第十五話 Ayaへの六芒星を

「覚醒とは、集中すれば、誰にでもできるものじゃよ、Kou」


 いつものお気に入り、真っ白に身を包んだウルフが口説いている。


「冗句は程々にしてください。それにKouとは何でしょうか?」


 Kouも相変わらずワイシャツにジーンズのラフな格好だ。

 二人は、引き続き、居間から庭の尾行者を見張っている。

 むくが狙いだとすると、不審な侵入者から目を離せられない。


「河合光殿。こちらの名前で呼ばれたいのじゃろうか」

「三浦司狼さんだって、ウォルフガング=アルベルト=ミュラーが帰化前の名前ですよね」


「名前とは、忌み名とかもあるのじゃし、そうそう呼ばれたくないのもあるよの。儂はウルフと呼んで欲しいのじゃもん。おじいちゃまはだめじゃよ。むくちゃんの専売特許じゃ」

「同意ですよ。ですから、自分を河合と呼んでください」


 不審者は、こんなに近距離からなのに、鈍い。

 それで、Kouはくすりと笑った。


「組織にばれない為かの?」

「そしき? 組織Jですか?」


 Kouのブラフだ。

 ウルフがどう出るかを知りたかった。


「ほう、組織Jを追っているのかのう」

「我々とは違う組織か同じ組織か……。ここで、手を組みませんか」


「その前に組手じゃ。あの不審人物を相手にな」


 そっちの組むとは、Kouはウルフの力のお披露目だと解釈する。


「OKですよ」

「さて、六芒星と出るか、五芒星と出るか……。楽しみじゃな」


 アトリエのある庭に忍びながら二手に分かれた。

 ウルフはアトリエの入り口側から、Kouは反対からだ。

 どうやら相手は見張りに夢中で危険にさらされているのを分かっていない。


「……への手紙Jの刻印撲滅機構か?」


 ウルフの敵だ。


「組織Jか?」


 Kouの敵だ。


 各々、ここではっきりさせたいと思った。


 むくが、アトリエにいる以上、気付かせたくはない。

 むくには、無垢であって欲しいとウルフは願っている。

 少々お嬢様でも構わない。

 今のままのむくが、ウルフには大切だと思えた。


 いかに組織Jだろうと、いかに……への手紙Jの刻印撲滅機構だろうともKouとウルフには敵でしかない。

 手加減無用だ。


 さて、忍びの気配もここまで。

 いざ……!


