邂逅
それは冷たい雨の降る日のことだった。「図書館」での勉強は中止になり、家で課題として出されていた本を読んでいた。最近は結構難しい本も読めるようになり、なかなか楽しい。親父は発電機の本を読みつつ何か書いていた。
午後。「遺跡」の方から音がする。警備機械や修繕機械からするような音だ。それが徐々に集落へ近づいてくる。それは俺の家の前を通り過ぎ、中心の広場の辺りで停まった。
「何だ何だ?」
親父がそう言って傘も持たずに飛び出していく。俺は傘を二本持ちそれを追いかけた。
広場にあったのは自動車だった。前に本で読んだことはあるが、実物を見るのは初めてだ。何故こんなものが?車の周りには音を聞いた人々が集まっている。
「おい!誰かが乗ってるぞ!」
運転席を覗いていた人が叫ぶ。すぐに扉が開けられ、運転手が引き釣り出された。遠くから見ると、運転手は男のようで、ぐったりしている。気を失っている様だ。左脚が不自然な曲がり方をしている。それを見た医師の役割のタケダさんが飛び出してきて、彼を担ぐと家まで運んでいった。医師は怪我の様子を見て手当をする役割である。
集まっていた人々の多くはタケダさんを追うか、家に戻るかして広場は閑散とした。異なるのは自動車があることだけ。親父が自動車の底面を覗こうとしていたので、みっともないから止めさせた。
「これは……、自動車ね」
気がつくとそばにキョウカがいた。普段と雰囲気が違う。なんかこう、恍惚としたような。
「キョウカ、これで旅に出ようとか思ってるんじゃないだろうな」
俺は前に聞いた言葉を思い出した。キョウカが旅に出ない理由。それは手段と技術が無いからだ。技術はともかく、自動車という手段は降って湧いたかのようにここに現れた。
「流石にそんなことしないわよ。私のじゃないんだから」
流石に俺の考えすぎだったようだ。
「まぁ、そうだよな」
「でも、見るくらいなら……」
そう言ってキョウカは車内を覗き込む。俺も気になって反対側の窓から中を覗いた。
自動車の中にはまず運転席があり、操縦に必要な機器などがある。運転席の横にもう一つ座席。確か、助手席と言ったはずだ。こちらはシンプルに座席だけである。人の乗る空間は前方だけで、後方は荷物の収納スペースになっているようだ。木や紙で作られていると思われる箱が積まれている。
窓から離れる。車体は白く塗装されている。先ほど触った感触では、金属で作られている様だ。直方体で簡単に作れそうな形をしている。側面後方に、丸く開けられそうな部分があるのが気になった。
「これが走るのよね……」
キョウカがそう呟いた。
翌日は晴れた。午前に自動車とその運転手について、集会が開かれることになった。集会とは、集落で決めごとなどをするときに行うもので、大人は原則として全員参加である。
親父と集会所に行く。俺にとってはこれが初めての集会参加だ。こんな形になろうとは予想だにしなかった。祭りの時と同じくらいの人の山だが、今日は屋内なのでより密集しているように見える。未だ広場に自動車が放置されていることもあり、昨日のことは全員承知のはずだ。
「それでは、集会を始めます。議題は広場の自動車とその運転手についてです」
議長のタムラさんがそう言うと、集会所を満たしていたざわめきは収まった。
「概要は皆さんご存じだと思いますので、それでは、タケダさん。詳細を」
振られたタケダさんが説明を始める。
「はい。医師の役割を務めさせて頂いておりますタケダです。運転手についてですが、昨日診たところ左脚の大腿骨を骨折していました。集落に着いた段階で意識が混濁しており、聞き出せたのは名前だけです。現在は眠っています」
「その、名前は?」
出席者の一人が訊く。
「はい。名前はイワイリクと名乗りました。イワイが名字でリクが名前だと思われます」
タケダさんからの説明が終わり、再びタムラさんが出てきた。
「自動車に関しては運転手の所有物であるため、とりあえず広場に置いておくこととします」
説明はこれで終わりであるが、引き続きタムラさんが喋る。
「今日集会を開いたのは、運転手をしばらく集落に逗留させることの賛否を問う為です。その理由としては、運転手の骨折を治療するのにしばらく時間がいることが挙げられます」
その言葉に、質問が出る。
「しばらく、とはどのくらいの期間を考えているんですか?」
「とりあえず、運転手の怪我が治るまでとします。完治後は再び集会を開き、処遇を検討します」
タムラさんは淡々と答えた。
理由が理由だけに、反対意見を言う者はいなかった。俺自身としても反対する理由が無かった。しばらくしてタムラさんが言う。
「それでは決を採ります。反対する者は挙手して下さい」
手を挙げる者はいなかった。
「それでは、運転手の怪我が完治するまでの逗留を認めることとします」
タムラさんがそう宣言し、拍手の中集会は終わった。
午後。「図書館」に行きキョウカと漢字の勉強をする。しかし、今日はキョウカの様子がいつもと異なる。そわそわしており、心ここに在らずといった感じだ。
「キョウカ、イワイさんだかなんだかは寝てるって言ってただろ」
どうも、外界より来たる客人に話を聞きに行きたいみたいだ。
「でもでも、もう起きてるかもしれないし……」
「起きていたとしても寝起きに押しかけちゃダメでしょ」
今にでも飛び出して行きそうなキョウカを押しとどめる。
「次の漢字は?」
「あぁ、えーとね……、『迎』だね。『むかえる』って意味の……」
そこまで言ってまた押し黙る。
「おーい、迎えるで何考えてんの?」
教師役が集中できてないので、今日はもう終わりにするかとノートを閉じる。
「コウジは話聞きたくないの?」
キョウカが尋ねる。
「そりゃ聞きたいさ。だけど、今は無理でしょ」
勿論俺だって気にはなる。普段行けるところよりも遠くから来た人の話を聞けたら、それはとっても楽しいことだろう。
「ってか、怪我が治るまで集落にいるんだから、今じゃなくてもいいだろ」
俺の指摘にキョウカは、
「そんなのこっちがそう言ってるだけじゃん。あっちが治る前に出て行っちゃうかもしれないじゃん」
まぁ、確かにその可能性は否定できない。ここまで怪我した状態で自動車を運転してきたことだし、これからもそうすることは不可能ではないだろう。
「タケダさんの所を抜け出した時点で誰かが説得するよ。とにかく、今日は止めておこう」
「んー……」
キョウカは不機嫌そうに席を立ち、本棚の奥へ歩いて行った。まったく、こんな彼女を見るのは初めてだ。彼女も理屈としてはわかってると思うのだが、感情がそれを上回るのだろう。好奇心は何とやらと本でも読んだし、人を変えることもあるに違いない。
「じゃあ、今日は我慢するから、明日行こう?」
いつの間にか本を抱えて戻ってきたキョウカが俺に言う。
「ああ。明日、相手の都合が良かったらそうしよう」
俺も何か本を持ってこようと思った。
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