勇者1

 今朝、死神から書類が届いた。


 死神から書類が届くということは、今からくるのが、生身の人間。つまり、勇者か転移者ってことだ。


 死神が持ってくる書類は、その世界で死なずに別の世界へ行く人間の書類ものだけ。

 なぜかって、死んだ人間の書類は転生者のときのように、その人間の魂の情報や、生涯の中でどんなことが起きたか、死因は何か、誰と関係があるか、などの個人情報が書かれているからだ。

 それに、書類は勝手に送られてくる。そう、まるでメールのように。

 しかし、死んでない人間はその情報が書かれていない。あっても、家族構成とこの場所に来るまでの生涯の情報のみ。


[[アリシアちゃん、今回の人間は、ちょーっと癖のある人間らしいよ]]


 体の中で反響したような声と、へらへらとした表情で、そんな人間の情報を話してくれたのは、ここ数百年間一緒に仕事をしている死神である。

 彼女はいつも、こうやって私に書類と届け、その後の仕事も一緒にこなしてくれる子なんだけど、態度がふざけているようにしか見えないから、あまり若い神様に好かれていない。


 本当は真面目な子なんだけどね。


[[なんというか、『らのべ』っていう本に結構影響されてる人間みたいなんだ]]


 それは、うん、ちょっとどころの話じゃないよね?


 チート神様仲間から聞いた話だと、その手の人間は色々なチート能力をせがんでくるらしいけど……。


[[性別は男で、高校生だから……18歳くらいかな?]]


 果たしてどうなるかね?


 *****


『うお!?まさかこれは!!勇・者・召・喚!?』


 まさかの勇者召喚で転移する人間でした。

『らのべ』とか、非現実的な物語に影響されたにしては、ちょっと落ち着いているかもだけど。


 ……ん?一文字一文字に決めポーズする人間のどこが落ち着いているって?


 ああ、この人間よりもひどい人間はいたよ。

 ここに来た瞬間、喜びのあまり発狂したり失禁したり……掃除が大変だった。


 仮にも私、女神なんだから、女の子なんだから、もう少しよく見てから行動して欲しいかも。

 ……別に男の神様のところで発狂しろとは言ってない。ええ、言ってませんとも。


『つーことで、チートスキルプリーズ!』


「例えば?」


 とりあえず、チート能力スキルと言っても沢山ある。私が授けれる能力も沢山ある。

 だけど、一言でチート能力と言われても、間違って世界のバランスを壊されたり、世界を滅ぼされたりでもしたら、その魂は二度と輪廻に戻ることはできない。


 もちろん、生身の人間を別世界に送る時には、こんなチート能力を授かりましたが、世界のバランスを壊したり、世界を崩壊させることはしません、っていうような契約書を書いてもらうんだけどね。

 転生者と違って、記憶を消さないから。


『そりゃもちろん、勇者が召喚される世界といえば、剣と魔法の世界だろ!』


 その言葉に、召喚先の世界を調べる。


 ……なるほど、確かに剣と魔法の世界だね。


『だから、世界最強の剣と世界最強の魔法をーー』


 そこまで言いかけた彼は、ん?と首を傾げて黙り込んでしまった。

 どうした少年。


[[もしかしたらだけど、その能力を貰った後の自分を想像しているんじゃないかな]]


 死神がコソッと私に耳打ちをしてきた。


 その言葉通り、彼は腕を組み、ブスッとした顔で『それだと面白くないな……』と呟いていた。


 他にも、スキル吸収とか、強奪とか、なかなか物騒なことをつぶやいていた。


[[どれもダメだね。世界のバランスがぶっ壊れてる]]


 私と仕事をしてくれているこの死神は、未来を見る能力を持っている。そのため、このような転移者や勇者にどんな能力を与えればいいかを手助けしてくれる。


 今もほら、目の前の男子の言葉を聞いて、仮にその能力を得た彼が世界でどのようなことをするのか見ているのだろう死神は、IFの世界を見てドン引きしている。


『世界のバランスってなんだ?』


 彼女の言葉が聞こえたのか、考え事から顔を上げて私に聞いてきた。


「あなたたちが暮らしている世界の他に、様々な世界があるのは知ってるよね?」

『まあ、今の現状からすればそうなんだろうけど』


 おや意外。

『らのべ』で見た!とか、創作物じゃなかったんだ!とかハイテンションなこと言ってくると思ったのに、冷静に判断してくれたよ。


「その世界のバランスというのは、色々な世界がぶつからないように保っているものなんだ」

『ふむ……ぶつかるとどうなるんだ?』


 ぶつかると……?


