食事

 「コウジ、そういえばイワイさんに面会してもいいってタケダさんが言ってたぞ」

「美術館」へ行った数日後。失せ物を見つけたみたいな調子で親父がそう伝えてきた。それならば、とキョウカを誘うと一も二も無くすっ飛んできた。

「どんなことを質問しようかしら」

とキョウカは一人悩んでいる。確かに、何も考えずに行くのは失礼だ。タケダさんのお宅へ向かう前に少し考えていくことにする。

 広場にある三人掛けの椅子に並んで座る。少々寒い。

「多分、イワイさんが回復したらみんなの前で話す機会があると思う。そこでは聞けないようなことを尋ねるべきなんじゃないか」

「そうね……。だとしたら、何を訊くべきなのかしら……」

二人して黙りこくる。思えばこれまで人に何かを尋ねる時、その相手は全員知っている人だった。知らない人に質問するという経験はこれまで無かったのだ。自分たち以外も含めて。そういう時の作法がまずあるのか知らないし、間違ったら相手を怒らせないかも心配である。いっそ「図書館」に行けば作法の本もあるのかもしれないが……。質問内容そっちのけでそんなことを考えていた。

「ちょっとコウジ、ちゃんと考えているの?」

キョウカが俺を咎める。

「え、あ、ああ。ちゃんと考えているさ」

嘘である。

「そう。でも思いつかないね……」

「そうか?」

「ええ。考えてみるとどれもこれもイワイさんの出身と旅路に関わることばかりなのよね。そうじゃないのが出てこない」

「なるほど」

そう言われればそんな気がする。考えてないので知らんけど。

「コウジは何か思いついた?」

「いいや。何も」

「ホントに考えてた?」

「いいや。何も」

「やっぱり考えてなかったじゃないの」

話が質問の内容からずれていく。

そうしていると、レイさんが通りかかった。今日は一人だ。

「あら、二人で何しているの?逢い引き?」

「人目避けなきゃ逢い引きじゃないですよ」

キョウカが否定した。……ん?否定になっているか?

