探検

 翌日。俺とキョウカはタケダさんのところへ行ったが、

「今日もまだダメだね。面会謝絶!」

と断られた。

「どうしても?」

とキョウカは粘ったが、

「どうしても」

とタケダさんが言うのを聞いて諦めた。

 そんなわけで、今日のキョウカはしょんぼりしている。

「なぁ、今日は行けるところまで行ってみないか?」

タケダさんの家から「遺跡」へ向かう道のりで俺はキョウカに提案した。

「行けるところ、って?」

キョウカが食いついてくる。これで少しは元気を取り戻すか?

「いや、『遺跡』の奥の方とか、行ったことのない層とか」

「そうね……。たまには良いかもしれないけど……」

お、乗ったか?

「警備機械とか大丈夫かしら……」

「自転車に乗ってれば大丈夫だよ」

キョウカの不安を消すようにたたみかける。

「うーん……。そうかな。そうね。行きましょう」

これは完全に乗ったな。

「どこ行こうか」

俺はキョウカに尋ねる。俺としてはわりとどこでも良かったので、キョウカに選択を委ねることにした。

「そうね……。知らない層はちょっと怖いし、三層にしよう」

三層には「図書館」があるが、それ以外の場所には行ったことが無かった。

「俺は『図書館』以外全然知らないんだが、警備機械の詰め所とか知ってるのか?」

少なくとも、俺にとっては一層や五層以外とそういう意味においての違いは無い。

「知らないわよ」

とキョウカは答える。

「ふーん、そうか」

じゃあなんで三層、と思ったが、キョウカに選択を委ねたのは俺だし対案があるわけでもないのでそれに従うことにした。


 二人で並んで「遺跡」までの道のりを行く。

「こうして『図書館』以外に二人で行くのは久しぶりね」

キョウカがそう言う。俺は最近の記憶を呼び覚ます。

「そうだなぁ。確かに、最近は『図書館』ばかりだったから」

「昔は一緒に食糧取りにいったりしていたのにね」

「そうだな」

昔は一緒に食糧生産施設へ行ったりしていたのだが、この頃は別行動だ。一緒に行かなくなったのはいつの頃からか。思い出せない程昔のことなのか、単に自然消滅して記憶していないのか、それすらわからなかった。

 「遺跡」の中に入り、エレベーターに着く。三層へ。しばらく乗っていると、減速する感覚の後に扉が開いた。

「『図書館』の脇の道を行ってみるか」

俺の提案にキョウカは首肯。道幅は広いので二人で並んで行く。

 前から知っていたが、「図書館」は細長い。

「……まだ『図書館』が続いているのね」

と、キョウカがうんざりしたように言うくらいには細長い。彼女、いつも本を探しに奥の方まで行っていたと思うのだが……。

「本棚を見て進むのと壁を見て進むのじゃ感覚が違うのよ」

とキョウカは言う。それはなんとなくわかる気がした。

 しばらく走るとようやく「図書館」の端が見えてきた。十字路があり、進路に迷う。

「この後どっちに行こうか」

キョウカに尋ねる。

「このまま直進しましょう」

了解だ。俺は漕ぐ速度を上げた。

 「図書館」の先には広い空地が広がっていた。空地といっても殺風景なものではなく、木や草が生えている。そうは言っても森のような無秩序なものではなく、手入れされているような感じに見えた。ともかく、「遺跡」の中で植物を見るのは初めてのことだった。塀で仕切られているが、途切れている場所がところどころある。俺たちはその一つの前で停まった。

「中に入れるのかしら」

そう言いながらキョウカが覗き込む。俺もその後ろから覗いた。

 塀の切れ目からは中に向かって道が続いていた。

「入ってみるか?」

俺の提案にキョウカが

「そうね」

と同意した。

 見たところ草木と点在するベンチ以外に何もなさそうだが、それでも何が起きるかわからない。全速力で逃げられるように自転車に乗ったまま進む。隣を走るキョウカが言う。

「ねぇ、これって『公園』だと思うのよ」

「『公園』?」

聞き慣れない言葉だ。本で読んだことはあるのかもしれないが、記憶にない。

「『公園』っていうのは……。うーん、説明しづらいわね。前に本で読んだんだけど」

「ふうん……」

まぁ、キョウカがそうだというのならここはきっと「公園」なんじゃなだろうか。俺にとってはここの名前が何であるのかにさして興味はないわけだが。

「その、『公園』ってのは何のために作られてるんだ?」

俺としては名前よりも用途が気になった。空地に草木を植える意味がいまいちわからない。「遺跡」の外へ行けば捨てるほどあるのだから。

「確か……。人々が自然を感じてリラックスするためとかだった気がするけど」

俺は一層を思い出す。あそこは建物ばかりで草木なんかは全然無かった。確かに、そういう所で暮らしていると自然を見たくなるのかもしれない。だとしても疑問は残る。

「自然を見たいなら『遺跡』から出れば良いのにな。わざわざ『遺跡』の中に作ることはないだろ」

「なんでそうしないのかまでは知らないわよ」


 ゆっくりと走っていると、奥から機械の駆動音が聞こえてきた。

「止まれ、何かいる」

その言葉にキョウカは音を立てないようにして自転車を止めた。俺はゆっくりと前進し、正体を確かめる。これは……。

「キョウカ、多分大丈夫だと思う」

俺が見たのは、機械が「公園」の木の枝を切っている光景だった。刃物を持っているのは少し怖いが、機械の機能からしてこっちを攻撃してくることはないんじゃないだろうか。ないと思う。ないと良いなぁ。

