儀式

 木々の葉が色づいてくる頃、集落では秋祭りが行われる。その由来も理由も、今となっては誰にもわからない祭りだが、集落にとっては大事な儀式だ。なぜなら、その年に16歳を迎える、若しくは迎えた子供たちの成人の祝いが行われるからだ。それを集落では「儀式」と呼ぶ。

 俺とキョウカは今年で16歳。「儀式」の主賓だ。とはいえ、集落にはそんなに人手があるわけではない。大人も、俺より幼い子供たちも、そして俺とキョウカも祭りの準備に駆り出されていた。

 祭りの準備は嫌いじゃない。暇だった以前の俺にとっては良い暇つぶしだった。まぁ、今は漢字の勉強があるが。キョウカに言わせると

「祭りの準備でコウジが漢字を忘れないか心配だわ」

とのことだが。

 今は漢字の勉強よりも準備だ。祭りは明日に迫っている。俺は集落の端にある小屋に、昔から代々受け継がれてきた櫓の部品を取りに行くよう言われた。櫓は集落の中央の広場に建てられる。

 小屋に着くと、何人かの大人に加えてレイジさんとユウキさんもいた。

「おう、コウジ来たか」

ユウキさんが俺に気がつき、言う。それが合図だったのか、部品の搬出が始まった。

「これを広場まで持って行ってくれ」

ユウキさんの指示が飛ぶ。俺とレイジさんで太い柱を担いだ。見た目は木製だが、軽いので二人で運べる。何で出来ているのだろう。レイジさんに訊いてみたが、わからないとのことだった。

 広場では女性陣が飾り付けをしている。柱を置いて再び小屋に戻ろうとすると、

「コウジ兄さんにレイジ兄さん!」

と呼び止められた。ヨシコちゃんだ。

「どうしたんだ?」

「これをあそこに付けて欲しいです」

俺が手渡されたのは紙で出来た飾りだった。それをヨシコちゃんが指差したところに付ける。ヨシコちゃんの身長では届かないところだった。

「僕は先に戻ってるから」

とレイジさんが行ってしまったので、俺とヨシコちゃんの二人になる。普段会うときはヨシコちゃんとスズちゃんがセットになっているので、二人っきりというのは珍しい。

「スズちゃんは?」

と訊いてみると、

「あっちでキョウカちゃんと一緒にいますよ。行きますか?」

との答え。行ってみることにした。

 キョウカとスズちゃんがいたのは広場の反対側。掃除をしているようだ。彼女たちに近づくと、

「コウジ、こんなとこで油売ってて良いの?」

とキョウカに叱られた。声にトゲが無いので本気ではなさそうだが。

「まぁまぁ。あたしが連れてきたので」

「ん……。それなら、良し」

「やったぁ」

ヨシコちゃんとスズちゃんの掛け合いはいつも元気だ。いつ聞いても変わらないなぁと思う。

「それで、何の用?」

キョウカが尋ねる。特に用事があったわけではないので、答えに窮する。

「いや……、用事があったわけじゃないんだけど……。なんか話したくなって。なんでだろう」

最近は毎日キョウカと話していたので、なんとなく日常に穴が開いたような気になったのかもしれない。まぁ、わからないが。

「キョウカちゃん……。顔、赤いよ?大丈夫……?」

スズちゃんの声で思索の海から浮上する。キョウカを見ると真っ赤になっていた。

「そんなこと言って……!」

キョウカに追い払われる。丁度その時、

「コウジ!まだ終わってないぞ!」

とユウキさんに呼ばれた。はーい、と返事し、

「じゃあ、また」

とキョウカたちに声を掛け、俺は小屋の方へ戻った。


 翌日。成人の祝いは夕方からだが、俺とキョウカは午後早くに集落の集会所へ集められた。着付けが行われるのである。今日の為に大人たちが「遺跡」の上層の一角から民族衣装を取ってきたのだ。一人ひとりに新しいのを着せるので、俺もキョウカもどんなものなのかまだ知らない。

