第二十四話 Ayaの神友

 八月二十五日の木曜日、むくはウルフとドライブをした。

 オンボロのジープは酷い揺れで、一緒に乗っていた寅祐が悲鳴で訴えた。


 にゃーはわ。


「スターにゃんこの寅祐さんが哀しそうにしています」


 むくが蒼い顔で、寅祐を優しく抱いている。


 にゃにゃんー。


「寅祐さん、甘えているのですか? ウルフおじいちゃま、ゆっくり走れますか」


 むくは、水色のカチューシャに白いレースの上下で、後部座席から身を乗り出した。


「大丈夫じゃよ。ぶつかったことはないしの」


 ウルフは、呑気に運転していたが、車は呑気ではなかった。

 車は、轍を拾うだけでは済まなかった。

 砂利道を行くスキー板のようだ。


 うにゃうにゃ。


「寅祐さんが泣いています。可哀想です」


 にゃーにゃはにゃはにゃは。


「喜びの歌ではなかったのかの」


 ウルフは、肩を落とす。


「ウルフおじいちゃま、むくが車をプレゼントします」


 むくの正直な気持ちだ。


「ええ? むくちゃんのお小遣いは、玲ぱーぱから、月に三千円じゃろ?」

「むくは、貯金箱あります」


 奮発するつもりだった。


「三百万円は、いつ貯まるのかの?」

「アチャ。何とかなります」


 ようやく辿り着いた。

 今は知り合いのいるにゃんこっこだ。

 ただのねこカフェではない。


「着いたぞい」


 ウルフは後部座席へ行き、先ずはむくから寅祐を受け取った。

 後から、華奢な足を出して、むく一人で降りられた。


「ここは……。寅祐さんのねこカフェ、にゃんこっこ」


 むくは、感慨深く花々や木戸、看板に煉瓦道をじっくりと見た。


「むくは、ウルフおじいちゃまが、お車で団地のお家に来てびっくりしました。ドライブをすすめられて、まさか、寅祐さんも乗っているとは思いませんでした」


 少々気丈だったが、はうっとため息をついた。


「むくちゃんとご無沙汰で寂しかったわい。『JM』じゃよ、儂らは。遠慮は要らないのう」

「少しだけ、考えごとをしていました」


 にゃはー。


 ウルフの胸の中で、顔を埋めていた寅祐さんが、伸びをした。


「可愛いです」

「可愛いのう」


 木戸をくぐると、背後から、蝶番の軋む音が、ブランコのように聞こえる。


「にゃんこっこは、お久し振りですね。ウルフおじいちゃま」


 左に傾げて、微笑した。


「そうじゃの」


「にんげん二名に、スターにゃんこの寅祐さんじゃ」


 かるぴーすと言うダブルのサインを出した。

 お茶目なのをむくは知っている。


「お帰りなさいませ、にゃんこっこ!」

「お帰りなさいませ、にゃんこっこ!」


 にゃんこっこお姉様に元気良く迎えられた。


「寅祐さんは、なかよしドライブの後なので、ケアをします。お預かりしてもよろしいでしょうか?」

「勿論じゃ」

「はい。お願いいたします」


 二人は、はなよにゃんこっこお姉様に大切にお返しする。

 むくがちょいちょいと手を振ると、寅祐はにゃんこっこパンチをしてくれた。


「商運で、車が買えます」


 むくには、縁起良く感じられた。


「ソフィーちゃんは、おらんかのう。すずちゃんもな」


『かっわいい、かっわいい、にゃんこっこ』

『かっわいい、かっわいい、にゃんこっこ』


「お!」 


 ウルフは、嬉々とした。


「にゃんこっこタイムですね。ウルフおじいちゃま」


 むくは、合いの手を入れた。


『かっわいい。パン』

『かっわいい。パン』

『にゃんこっこ。パンパン』

『かっわいい。パン』

『かっわいい。パン』

『にゃんこっこ。パンパン』


「わあ! 楽しいです。スターにゃんこ達の愉快な舞に合いの手も愛らしいです」


 むくにしては、はしゃいでいた。



「ふふっ。良かったの」


 ◇◇◇


 Ayaは、スターにゃんこをキャリーバッグに入れて白い木戸をくぐった。


「お帰りなさいませ、にゃんこっこ!」


 Ayaは、ブラウスに控えめのフレアーロングスカート、いいのかって位の網タイツにハイヒール、それらを全て黒で包んでいる。


「私とソフィーちゃんね。それから、後でもう一人来るわ」


 Ayaは、きらめきを感じて、白い木戸を振り向いた。


「ソフィーさんは、なかよしお散歩の後なので、ケアをします。お預かりしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、お願いね」