 私はその様子を想像し、死神はそのIFを見たのか、顔を真っ青にして震えていた。

 まあ、質問を質問で返すのは悪いと思うけど……


「どうなると思う?」


 笑顔で訊ねてみた。


『……いや、やっぱいい。

 なんとなくやばいことになることはわかった』


 私の表情と、死神の様子から、世界同士がぶつかったらどうなるかを察してくれたようだった。

 うんうん。お姉さん、お利口さんは大好きだよー。


 おい誰だ。今私を鼻で笑ったやつ。


 まあ、とりあえず。


「よく考えてね」

『お、おう』


 私の言葉に若干引き気味の彼は、再び自らの思考の海に沈んでいった。


 *****


[[アリシアちゃん、ちょっと勇者の召喚について変な未来が見えたんだけど……]]

「うん?」


 死神の未来視は絶対に当たる。

 今まで外れたことがないことを知っている私は、彼女の言葉に耳を傾ける。


[[彼、勇者として召喚されたあと、すぐに殺される]]


 その言葉を聞いた私は、目の前で考え事をする彼を見る。

 私が見ていることに気づいていない彼は、願った能力をもらったあとに自身が行うことを想像し、顔を青ざめさせたり、冷や汗をかいたりしている。

 一体何を想像しているのか知らない彼を見たあと、死神の方へ向き直る。


「どういうこと?」


 死神から受け取った資料をパラパラと捲ると、中学二年生の項目に目を奪われた。


 そして、納得した。


「なるほど……」

[[理由はわかった?

 つまり、そういうことさ。

 何か手を打たない限り、彼は召喚したあと、数日で殺される。

 彼に良くない印象を持つ、馬鹿どもにね]]


 死神からも馬鹿と評される人間は、一体どんなことを彼にしてきたのだろう。


 資料にはそこまで詳しく書かれていない。彼は転生者ではないからだ。

 だけど、何があったかは書かれている。それがどんなことであっても。


 これは例だけど、彼女ができたとか彼氏と別れた、まで書いてあるからね。


[[ねえアリシアちゃん、このこと伝える?]]

「いや、召喚されたあとのことに私たちが干渉しちゃ駄目だって、上からも言われているでしょ」

[[それもそうだけど……]]


 真面目だからこそ、死神は彼のことを心配する。

 たとえ死神であっても、彼女は優しすぎる。

 そんな彼女に、私は伝える。


「召喚されたあとのことは、運命に関係する先輩たちに報告しておけばいいんだよ」

[[それもそうか……]]


 彼女はまだ納得していないようだったけど、これは私たちのチート女神やチート神の規則だから。

 え、どこかで運命をいじらなかったかって?

 身に覚えがありませんね。


『あ、欲しいスキルが決まったんだけど、言ってもいいか?』

「どうぞ」


 勇者候補の彼から、チート能力の注文が来たようだ。


『欲しいスキルは、隠密。

 相手に気配を悟られないようにする能力だ』


 私は思った。

 割と普通だと。


「あまりチートではない気がするんだけど……とりあえず、どう?」

[[そうだね……]]


 死神は、へらへらとした表情のまま、宙を見る。

 そして、頷きながら目線を戻した。


[[いいんじゃない?

 考えようによってはチートだけど、世界のバランスを壊すことはないよ]]


 考え方によってはチートの部類に入るスキルか……ああなるほど。


 暗殺も出来るし、どんな強いモンスターにも気取られないようになるからか。


「わかりました。

 コホンッ……では、あなたに一つ、力を授けます。


 あなたが召喚される世界は、剣と魔法があり、魔物が闊歩する、夢と希望と死が満ち溢れる危険な世界です。


 だから、簡単に死なないよう、そしてあなたが願い望む力を授けます。


 誰にも気づかれず、そして安全に過ごせるそんな力を」


 私は彼に、彼の肉体に、そして彼の魂に右手を向ける。

 そして、力を込める。


 彼の願った、チート能力を与えるために。


 そしてスキルを与えた後、彼の足元に魔法陣が表れた。


「召喚が始まりました」

『何事もなければいいが……』

[[召喚される世界で、何も起こらないなんてこと、あるはずないじゃん]]

「まあ、頑張って下さいな」

『善処する。いいスキルも貰ったしな』


 そして、その言葉を最後に彼は、魔方陣の上から消えた。


 *****


[[行っちゃったねぇ]]

「うん。でもさ、あなたの仕事は終わったけど、私はまだ仕事があるんだよ?」

[[あれぇ、なんだっけー?]]


 早速忘れている。


「彼の運命について、ちょっと報告するって言ったじゃん」

[[ああ、それ?]]


 死神は私に向かって笑顔を向ける。


 ……何か嫌な予感がする。

 彼女の笑顔は、何かが起こる予兆のことが多い。


 へらへらとした表情の彼女は、目玉のない目を私に向けて、こう言った。


[[拒否される未来しか見えなかったよ]]


 彼女の言葉を聞いた私は、ただ願うことしかできなかった。


 ごめん、殺されないように頑張って!と。

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チート女神の苦悩物語 ひまとま @asanokiri884

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