 キョウカと別室に分かれた後、早速集落の男たちに衣装を着付けられる。漢字を読める者が着付け方の書かれた冊子を読みながら

「あー、帯はそうじゃなくて――」

や、

「その紐はそうじゃなくて――」

といった指示を出す。少々手間取ったが、そんなに手順が多いわけではないので比較的すぐに終わった。キョウカはまだのようだ。手間取っているのか、手順が多いのか……。

 日が傾いてきてやっと

「入って良いわよー」

と呼ばれた。キョウカのいる部屋に入る。

 キョウカが着ているのは赤い生地の民族衣装だ。帯は黄色。男物とは形状が異なる。普段見ている格好とはまた違う姿が新鮮だ。……少し見とれるくらいに。

「……どう?」

キョウカが俺に訊いてくる。

「あぁ、うん。似合ってるよ」

俺は思ったままに言った。俺のも似合ってるだろうか、と思うと、

「コウジも似合ってる」

とキョウカが微笑みながら言った。キョウカが言うならそうなのだろう。安心だ。


「二人とも、『儀式』の準備が済むまで待っててね」

キョウカの着付けをしていた一人が俺たちにそう声を掛けつつ、集会所から出て行った。彼女が最後だったようで、俺たち以外の人気が無くなる。俺たちは座って隣り合った。

「ねぇ、大人になるってどういうことなのかなぁ」

キョウカが前を見ながら言う。大人になること。16歳を迎え、男なら役割を持つこと。しかし、キョウカが訊いているのはそういうことではないだろう。

「……うーん。やりたいことを見つける、とか?」

俺は思いついたまま言った。まぁ、身近な大人を思い浮かべても、やりたいことを見つけているように見えるのは親父とユウキさんだけだが。

「やりたいこと、かぁ。何だろうなぁ」

「キョウカは『旅』をしたいんだろ?」

前にそう言っていた気がするが。「図書館」に行く理由を聞いたとき。「旅」に出たいが出られないから本を読むことで気を紛らわせる。

「うーん……。旅に出るってのも手段なのよね。私がしたいのは集落とか『遺跡』と違う景色を見ること」

じゃあキョウカがしたいことはそれじゃないのか?そう言うと、

「それを本当にしたいのかがわからないのよ。本当は別にもっとやりたいことを見つけられるかもしれないじゃない」

「でも見つけられていないなら、それは無いのと同じじゃないかな」

例えば、「遺跡」の遙か奥。例えば、集落の道が途切れたその先。例えば、風呂の水が流れる先。誰も見たことが無いし、知らない。そんなところに宝物があったとしても、知らないものは無いのと同じであり、キョウカの悩みはそれと同じだと思った。

「そうなのかな……」

そう言ってキョウカは無言になった。キョウカが悩むのは珍しい気がする。いや、俺の前で悩んでいないだけなのか。

 しばらくの沈黙の後、

「コウジがやりたいことってなんなのよ」

とキョウカが尋ねてきた。俺は答えられない。

「……なんだろうなぁ」

「なんだ、コウジも無いんじゃない」

俺のやりたいこと。何なんだろう。最近まで目標を持たずに来た俺に、そんなものは思いつかない。

「ああ、そうだな」

静かな声だった。言った俺がびっくりするくらいに。やりたいことを探すといった気持ちがないような声に思われた。


 しばらくすると、クラドさんが来て

「これから始めるから、出てきて下さい」

と言う。クラドさんはレイジさんと同じく森番を務めている。

「はい」

二人で立ち上がり、玄関へ。そこには民族衣装に合わせた履き物が揃えられていた。地面の固さが直に足に伝わり、痛い。

 クラドさんに先導され、二人で並んで歩く。広場の中央には櫓が建てられ、それに向かって椅子が並べられている。最前席には親父とキョウカのご両親。椅子の中央に作られた通路を通り、櫓の前へ。

「二人とも、成人おめでとう」

櫓の前にいるタムラさんが言った。タムラさんは集会議長を務めている。集会議長は普通の役割とは異なり、集落の人々の話し合いで決められる役割だ。

 俺とキョウカは振り返り、お辞儀。顔を上げると集落の全員が集まっているように思われた。俺の親父が泣いているのが見えた。

「儀式を執り行います」

会場の空気が張り詰める。クラドさんがタムラさんに冊子を手渡す。その冊子を成人した者に渡すのが「儀式」だ。

「目録の授与です。二人とも前に」

タムラさんの前に出て、まず俺が、そしてキョウカが冊子を受け取った。

「役割の一覧です。コウジくんは来年の今日までに、キョウカさんは就きたい場合はコウジくん同様に来年の今日までに決めて下さい。今年は二人とも漢字を読めるということで、解説役は無しです」

そして皆が拍手。その音は村全体に響いていた。


 儀式はこれでお終い。櫓の前の椅子は片付けられ、焚き火が起こされた。もうすっかり暗くなっている。集落の人々が火を囲んで談笑している。火の近くにいると、ユウキさんやレイさん、レイジさんが来て

「おめでとう」

と祝福してくれた。彼らと話していると、キョウカが近づいてくる。

「ねぇ、役割の一覧、見よ?」

キョウカの誘いに乗り、会話の輪から抜ける。人々から離れ、焚き火の光が届くギリギリのところまで行った。

 二人で冊子を広げる。昔から伝えられているもので、「図書館」の本と同じような装丁が成されている。所々後から書き足されたように見える部分があるのは、それが希望で作られた役割なのだろう。

「森番、風呂番、道路番……。道路番はお父さんの役割ね」

「どれどれ、あ、発電機番なんてのもある」

最初から印刷されていた役割だ。そういえば、親父の役割がなんだかまだ訊けていなかった。これだろうか?

「色々あるのね。どれが良いとかあるの?」

キョウカの問いに答える。

「いや、全然……」

俺は一通り見たが、ピンと来るものが無かった。昼間のキョウカではないが、やりたい役割がここには無いのかもしれない。

「まぁ、時間はあるわ。ゆっくり決めていけば良いのよ」

キョウカが優しい声で言う。焚き火を見ると、踊りが始まっていた。

「そうだな。戻ろうか」

「そうね」

まぁ、悩むのは今日じゃなくてもいいだろう。まだ時間はたっぷりあるのだから。

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