 ふう、にゃんっ。


 Ayaは、ソフィーをさやかにゃんこっこお姉様に飛び乗らせた。

 Kouが、猫アレルギーでなかったのなら、一緒に来られたのにとAyaが悔やんでいたときだ。


『かっわいい、かっわいい、にゃんこっこ』

『かっわいい、かっわいい、にゃんこっこ』


「こんにちは。再びお会いしましたね。むく様」


 Ayaが喧騒の中でもすっとはりのある声で挨拶をする。


「Aya様」


 相変わらず賑やかに、にゃんこっこタイムが続いている。


「むく様は『ジレとアデーレ』の絵は気に入ってくださいましたか?」

「はい、とても好きな絵です」


 呆気ない程、簡素に伝えた。

 初めて見た時の感動は、表し難かったからだ。


「あちらの壁側の席にいらっしゃらない?」

「お話があるのですね」


 こくりとうなずいた。


「ええ」


 Ayaはアッサムティー、むくはココアを頼んだ。


「むく様の描いた二人が寄り添う絵を見たわ」

「それは、アトリエにあります。どうやってご覧になったのですか?」


 Ayaは、むくには極力疑われたくないと思ったので、説明した。


「キーなんて簡単に開きますわ」


 Ayaの開ける仕草は本物の手つきで、むくを驚かせた。


「お伺いしたい事があります。赤い×バツをご存じですか?」

「私が犯人ではないわ。この件の依頼でしたら、情報屋Kouを通じてお願いいたします」


「色々と情報をお持ちですね。Aya様、身構えていませんか? 古びた手紙を受け取った時もそうでした」

「あ、あら。そうかも知れないわね。徐々に改めるわ」


 Ayaの殊勝な面をむくに上手いこと引き出されてしまった。


「むく様の絵は素敵ね」


 Ayaは、スマートフォンのナノムチップに保存してある絵をむくに見せた。


「ありがとうございます。でも、そんなことはありませんよ」


 むくの真摯な眼差しに謙虚さがにじみ出ている。


「売ってくれるかしら?」

「え! これですか?」


 Ayaからみたら、マンガみたいな驚き方をするむくが可愛らしくて、今すぐ抱きしめたかった。

 笑いをこらえようと口元に手を当てる。


「売り物ではございませんので、できません。Aya様、ごめんなさい」


 むくが困ったのをAyaはひしひしと感じた。

 しかし、用事がある。


「この絵が、人を救うとしたら?」

「私の絵が? 何故そうなるのですか」


 Ayaの勿体ぶった話に、むくは驚きと疑問が混ざりあった。


「私の好きな人をある組織から救うのに『ジレとアデーレ』が要るのよ」


 本当は好き以上の存在が、Kouだ。


「では、地下室にある本物は、駄目なのでしょうか。あの絵も素敵ですが、どうしてもと言われれば」

「あれは、とっくに持って行かれました」


 Ayaは、残念な気持ちを隠さないで、肩をすくめた。


「ええ! 知らなかかったです」


 むくは、いつも平坦な感情しか表さない方なのに、Ayaといると変わった側面を見せる。

 Ayaは、真面目なむくに好意を寄せている。


「では、どうしましょうか。Aya様」


 Ayaは、いくつか考えると『J』の事件が解決していないので、胃薬を飲むKouを心底気遣っていた。

 むくは、Ayaを直感的にいとおしく思い、共に悩み出した。

 二人の邂逅は、たゆたゆと流れた。


「むく様は、かみともと書いてしんゆうだわ」

「かみともとは何ですか?」


「神のようなお友達。神友しんゆうよ。ねえ、そう思わない?」

「むくをお友達にしていただけるのですか」


「むく様とは同じ香りがするの。心の羽をもがれた者同士。神友、よろしくね」



 むくが黙って笑顔でいると、Ayaも微笑みで心を開く。

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