第十三話 コクトーよいずこ
AyaとKouは
八月九日の火曜日、羽田空港・東京国際空港からJAL便のチケットを取った。
七時五十分に空港入りし、
十五時間四十五分のフライトの旅となった。
「Kou、今日は八月九日だわ。長崎に原子爆弾が投下された日よね。私、思うのだけれども、凛様はまるで『核』のボタンを持っているかのようだって」
Ayaは、ティーバッグでもいいから紅茶がいいとキャビンアテンダントに頼んだら、アッサムティーが出されて感涙している。
「李家にそこまでの力があるのかい? Aya。俺は笑ったりしないが。もしあるとしたら、大変なことだな」
移動中なので、Kouだって珍しくアルコールを頼みたかった。
「飲むとKouは必ず眠るわよね。私詰まらないわ」
Ayaにキャビンアテンダントとの会話を禁じられた。
Kouは、うたた寝も許されないのかと、いい男ががっかりして窓に突っ伏した。
ブラックのエメラルドマウンテンは、気分をしっかりさせる。
「あー、機内食ってスープが少ないわよね」
Ayaが通路側の席で、スープへ未練がましくなっている。
「そこか。ふっ」
隣席のKouは、きざったらしく頬杖をついて横を向く。
「ああ! 鼻で笑わないで」
「どれだけスープが好きなんだよ。水太りするかも知れないぞ」
にやにやがいいのか、にまにまがいいのか迷うのは、相棒の特権だ。
「スープの美味しい店を見つけたにゃん。にゃんこっこと言う猫カフェなのだけれども。猫だけにスープへの拘りは高いわよ」
「デートしたいの? 避けたいの?」
猫の毛にアレルギーがあるKouは、
「きゃああ! でーとっ。でーとですって?」
Ayaは飛び跳ねそうだ。
「そそ。ジャン=コクトーを探す旅な。おデートはそれだ」
Kouは、やけに喉が渇くとミネラルウォーターを貰った。
「なーんだ。がっかり」
「それをしにニースに来たんだろう。わざわざ李信さんに凛の看護と警護を頼んで」
「そうでした。それで、にゃんこっこでスープを飲んでいて、例のミックスジュースが気になったのよね」
Ayaは、楽しみにしていたジュースで痛い思いをした凛が可哀想でならない。
「ドンピシャだったな。解毒が間に合って何よりだ。後は、雪が凛を狙わなければならない理由と背景に誰かいるのかが問題だ」
「ところで、ジャン=コクトーって、一九六三年十月十一日には亡くなっているわよね」
「そうだな。コクトーの同姓同名に会うのが目的とは思えない」
寝酒だからと、少しの赤ワインをKouは口にした。
Ayaが、私の分も使いなさいとしつこく毛布をKouに掛けて、二人は休んだ。
コートダジュールに着くと夏の熱風を含んだバカンスになごりが見えた。
もう夕刻だ。
涼しい。
「ジャン=コクトーの銅像が、ニースの東の港町、
「ああ、俺もさっきからそれを考えていたのだが。雪との繋がりが見えない」
「雪は、生まれも育ちも台湾のはずだわ。ほかに糸口がない以上、行ってみるしかないわね」
「ああ、バスはまだある」
二人は、黄色いラインのあるバスでヴィルフランシュ・シュル・メールへと向かった。
◇◇◇
コートダジュールでも風光明媚な保養地だ。
すうっと続く海と人と空がまるで永遠の時を思い起こさせる。
その一角にジャン=コクトーが愛した町として、港に面してその人がいる。
「うーん、これといって何もないわね」
「Aya、探したりないだろう。この場合、コクトーの視線を追うといいだろう」
二人は、銅像の見つめる先を追った。
普通、その先など風化されていても当然だと思うが、何事もやってみなければ分からない。
どうしても、雪の痕跡が見つからず、Ayaは提案した。
「ジャン=コクトーの辿った道を行ってみる? んー、例えば、
「分かった。一度原点に戻ったら、出発しようか」
「やはり、何も糸口がないな。Aya、行こう」
「OK」
◇◇◇
サン・ピエール礼拝堂は、コクトーの芸術の宝箱のようだとAyaもKouも圧巻された。
「ふう……。素晴らしいわ」
「この壁画の中をくまなく探すか。おーい、Aya殿」
「はっ。ごめんなさい」
観光のふりをして、何か雪の足取りがないか懸命に探した。
いつまでもいられない。
凛を狙う者を暴かなくてはならない。
「あった……。これだわ!」
Ayaが静かに合図をした。
「ああ、『
「やー。褒められてしまったわ」
ほくほくのAyaは、割と可愛い。
「頭ぐりぐりしようか」
Kouは、意地悪でAyaの髪型をくずそうとした。
「頭よしよしがいいわ」
Ayaは、ふふんと浮かれる。
「するか!」
「ざーんねんだわー」
Ayaは迷った。
ミドルネームのドラゴンが気になると、Kouに伝えるべきかと。
「どうかしたか?」
「うううん。Kou、そこに立って。記念写真よ」
雪のサインと思われる証拠写真を撮った。
◇◇◇
Ayaは、自分の出自が分からず、本名も勿論わからない。
日本人にも風貌が似ているので、
むくの前では、アヤ=シュヴァルツだと言った。
そして、Kouは、
黙っていても、日本人だとされる場合があるからしっくりと来るのだろう。
河合光、水木亜弥で、シングルを二つ頼んだ。
五階の部屋まで向かっている時、Ayaはお腹が空いた。
昼食はスープを沢山飲めて幸せだったが、何せ腹持ちが悪い。
「光、ディナーはどうする? 模写だけれどもジャン=コクトーのルームがあるレストランにしましょうか?」
「俺は、そこまでコクトーに傾倒していないが。亜弥殿」
「折角だしそうしない? 港も綺麗にライティングしているらしいわよ。眺望もよく、七階ですって」
「OK。高い所は好きだからな」
それぞれ、ベルボーイを断って、自ら荷物を持ち運んでいる。
五〇七号室と五〇八号室に、AyaとKouは吸い込まれた。
「さあ、大変だ! お洒落をしないといけないわね。うーん、ドレスをどうしよう? 一階のブティックに行こうかな。ユーロは沢山あるのよ」
Ayaは、ホテルの名に合わせてか、真っ白なドレスにした。
カシュクールの胸元で、デコルテも美しい。
買い取ろうとしたけれど、スーツケースも一杯だ。
安価にレンタルさせて貰った。
「その金はどうした?」
「えっと、凛にいただいたの。前金だって」
七階のレストラン『
「サン・ピエール礼拝堂にあった、幾何学文様とは少し違うでしょう。人物が叙情豊かに描かれていて素敵だわ」
ニースのディナーは、目にも鮮やかだ。
前菜と新鮮な魚介類のパエリア以外は、スープのみがいいとAyaがわがままだったので、Kouに叱られてしまった。
Ayaの願望、二人でフルコースは叶った。
「楽しかったわ。それに、嬉しいの。光」
「それは何よりですよ。俺のどこがいいんだか。あ、ごめん。料理が楽しかったのか」
「ん、もう! おばかさん」
「では、お休み」
「おやすみなさい。気を付けてね、光」
「ああ」
寝所を一緒にしないAyaとKouは、別れて休んだ。
「ハグひとつしないのだから、二人とも恋から遠いのかしら? 私は、嫌いではないけれどもね」
Kouの笑顔が離れられない。
「疲れたから、しっかりと眠りたいわ。素敵な笑顔は、また明日ね」
この時、もっと気を付けるべきだったと、Ayaは悔やむことになる。
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