過去

 私が生まれた場所は皆様が「遺跡」と呼ぶものの東外れにありました。暮らしぶりはこの「集落」と似たようなものだったと思います。日々、「遺跡」――故郷では「都市」と呼んでいましたが――に食料を取りに行く生活。今から思えば採取生活にまで文明が衰退していたのかと……失礼、失言でした。忘れてください。まぁ、皆様もよくご存じの生活です。

 しかし、それは突然終わりを迎えました。「都市」の食料生産設備が壊れたのです。故郷に食料を得る手段は一つしかありませんでしたから、その供給が止まることで立ち行かなくなりました。私と家族は早々に集落を離れ、食べ物を探す流浪の旅に出ましたが、他の方々はどうなったか……。

 旅の道中は常に空腹との戦いでした。当時は「都市」の構造に暗かったものですから、どのような場所に食料生産設備があるのかわかりませんでしたし、たまたま見つけても既に壊れて使い物にならなくなっていることもよくありました。運良く稼働中のものを見つけても、長く留まることは出来ませんでした。警備機械に捕まってあの自動車と離ればなれになったら、旅を続ける手段を失います。そもそもどこに放り出されるかわかったものじゃありません。

 そんな旅を一年くらい続けました。転機は「都市」の外縁部を走っていた時に人間の痕跡を見つけたことでした。まぁ、それまで「都市」の中で人と遭遇しなかったわけではありませんでしたが……。痕跡というのはタイヤ痕――自動車が走った跡、と思って頂ければ結構です――でした。それは「都市」の外に続いていて、我々がそれを辿ると集落に出ました。

 その集落では、農業を行っていました。……農業というのをご存じの方は……、あ、何人かいらっしゃいますね。本で読まれましたか?ご存じでない方は、人間が自力で食料を作る営み、と思ってください。はい。我々はとても驚きました。とうの昔に失われた技術だと思っていましたから。農業技術が生き残っていたとは……。

 集落に入ってきた我々を見て、そこの人々はとても驚いていました。私がこの集落に入ってきた時と同じように。集落にしばらく滞在したい、と願い出たところ、聞き入れてもらえました。その間に農業を習い、我々の畑までも与えてもらいました。なし崩しではありましたが、そこに定住する形になりました。

 一方で私は、農業と同じように失われたはずの技術が生き残っているところがあるのではないか、という思いが募りました。集落に滞在し始めて二年過ぎた頃、私は家族を置いて失われた技術を探す旅に出ることにしました。それから「都市」外縁部を周り、点在する集落を訪れているのです。


 集落全体に対するイワイさんの話が終わると、会場は静まりかえった。重い話だ。俺は食糧難からの集落離散なんて想像していなかった。していた人は多分いないだろう。

 沈黙を破ったのは集会議長のタムラさんだった。

「二点ほど質問させて貰います。『失われた技術』というのは見つかったのでしょうか?」

イワイさんは少し考えて言った。

「いくつかは。ですが、農業に匹敵する程のものではありませんでした」

二つ目の質問を続ける。

「イワイさんのご家族が住まわれている集落では、農業技術の教育を誰にでもしているのでしょうか?」

イワイさんは再度少し考えて言った。

「どうでしょう。私がいた時には外から他に人は来ませんでしたから」

「そうでしたか。ありがとうございます」

タムラさんは満足したようで、

「他に質問のある方は?」

と全体に問うた。あちこちで手が上がる。質疑応答はしばらく続きそうだ。


 質疑応答が終わった後、俺とキョウカは「図書館」に行った。

「イワイさんの話……コウジはどう思う?」

キョウカが訊いてくる。随分と曖昧な質問だ。

「そうだなぁ……。自力で食べ物を作るということをしている人たちがいるってのには、びっくりしたなぁ」

「そうだよね」

「本で読んだことはあったけど、わざわざ作る必要を感じなかったから」

「でも、イワイさんの故郷は食料生産設備が壊れたんでしょう」

設備の故障というのは考えたことがなかった。いや、考えないようにしていたのかもしれない。それは設備が故障したら食料を作る術を知らないから……。キョウカは続ける。

「設備が壊れて集落が無くなるなんて話は衝撃的だった。けど、それ以上に……、それ以上に、ここ以外にもたくさんの集落があるって聞いて、行ってみたいって思った」

そういうキョウカの目を見て、俺は息を呑む。キラキラとした、希望を持った目だった。そして思う。俺はそこまでの思いを持てるものがあるのだろうか、と。

「……そうか。そうだよなぁ」

情けないが、そんな相槌しか打てなかった。


 「図書館」に重い空気が張り詰めたまま時間が過ぎる。耐えられそうにないので気まずいので打破することにした。

「そうだ、ここに農業の技術の本って無いのかな?」

俺がそう訊くと、キョウカは思い出そうとするように斜め上を見る。図書館の本について精通している人のことを司書と呼ぶと本に書いてあったが、この時のキョウカは正しくそれに見えた。

「そうだなぁ……。私が読んだ中には無かったけど……。奥の方探してみよっか」

キョウカでも知らないのか。とりあえず場の空気の打破には成功した。

 「私はこっちの列見るから、コウジはその棚の列を見て」

互いに違う列を見ながら奥へ進む。尋常ではない数の本があるので、一つの棚を見るのも大変だ。身長ほどの高さのある棚が六段に分けられていて、ぎっしりと詰まっている。一つ、二つと棚を見ているうちに目がチカチカしてきた。

「なあ、キョウカ。本を探す機械とかないのか?」

棚の向こうにいるであろう相手に声を掛けたが、

「えー、そんなのあったかな」

という返答はかなり奥の方から返ってきた。俺の見るのが遅いのか、キョウカが速いのか……。

「あるかわからない機械を探すよりも目で探した方が早いんじゃない?」

とキョウカは言う。いや、その本もあるかわからないのだが。

 その後も捜索活動は続いた。そろそろ帰った方が良い時間なんじゃないか、と思い始めた頃、一冊の本が目に留まる。

「『サルでもわかる家庭菜園』……?」

菜園ということは農業の本なのではないか。手にとってパラパラとめくってみると、前に読んだ本に出てきた野菜の作り方が載っている。

「おーい、キョウカ!ちょっといいか?」

最早どれだけ離れているかわからないキョウカを呼ぶために声を張り上げる。案の定、かなり遠くから返事が来た。

 急ぎ足で来たキョウカに本を見せる。

「これ、農業の本じゃないか?」

「どれどれ……」

キョウカも手に取って中身を確認した後に言った。

「うん。農業の技術書ね!」

そして棚を見て、もう何冊か抜き出す。

「ここら辺もそうね」

「ようやく見つけたが、どうする?もう日が暮れそうだが」

窓の外を見やると、階層の合間から夕日が差し込んでいる。

「とりあえず持って帰りましょ」

俺はキョウカから本を受け取った。

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この黄昏の世界で 19 @Karium

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