「この間の外から来た人に会いに行こうと思って、質問を考えていたんですよ」

と俺は答える。

「そう……。なんで会おうと?」

レイさんのその質問は意外だった。二人して顔を見合わせる。

「え……?気になりませんか?『集落』の外って」

「うーん……。気にならないわけではないけど、それよりも不気味って感情が上回るかしら」

俺にはわからない感情である。そして、キョウカにもわからないだろう。よくわからない、と伝えると、

「個人差があると思うけど、私なんかは知らないところから来たってだけで警戒しちゃうのよね」

「なるほど……」

「ま、行くのを止めたりはしないけどね。それじゃ、私は行くから」

そう言い残し、レイさんは去って行った。

警戒か……。好奇心しかなかったなぁ。少し考えさせられる。

「キョウカ、どうする?行くか?」

俺の問いかけにキョウカは

「行きましょう」

そう言って立ち上がった。質問は……、と思ったが、付いていく。


 タケダさんのお宅に向けて歩いて行く途中、スズちゃんとヨシコちゃんに会った。

「二人でどちらへ行くんですかー?」

「この前外から来た人に会ってみようかと」

「あぁ、あの人、ですか……」

「二人もどう?行ってみない?」

キョウカが二人を誘う。しかし、

「うーん、あたしはやめておきます。なんか怖いし」

「ん……。私も……」

と断られる。思ったよりも警戒している人は多いようだった。むしろ積極的に行こうとしている俺たちや止めない親の方が少数派なのかもしれない。

「そっか。じゃあ、俺たちはこれで」

そう言って別れると、目的地はすぐそこだった。


 「やあ、来たね」

タケダさんに出迎えられる。そのまま奥に通された。客間の扉の前で待たされる。

「イワイさん、話聞きたいって子がいるんだけど、大丈夫ですか?」

「話、ですか……。うーん……。まぁ、大丈夫です」

そんな会話が中から漏れ聞こえた。

それから戸が開き、中へ招き入れられる。

「はじめまして。ヤマナシキョウカです」

「カミアリヅキコウジです」

とりあえずそれっぽい挨拶をする。

「イワイリクです」

変な反応ではなかったところを見ると、最初の関門は突破したようだ。

「あー……、話を聞きに来たんだっけ?」

「はい、そうです!」

キョウカが弾んだ声で答える。それに対しイワイさんは、

「申し訳ないんだけど、大体の話は聞きたい人全員の前で話そうと思ってるんだ。何度も話すのも大変だし」

と、すまなさそうに言う。確かにそれは面倒だろうなぁと思う。

「そうですか……」

キョウカは落胆しているようだった。

「わかりました。今日は押しかけてきてすいませんでした。代わりに何か質問とかあれば答えますが」

俺が提案する。このまま帰るのもなんだかなぁと思った。

「それじゃあ、一つ良いかな?」

すぐにイワイさんが訊いてくる。

「はい。何ですか?」

「ここで食べられているのって、『都市』……、ここでは『遺跡』と呼ぶところで作られているものだけなのかい?」

「そうですね。それ以外のものはこの辺りでは知らないです」

覚えている限り、それ以外のものを食べた記憶は無い。本では色々食べ物が出てきたが、無いものは食べようがない。美味しくないかもしれないし。

「そうか……。飽きない?」

「そもそもそれ以外に食べるものがないんで飽きるとかないです。キョウカは?」

「そうね……。無いものは食べようがないので」

とキョウカも答える。

「タケダさん、自分の乗って来た車に積んでたものってどこにありますか?」

イワイさんがタケダさんに声をかける。部屋の外にいたタケダさんが来て言った。

「それなら車の中にそのままありますよ」

「そうですか。だったら、そこからコクモツの入った布の袋とハンゴウを持ってきてくれないか?」

と俺たちを向いて言った。

「タケダさん、火と水を借りても良いですか?食べ物を作ろうと思うのですが」


 車はタケダさんのところからほど近い場所に置かれていた。ここまで誰が動かしてきたのだろうか。取っ手があったので引くと、戸は簡単に開いた。

「ハンゴウってどんなのだっけ」

中を覗きながらキョウカに訊く。車内はいろいろなものが積み込まれていて、乱雑としている。ハンゴウと言われてもどんなのかわからないので、絵を描いてもらった。

「えーとね、黒くて丸っこいやつ」

流石にアバウトすぎやしないか、と思いつつ探していると、確かに黒くて丸っこいのが見つかった。絵と見比べるとそっくりだ。近くにあった粒状の何かが入っている袋が大小併せていくつもあったので、小さい方を一つ取り出した。

 それを持ち戻ると、イワイさんは台所にいた。

「持ってきてくれたかい?ああ、そうそう。それだよ」

と言ってハンゴウと袋を受け取る。袋の中身をハンゴウに入れ、水を注ぐ。そして、何度か洗うような作業を繰り返した後水を捨てる。それを何度か繰り返すと、また水を注ぎ、蓋をして今度は火にかけた。

「これでしばらくするとコメが炊けるから、それまで待ちましょう」

 少しすると、吹きこぼれが発生する。

「このままで大丈夫なんですか?」

とキョウカが訊いた。

「大丈夫さ。これがおさまったら完成だ」

と自信たっぷりにイワイさんが答えた。


「器はありますか?」

「これで良いですか」

タケダさんの奥さんが皿をいくつか持ってきた。

「まぁ良いでしょう」

イワイさんはそう言うとハンゴウから内容物を取り出し、皿に載せる。粘度のある白い粒状の物体の塊だ。

「これは……?」

怪訝そうな口調で誰かが言った。

「コメです。他の地域では主食として食べているところもあります」

コメ。主食として食べられていたもの。本で読んだことはあったが、これが実物か。

「では、どうぞ食べてみてください」

イワイさんに勧められて、口に運ぶ。その味は淡泊であるが、噛むと甘みがある気がする。これがコメか。何というか、魂に響くような気がした。

「……これは」

先の言葉と全く同じだが、今度は感心するような口調である。俺も同じ気持ちだ。集落の外にはこんなものが……。

「いかがでしたか?」

イワイさんが問う。

「ええ、とても美味しいと思います」

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