「機械が剪定しているのね」

こっちに来たキョウカが言った。そして、

「剪定ってのは木の枝を切り揃えることね」

と解説。ありがたい。

「もっと近づく?」

キョウカが尋ねてくる。

「いや、戻ろう」

と俺は言った。剪定する機械だったとしても、あれが俺たちを攻撃しないとも限らない。こういう時に使う言葉を前にキョウカが言っていた気がしたが、思い出せなかった。

 「公園」に入った塀の切れ目に戻り、元の道を更に奥へ行くことにした。「公園」も「図書館」と同じくらい長い。幅は全然違うが。ひたすら漕ぎ続けてようやく「公園」の端にたどり着く。

 そこも十字路になっている。「十」という文字の下の線から来たとすると、左下が「公園」で、他の角には大きい建物が建っている。

「どれかに入りましょう」

キョウカが言う。異論は無い。

「そうだな、じゃあこれにしよう」

俺は「十」の左上を指す。

「こっちにしましょう」

キョウカは「十」の右下を指した。

「どうしてそっちなの?」

キョウカが訊いてくる。特に理由はない、と伝えると、

「あの看板見た?」

と言う。

「看板?」

「ほら、あれよ」

確かに、キョウカの示す方に看板が立っていた。そこには「第九地区音楽ホール」と書かれている。

「『音楽ホール』……?」

「そう。昔の人は楽器ってのを使って音楽を奏でたそうよ」

はあ、なるほど。としか言えない。

「楽器は大体持ち歩き出来るものが多いから、多分『音楽ホール』に入っても何もないわよ」

なるほど。ようやく合点がいった。

「じゃあ、そっちは何なんだ?……『第九地区美術館』?」

キョウカの指した建物にあった看板を見て言う。

「そう。『美術館』」

美術館は記憶にある。確か絵画が飾られているところだ。

「確かに、『音楽ホール』よりは『美術館』の方が入る価値がありそうだ」

俺の言葉にキョウカは頷く。

「じゃあ決まりね」

そして、「美術館」の前に自転車を置いた。ちなみに、残りの一つの建物には「第九地区博物館」と書かれていた。


 「美術館」の中は、「図書館」と同じくらい綺麗だ。修繕機械が入って手入れしているのだろうが、そういえば「図書館」で修繕機械を見たことはない。いつ作業しているのだろうか。そんなことを考えていると、

「こっちよ!」

と呼ぶ声。入ってすぐにある円柱状の空間の端に扉があり、キョウカはその前にいた。

 扉を開けて、更に奥へ入る。すこし埃っぽい感じがする。天井の照明が点き、壁に掛けられた絵が照らされた。一番手前には文字だけのパネル。

「どれ……」

そこにはこう書かれていた。

「当美術館は、市民にあまねく芸術の配給を行うために設立されました。全世界の著名な作品の複製を展示しています」

ふむ、どういうことだろう。二人で首を傾げる。とりあえず、ここにある絵が本物ではないということはわかった。

「まぁ、本物でも複製でも見られれば変わらないわよ」

俺もそうだと思う。

 「美術館」は三階建てで、いくつかの展示室が繋がっている形になっている。俺たちは一つ一つ見ていった。「ゲルニカ」「ひまわり」「落穂拾い」「マラーの死」「真珠の耳飾りの少女」――全部見終え、入口に戻ってきた。

「どの絵が良かった?」

とキョウカに訊かれる。……正直、絵はよくわからないなぁといった印象だったので、これというのは無い。

「そうだなぁ……。なんか、海の向こうに山があるやつかな」

適当に思い出しながら言う。題名までは覚えていない。

「……?あぁ、『神奈川沖浪裏』ね」

そんな題名だったか。

「なるほどなるほど。私は『モナ・リザ』かなぁ」

「あぁ、アレか」

女性が微笑んでいるやつか。そういうと、

「……そうだけど」

と言い、キョウカは何か言いたそうな顔をする。

「何だよ」

「いや……。コウジは絵に興味ないのかなって」

「うーん……。あるかないかで言うとないんじゃないか」

思ったことを口にした。

「えぇ……、なんでよ……」

キョウカは不満げに言う。そして、

「じゃあ、今度絵を描いてみない?」

と提案してきた。

「うーん……。気が乗らないなぁ」

「なんでよー」

そういうキョウカから、しょんぼりした雰囲気は感じられなかった。

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