第十八話 JM結成

 Ayaは、まさかのドラゴンかと影をヒールで踏みつけた。


「キサマ、ちょろちょろ動き回っているが、何者だ?」

「何者だ? ――嬉しいねえ。そういうの。お仕事していますってお遊戯感覚満々じゃないのかしら」


 Ayaは背にして語った。

 すぐさま、小者と分かったからだ。

 これもアンダー・リーフズだろうか。


「土方むくの所では、うちの者がお世話になったな。足を引きずりながら目が痛いと帰って来たが、帰って来られて大恥をかかされたさ」


「むく様が、何か?」

「手紙を渡して貰いたいのだがね」


「どこの方かしら?」

「名乗るほどでもない」


「じゃあ、しーらない」

「ふざけるな」


 ひたりとシュヴァルツ・ドラッヘの銃口が男の額をぬらした。


「ボスの巣へ案内しなさいね」


 男は滝のように汗を掻いてうなずくこともできずにまばたきをする。

 Ayaはウインクをして、バーンと打った音を口にした。


 ◇◇◇

 

 八月十六日の火曜日、ウルフはキッチンで腕を振るった。

 たった一人の孫は、目に入れても痛くないらしい。

 先に食べ終わったウルフが、目を細めてむくを見つめている。

 すると、目には入らないのかも知れないと、ウルフはにやにやと考えていた。


「ウルフおじいちゃま。ごちそうになっています」


 今日のむくちゃんファッションショーは、サマーニットに水色のタイトスカートが一推しだ。


 絵を描くときは、スモックの膝丈まである仕事着を着ていた。

 美術部ではむくのお手製を愛用している。

 むくの好きな水色で、寅祐の刺繍をしてあるものだ。

 学園の授業では、指定の黒い仕事着を着る事になっている。


「むくは、稲庭うどんの桜色、初めて見ました。綺麗です」


 目をきらきらさせて、秋田名産の稲庭うどんをそそと食べていた。


「むくちゃんのほっぺも桜色じゃよ」


 ウルフは、微笑ましいと破顔一笑する。


「アチャ」


 ほっぺに両手を当てた。


「わはは……! むくちゃんの『アチャ』が出たら、一安心じゃよ」


「美味しかったです。ごちそうさまでした」


 至福の顔は、ウルフを喜ばせる。


「洗い物は、一緒にします。大丈夫です」


 笑って、下膳した。


「そうじゃのう。仲良く洗うかのう」


 最強の祖父と孫のコンビだ。


「儂とむくちゃんで、すっぺしゃーるコンビを組まないかな? 『JMじいむく』? 『WMわしむく』? どっちがいいかのう」


 そんな話をしながら食器洗いを一緒にした後、お茶にした。


「ココアがあたたまります。はふう」


 にこやかなのは、ウルフの優しさに触れて、安堵しているからだ。


「ははは、むくちゃん。可愛いのう」

「ウルフおじいちゃま。おじいちゃまは、玲ぱーぱに似ている気がします」


 ゆっくりとココアを飲む。


「それはまた、ごほっごほっ。玲くんは養子になってくれたが。ふおお! むくちゃんよ」


 ウルフ一人が感極まっている。

 むくには、重さが分からないようだ。


「包容力があって、優しいです。そして、優しさを裏打ちするかの様につよさを持っています。むくの理想の男性です」


 ウルフは、しばらく咳き込んでいた。


「所で、アトリエ通いに精が出るのう、むくちゃん」

「はい、九時五時で無理なく、集中力を欠かさないようにしています」


 ウルフには、無理をしている風に思える。


「自分を追い込まないようにな、むくちゃん」


 ウルフは、居間からアトリエを見つめてメッセージを送った。


「心が傷付いた時に精神科へ行っても、薬と患者さんのバランスを取りながら長くかかる場合は、少なくないものじゃ。病院を否定しておらんぞ。ただ、フラッシュバッグのような辛い思いはさせたくない」


「ウルフおじいちゃまもお医者様でしたね。そんなに心配してくれて、ありがとうございます。本当にです」


 碧眼にも琥珀色の瞳にも、うっすらと涙を浮かべた。


「むくを愛してくれているウルフおじいちゃまには、何もできなくて、むくを邪魔とさえ思う人をそれでも好きでいるなんて、むくは、道を間違えたようです。愛すべき人をおざなりにしてしまっているなんて、なんて愚かでしょう」


