第2話 幼馴染 泉 響也

「なぁー、お前まだネットアイドルとかやってんの?」


 登校してきた萌絵に話しかける少年。

 彼は萌絵の幼馴染のいずみ 響也きょうやだ。

 萌絵の家族がネットアイドルである彼女を認めている中、響也だけが萌絵の活動に反対なのだ。


「うっさいわね、あんたに関係ないでしょ!」


 2人はもともと隣同士の家で同じ日に生まれ同じように育ってきた。

 6年前に響也の両親が仕事で渡米している際に銃撃戦に巻き込まれ、亡くなるまでは。

 当時11歳だった響也は、両親が海外へ転勤になった際に本来ならばついていくはずだった。

 だが、その頃の響也はもちろん学校に友達もたくさんおり、海外に行ったばかりにその関係がなくなってしまうことを拒んだ。

 それで預かっていた楠田家にそのまま引き取られる形でお世話になっているのだ。

 中学卒業後は楠田家から出て、元の自宅を売った金を元手に生計を成り立てている。

 住宅は楠田家の所有するアパートを借りているので家賃0。

 実質必要な金はそれ以外の光熱費や食費、あとは通っている高校の授業料だけだ。

 自身も高校に入ってすぐバイトを始めたため、両親の遺してくれた遺産などはほとんど手つかずだ。


 そんな響也は萌絵を少なからず憎らしく思っていた。

 自分と同じ境遇だったはずなのに、いつの間にか彼と萌絵とでは大きな差が開いていた。

 両親のいない自分に対し、家族に囲まれる萌絵。

 その後の生活やらも鑑みて常に節約を意識する自分に対し、趣味で稼いでいる金を湯水の如く使う萌絵。

 なによりも一番腹立たしいのは萌絵がその稼いだ金を響也に恵んでやる、と言ったことだ。


 響也は萌絵のことが好きだった。

 だからこそ対等に扱ってほしかったのに、まるで自分を下に見ているかのような物言い。

 それに好きだからこそ、自分を安売りするような真似はやめてほしかったのだ。

 一度その萌絵のライブを見たことがあるが、まるで下着が見えそうなほどの衣装を身に纏い、男に媚びるように踊る彼女。

 醜い独占欲と思われてもいい、自分のことを好きにならなくてもいいから、そんな萌絵自身を切り売りするようなことはやめてほしかった。


 だが思春期真っただ中の男子高校生がそんな率直な気持ちを人に、ましてや好いている人物になど言えようはずもない。

 そのためいつも遠回りな言い回しとなってしまい、結果萌絵を怒らせることになってしまうのだ。


「なぁなぁ。いったい何のためにあんなことやってるわけ?」

「うるさいっ。いいでしょ、あたしがなんのためにやっていたってあんたには全然関係ないんだから!あたしがやりたくてやってることなんだし、家族でも何でもないんだから口出ししないで!」


 萌絵はそう捲し立てると、足早に学校の方向へと向かう。

 響也はそれを追いかけようとするのだが、はた、と足を止める。

 自分がここで追いかけて行って何になるというのだ。

 また萌絵を怒らせるだけじゃないのか?

 ただでさえ嫌われているというのに、これ以上嫌われるのはごめんだ。


 学校生活はいつもと変わらない。

 ただ、萌絵が生ライブをやる、という話が持ちきりになっているくらいだろうか。

 基本的にクラスメイトは生ライブには参加しない方針らしい。

 自分たちはいつも萌絵の姿を見ることができるのだから、こういう珍しい機会は普段見ることのできない遠方のファンに譲ってあげるそうだ。

 もし席が余っているようだったら今日じゃんけんで勝ったやつから順番に席が当たるというルールまで取り決められた。


 学校が終わるとすぐに響也はバイトに向かう。

 高校生可のバイトを探すのはなかなか骨だった。

 チェーン店のファミレス、それが今の響也の主たるバイト先だ。

 時給は830円と最低賃金ほどは貰っており、十二分に生活をすることはできる。


―~♪


「いらっしゃいま……せ。」


 入店の音を聞いた響也は反射的に決まり文句を口にする。

 笑顔はどんな時も忘れずに、明るく挨拶という研修内容を反復するかのように営業用スマイルを浮かべていた表情が入店者を見て突如強張る。


「2人だ。禁煙席で頼む。」

「はっ、はい。お席までご案内します。」


 それも仕方のないことかもしれない。

 片方はスーツを着た男ではあるが、どこかの業界人風であった。

 その男が連れている少女、それは楠田萌絵ではないか。

 一度家に帰ってから来たからか、制服ではないその姿は、自分が持っている全ての服を合わせてもとうてい及ばないくらい高価そうに見える。


「では、ご注文がお決まりになりましたらボタンでお呼びくださ…」

「ああ、私はコーヒーを。君は?」

「私は紅茶で。」

「かしこまりました。」


 自分はちゃんと笑顔を作れていただろうか。

 彼の胸中に、店員としての疑問がよぎる。

 

 あの男はいったい誰なんだ。

 店員としての疑問をかき消すかのように、萌絵を好きな人間としての疑問がよぎる。


 なにやら話をしているようだが、その内容が気になって仕方がない。

 コーヒーを淹れる手が、紅茶を注ぐ手が震える。

 いっそ何もかも投げ捨てて萌絵に問いただしたい。

 それが叶わないのならせめて何を話しているかだけでも聞きたい。

 だがあまりにも小さな声で話をする2人の会話はどうやっても自分の耳には届かない。


「お待たせいたしました、コーヒーと紅茶です。」


 努めて冷静を装う。

 近づけば少しは会話内容が聞こえるかとも思ったがその前に2人は会話を止めてしまった。

 男の素性が分かりそうなものも何も見つけられない。


 響也が離れると、2人はまた会話を始めた。

 それほどにまで他者に聞かれたくない会話とはいったいなんなのか。


 まったくもって、今日のアルバイトは最悪であった。

 萌絵のことで動揺したのか、彼女たちが去ってからというものの響也はいつもならしないミスの連発だ。

 もちろん客に迷惑のかかる重大なミスはしないが、皿を割ったり狭い厨房内で人にぶつかったり。

 明日から来なくてもいいと言われても仕方ないと思ったが、注意だけで済んだのは不幸中の幸いか。


 アルバイトを終えた彼は一人きりのアパートに帰る。

 萌絵の母親が所有するそのアパートは8畳の部屋にユニットバスがついた学生や低所得単身者向けのものだ。

 広さは充分にあり、収納には事欠かない。

 ユニットバスも慣れれば気にならず、響也はここでの暮らしに満足していた。


 授業の予復習も終え、入浴も終わった。

 友人に借りた漫画も読み終わった彼は明日の準備を終えると床に就く。

 いつもであればそのまま夢の世界へと誘われるのだが、どうにも今日は寝つけない。

 今日ファミレスに萌絵と一緒に来ていた男との会話が気になるのもあるが、何よりも心を占めているのは面と向かって言われた自分には関係ないという言葉だ。

 4年間も一緒に暮らしておいて、自分は家族同然に萌絵のことを想っていたのに、萌絵はそう思っていない。

 どうにも萌絵はネットアイドルとやらを始めてから変わってしまった。

 響也の心にどす黒い渦が巻く。

 ネットアイドルさえ辞めさせることができれば……。

 渦巻く負の感情のままに響也は眠りについた。

 


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