさんはしばらくわたしを見つめたのち、うんうんと頷いた。
「……なるほど、確かにサトミちゃん、強そうだもんね」
「強そう? 自分で言うのもアレだけど、見える?」
「うん、見える見える。見えそうになってる」
どっちだよ。
「さてじゃあ、次の質問だけど」
と、めぐさんはおちゃらけた表情を急に引き締め、声をワントーン低くした。ひょっとして普段は声を作っているのだろうか。
「……そんなに強いサトミちゃんは、何をそんなに悩んでいるの?」
「……」
屈み込むようにじっと見つめられて、わたしは思わずたじろぐ。
「べ、別に大したことじゃ、ないよ」
「そうかなあ」
めぐさんは不満そうに唇をつうっと尖らせて、
「これでも先輩だよ? けっこー顔も広いし、話すだけ話してみない?」
と言った。
なんというかこの人、ちょっと痛い外見に騙されていたが、けっこう鋭い人なのかもしれない。そして、独り校庭に座って虚空に話しかけていたわたしは、めぐさんに意外と心配をかけていたのかもしれない。
「……不利な報道として扱われる可能性があるんじゃないの?」
「あはは、これはインタビューじゃないってば。ね?」
じっと眼を覗き込まれて、思わずどきりとする。むう、今までやや侮っているところがあったけど、高校の中だけとはいえアイドルをやっているだけの事はある。かわいいだけじゃなく、どこか相手を惹きつける吸引力を持っている。
「……ぶっちゃけ聞いたら引くよ?」
「大丈夫、引く覚悟はできてるから!」
めぐさんはにぱぁっと、今日いちばんの笑顔を咲かせた。
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