第四話 組織Jのやつら

 南野みなみの百貨店の地下駐車場へと組織Jの車が走る。

 けたたましいクラクションであおり、周りの車を蹴散らした。

 迷惑運転の真後ろは、Ayaだ。

 ハイヤーは、年式は古いが、手入れが行き届いている。


「乗り心地、さいっこう! 李家はいいわ!」


 セダンは、地下駐車場がコンクリートの柱ばかりで行き止まりになり、急ブレーキを余儀なくされた。

 組織Jのセダンは、撃たれたハンチング帽の男を助手席から放り出す。

 仲間と思しきフルファイスの運転手は、切り返しが上手く、Ayaのハイヤーを狙ってUターンして来た。


「いっけー! おらあ! おららあ!」


 フルフェイスがジャンキーに叫ぶ!


「坊や。ちょこざいな!」


 Ayaは、ハンドルを大胆に回す。


「スラロームでかわすわ」


 右!

 左!

 右!


 行き止まりになる。

 ハイヤーをUターンだ。


「組織J、待ちなさい! はああー!」


 Ayaのハイヤーは、後ろから、セダンに迫った。

 速度を保ち、さっと運転席の窓から身を乗り出す。

 その手には既に、シュヴァルツ・ドラッヘが握られていた。


「ターゲット、ロック・オン!」


 シングルアクションだ……!


 一瞬ためてから、破裂音がし、セダンの左後方タイヤがバランスを崩す。

 組織Jの車は、ぐるりと回って、柱にぶつかった。

 火災はまぬがれたようだ。

 Ayaは、ハイヤーを降りて、セダンの様子を見に行くと、エアバッグにフルフェイスがめり込んでいる。

 組織Jのぶざまな姿で、カーチェイスは幕を閉じた。


 ハンチング帽の男は、もう上の階を通って逃亡に成功しただろう。

 Ayaはノックをして、車中のフルフェイスヘルメットと話をしようとした。

 ハンチング帽の男が実行犯で、車の運転手は待機していただけとうかがえたけれども、下っ端だろうが、何かの役には立つだろうとAyaは踏む。


「組織Jはどこにあるのかしら? 答えなさい」

「……」


 無言なので、気を失っているのか、しらを切っているのか確かめてみる。


「さっき逃亡したハンチング帽の男は、李家の沢山いる御用人が始末したわ。フルフェイスのあなたもいずれそうなるのよ。覚悟して車から降りなさい」


 ブラフだった。

 ここで、フルフェイスのこの人物までも逃がす訳には行かない。

 窓越しにシュヴァルツ・ドラッヘを押し付けるように当てた。

 Ayaはカウントする。


「三、二、いっ……」


 やつは起きていた。

 エンジンを鳴らして、セダンを急発進させる。

 だが、車体が揺れたのみで殆ど動かない。

 Ayaはフルフェイスが車を動かすことを想定していた。

 引き金を引くだけで、ハンマーを即起こす撃発作動機構を用いる。


 ダブルアクションだ……!


 三発目の球はリアシートから窓をうがち、四発目の弾丸がルームミラーを打ち砕いた。


「ひいいい!」


 甲高い声の悲鳴が上がる。

 Ayaは、エアバッグに挟まれている人物を引きずり出した。


「さあ、観念しなさいね。組織Jのアジトへ連れて行くのよ」


 どこかやわらかいと思ったら、小ぶりながらバストがある。

 Ayaの引きずり出した人物は女性だった。

 フルフェイスヘルメットを取ると、二十代半ば程度で、アジア系の面差しをしている。


「私は、何にも知りません。アンダー・リーフズには、何も知らされないのです。幹部ではない限り分からないと思います」


 Ayaがねめつけても、知らぬ存ぜぬと首を振る。


「質問を変えるわ。アンダー・リーフズとは、何かしら?」

「その……」


 アンダー・リーフズの女を後ろ手に組み伏した。


「言い淀まないで」

「ひいっ。階級制度の下の者どもを指します」


 Ayaは、女のポロシャツの襟元をつかんで、ぐいっと顔を引き寄せる。


「どんな、集団なのかしら? 組織Jとは」

「我々は、宗教団体です。暴力には反対です」


「なっ。宗教ですって?」


 その時だった。

 女の足元に銃弾が一発、口止めを込めて撃たれた。

 Ayaは、撃たれた方を見る。

 緊急避難用の階段からだった。

 奥は薄暗いがAyaにはよく見える。

 あのハンチング帽の男に姿が似ていた。


「お仲間のお迎えよ。先ずは、あなたを台湾の警察へ突き出さないで、極秘裏に始末しようかしら?」


 女は、悲鳴を上げたが、お構いなしに手足を縛り上げ、李家のハイヤーに乗せる。


「アンダー・リーフズの彼女は捕縛したわ。あなたもいらっしゃいな。ハンチング帽の泥棒猫」


 声を知られるのを恐れてか、黙って闇に紛れて行った。


「仕方がないわ。あなた、悪さしないでついていらっしゃい」


 Ayaの瞳は、雌豹のように光っている。


 ◇◇◇


 一方、台北駅では、Kouが李凛を李家に連れ戻していた。

 李家はハイヤーを何台も所有しており、どこでも顔パスで気軽に乗れる。

 Kouは李凛がうなずくだけで、何もかもが動いてしまう、この世界が怖いと思った。

 大きな門扉のありようはまるで山門のようだった。

 長い道を登ると初めて雪のいる所まで辿り着く。


 凛は、到着してリビングで落ち着くと、ToiとMoiのキャリーバッグを持って休んだ。

 早速、二匹を自由にする。


「ToiとMoiは、ワタクシが肌身離さずいるのが幸せだとAyaの考えを聞き、本当に連れて行ったが、正しかったのか? 窮屈ではなかったか? Kou」


「はい、大丈夫だと思いますよ。離れていては、ご心配でしょう」


 すました顔ながら、にこやかにKouは応じた。

 そこへ、凛に呼ばれた雪がワゴンを押して来る。

 特別なレシピのミックスジュースをピッチャーからグラスに注いだ。


「Ayaはどうしたであろうか? Kouよ」


 凛は、くっとジュースを飲み干した後、ToiとMoiを膝に抱きかかえる。


「大丈夫でしょう。今に戻って来ますよ」


 Kouは、何か手土産があるのではないかと、Ayaの帰りを楽しみにしていた。

 Kouの勘は当たる。


 ◇◇◇


 Ayaは、台北駅には、もう李凛やその愛猫のToiやMoiもいないと分かっていた。

 Kouなら連れて帰る筈だと確信があったからだ。


「OK。やはり、もう大丈夫ね」


 まだ、残党がいるだろうと、ハイヤーを回していた。

 後部座席には既にぐったりとした女を乗せている。


「知った顔がいたら教えなさいね。向こうが何もしなければ、こちらから攻撃はしないわ」


 Ayaは、すっかり爽やかになっている。


「それで……。何をする気なの?」


 息も途切れ途切れに、女は顔を上げた。


「あなた以外のメンバーを覚えたいのよ。何て、信じてくださるかしら」


 Ayaは時々、お茶目に笑いながら怖い顔をする。



 Kouや凛はその頃、中庭の大きな窓から滝うつ雨と時計を見ては、Ayaを案じていた。

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