 むくは、泣かないと決めていたのに、顔をおおわなくてはならなくなった。


「心配は、要らないぞ。すっぺしゃーるコンビじゃ。二人で乗り越えような、むくちゃん」


 ウルフは、肩にそっと触れた。

 

「そうでした。ウルフおじいちゃまとむくは、すっぺしゃーるコンビ『JMじいむく』です。おじいちゃまの方が儂より可愛いと思います。『JM』で、がんばります」


 むくは、明るく振舞った。


「そうじゃな」

「うふ」


 右にちょいと首を傾げて、肯定した。


 ◇◇◇


 そして、むくは、アトリエに入って行った。


「今日、構成を決めます」


 ぱらぱらとスケッチブックの新しい紙までめくる。


「神崎部長は、ここに居てください」


 イーゼルに亮の写真をクリップで留めた。

 画びょうは亮を刺すようになるから、使わない。


「笑っていて、いいお顔です。椛さんに高一の頃と聞きました」


 二次元の写真の神崎亮を先ず左にざっと描いた。


「ごめんなさい、むくです」


 目線に置いた鏡の中のむくを見つける。

 さくっさくっと描いた。

 亮の恋人として、近い程恥ずかしい隣にだ。

 

「似ていないです。形は描けているのに」


 思うように描けず、四苦八苦していた。


『アーッハハハ。亮に愛されていないから、むっくん』


 朝比奈麻子の声が頭の中でラジオのように聞こえて来る。


『いちゃついて何が悪いの?』

『恋人って言うのは、やる事やっているに決まっているでしょう!』

『あたしと亮みたいに!』


 むくには、聞こえるというのが、孤独な闘いだとは思わなかった。


『靴買ってやったりする身にもなれよ、麻子』


 神崎部長の声にも驚く。


『それ位、あたしには当然の事じゃない!』

『むっくん、本当は奪いたい?』

『体で?』

『クックックックッ』

『高一にもなって未だなんて、大嘘!』


 痛さは、狙撃されたように伝わる。

 むくは、幻の言葉を無視する事に努めた。


「絵に集中です」

「絵に集中です」


 シャッシャッシャッシャッ。


 鉛筆の運びが、速くなった。


「描き込めば、思うように描けます」

「むくは、がんばります」


 己を追い込んで新しく肖像画を進めた。

 自分を蝕む過去に真綿が巻きつく様に縛られて。



 アトリエの夏は、蒸し暑く、むくの汗と涙を気が付かせなかった。


 ◇◇◇


 Ayaは、銃口を向けていたが、そのままでは男が歩かないので、腕を後ろで組ませて先を行かせた。


「覚えてろよっ」

「だから、お遊戯感覚満々だって分からない?」


 Ayaは笑いたくてたまらなかった。


「ボスに会わせるまでオレの命は繋がっているんだ。この際、遠慮なんかいらないさ」

「ボスに消されても?」


 男は、びくっとした。

 考えてもみなかったのだろう。


「我々のボスは殺しなどしないさ」

「あら、私も殺人をした経験がないわ」


「ちょっと、ボスに電話連絡を入れたいのだが」

「私のスマートフォンを貸してあげる。赤のクイーンと黒のキングのどちらがいい?」


「オレは、黒のジャックがいい」

「ほうほう」


 Ayaは、右手で後ろの手を持ったまま、左手で男の目の前にスマートフォンを見せた。

 ボディーは黒。


「うおおお! 何をする」


 Ayaは黒のボディーを片手で潰した。


「朝飯前なのよ。本当の道を案内しなさいね」

「畜生、分かった」


 観念した男は情けのない顔をしている。

 Ayaは『J』への拘りが消えないのを不思議に思った。

 むくへの手紙は『J』、むくを訪れたのも『J』。

 Ayaが追っているのは、凛様を狙う雪とドラゴンの筈なのに。

 この男のボスは誰なのか。

 決着をつける時が来た。



 Kouがいてくれたならそれだけで息ができるのに。

 Ayaのカードには、『K』と書かれている。

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