 一方、アトリエの中で、むくは夢の中にいた。

 赤いバツの書かれたむくの人質が、むせび泣いている。

 どんなにがんばっても、むげにされた痛みが響いた。

 哀しい顔がガラスにうつる。

 北窓のそこには、侵入者がいることも知らなかった。

 しかし、強い気を感じ、ぴりっと気を正した。


「誰かいるのですか……?」


 侵入者、ウルフ、Kouと三人もいる。


「潮時じゃな」


 ウルフは、右手を高くかざす。

 左手を添え、侵入者へとゆっくりと下ろして照準を合わせた。


「六芒星よ……! 光と闇を浮き彫りにせよ……!」


 ウルフの右の手の甲から、六芒星が走る。


「晩鐘の氷河……!」


 むくの痛々しい長い夢を覚ます程の光だった。

 Kouもあまりの閃光に目を瞑る。

 侵入者は、悲鳴の間もなく倒れた。

 足を引きつらせている。


「まだまだ、老いぼれてはおらんよ」


 光続ける手の甲を隠すように、白い手袋をきゅっとした。


「俺の出番がないですよ、ウルフ」


 Kouは肩をすくめる。


「河合殿もできるから、やってみるのじゃ」

「この手のものは、無理ですよ。ウルフ」


「大丈夫ですか? ウルフおじいちゃま」


 むくは、アトリエから出て駆け寄って来た。


「おっと、初めまして。マドモアゼルMademoiselleむく。河合光と申します」

「こんにちは。むくです。初めましてですか?」


 むくは、Kouのまとう雰囲気が誰かに似ていると思う。


「そうですよ、むく様」


 むくは、芝生の上に、男が倒れているのを見て、ウルフが一瞬でスタンガン以上のものをくらわせたのだと理解した。

 不思議な力を使ったウルフに素朴な疑問を展開する。


「この倒れている方はどなたですか? ウルフおじいちゃま」

「こやつは、悪漢じゃ。むくちゃんは、何かに狙われているようじゃよ」

「よろしい分際ではないです。むく様」


「悪い方なのですね。むくは少し困ります。そして、どうして光ったのですか?」

「光は、このお兄さんも出せるのじゃよ」


「河合様も光を出せるのですか」


 むくは、ぱちっと手を合わせた。


「おーい、河合殿。コツを教えるから、六芒星からやってみようか?」

「俺は、超人じゃないんですよ」


「儂だって、宇宙人じゃない」

「いや、宇宙人とみましたね。何ですか、あの光は!」


 その時、どさくさに紛れて侵入者が逃亡しようとした。


「河合殿にだって、愛しい者がいるのじゃろう。その方を想えば簡単なんじゃ」


 ウルフは、胸の前で手を組んで祈った。


「儂の妻マリア、娘の美舞、孫のむくちゃんとおまけにパパの玲くん。元気にしているのかのう」


「愛しい者か。それに集中する」


 あれ程、無理と拒んでいたKouも本気を出したようだ。

 今、Ayaが傍らにいない。

 それさえも辛いようだ。

 拳を握りしめて一点を見つめている。

 青くあつい空だ。

 そして、珍しく寂し気で、空色を瞳にうつせなかった。


 勘のいいウルフとむくは分かってしまった。

 Kouに愛する方がいると。


「河合様、がんばってください」


 ◇◇◇


『Aya……。愛しい、Aya……』


 Kouは、ここのところ忘れていた何かをふつふつと思い出そうとしていた。

 李家のことも含めて。


 ――それは、幼いAyaの話だ。


『Ayaと出逢ったのは、李家の前の仕事だった。あれは雪の日、凄腕のスナイパーがいるからと使いに出された』



「人に使えば殺しちまうからね。気を付けな、Aya」


 母の凄味のある語り口だ。


「え? 何で……」


 Ayaには、分からなかった。


「後で、仕事に連れて行ってあげるよ」

「う、うん。母さん、先生なのでしょう? 私、学校は初めてだわ!」


 寒さが増し、Ayaは、気を配る。


「ふう……。母さん、雪が、ずんずん降って来るね。白湯を作ろうか?」

「勿体ないから、Ayaが飲みなさい」


 母は、珍しくAyaに優しい。


「私も要らないわ。勿体ないから」


 白く足跡もない朝、母から与えられた最初で最後の物。


「それは、コルトパイソン、銃って言うんだよ」

「母さんが持っているのを見た事があるよ。遊び方が分からないけど」


 Ayaは屈託もない。


「ふっ……。遊びかい。Ayaは子供だね」

「母さんの子だよ。父さんは亡くなったのなら仕方がないよ」


 Ayaは、母がとても好きだった。


「これが、仕事だよ」

「母さんは、学校の先生なのよね?」

「見れば分かるよ」


 母は、銃を構える。


「これが、学校なの? へえ。ありがとう。真似してみるね」


 母のように構えた。


「あは。私の手には、大きいや。ぶかぶかの服みたい」

「直ぐにしっくり来るさ」


 母は、獲物から目を離さない。


「あれ? 朝だから良く見えるね。銃口に、白い龍が碧玉へきぎょくを持っているペインティングが施してあるし、トリガーに、何かの名が刻んであるよ」

「さて。無駄口叩かないよ、Aya」


 どんなに反動があっても、母はびくともしない。

 母の弾丸が、遥か向こうの銀髪をかすった。


「銀髪は、十二本散った」


 Ayaは、視力が獣並に優れているので分かる。

 その銀髪の男はこちらを真っ直ぐに見つめ返した。

 刹那、不思議と光が眩しくなる。


「はっあーっ! 目が痛い」


 閃光の後、男の姿がなかった。


「母さん、私、全部見てた……」


 Ayaは、唖然とした。

 銃の手解きを母から受けてはいない。

 この日、母と仕事を共にしただけだった。


 翌朝、小春日和の別れをAyaと母さんがした。


 ――そんな話をAyaから聞いていた。


『Ayaさん、初めまして。僕はKouです』


 随分とクールな娘だと思ったよ。

 今では、俺の方がクールだろうな。


 Kouはくすりと笑った。

 あのときの台詞を思い出した。



『お仕事の依頼があります。僕と仲良く働きませんか?』

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