転生者2

 今回、私のところに来る魂は、前の世界で死刑にあった人間らしい。

 一体何をしたのだろうか。そして、なぜ私の方に来るのだろうか……。


 200年……正確には204年前だけど、その時にも死刑にあった人間がこちらへ来た。

 その時の人間は、かなり残虐な犯罪を犯していたが、頭が冷えたのか自分の罪を認めていた。そして、犯罪のない世界へ行って平和に暮らすと言っていたため、犯罪を犯していた頃の記憶を消して、そして転生させたが……あの人は今どうなっているのだろうか。


 記憶?転生すると同時に消えるようにしているよ。


 それはそうと、死刑にあったとしても、自分の罪を認めていない人もいるから、気をつけてやらないと。


 ……書類はまだかなー。


 待っていると、魂がこっちに来る直前になって、私のところに書類が届いた。

 前よりは早いが、もう少し早くてもいいんじゃないかな……どれどれ?


 げっ……罪を犯してもないのに死刑になってる……しかも、年齢は21歳。

 死刑になっていなければ、今頃たくさんの友人に囲まれ、家族に愛されて、平凡な生活を送っていただろう、そんな人間。


 だけど、その生活を壊された人間。


 ……今回の人間は厄介そうだ。


*****


「おはよう、もしくはこんにちは。それとも、こんばんは?」

『……なんだあんたは』


 私のところに来た魂は、見るからに不機嫌そう。いや、私にはわかる。あれは、生きることを諦めた人間の目だ。

 暗く濁っていて、希望の光を灯さなくなった目。


 それでも、私のところに来たということは、転生する意思が少しでもあるということだ。

 本人は気付かないけど、心のどこかにそんな気持ちがある。

 そうでないと、転生担当する私や他の神様のところには、魂など来ない。


『見るからに女神っぽい……ってことは、僕への刑は執行されたのか……。

 はっ!やっぱり誰も助けてくれなかった。誰も僕の言葉を信用してくれなかった!』


 目の前の青年は、自分の予想が外れたかのように、捲し立てるように、叫ぶかのように語り始めた。


『ああ、わかってたさ。僕の言うことが信用されないくらい。そうだよな、たった一人の友達を助けただけで、なぜか次の日には犯罪者扱い。

 なんでそうなったのかわからないし、知ることもできなかった。だが、僕にはわかる。どうせ僕を犯罪者に仕立て上げたのは、アイツに決まっている!

 事故に遭って動けないアイツを助けてやったのに、アイツはあろうことか、僕を裏切ったんだ!』


 青年は心の悲鳴を体現させるかのように叫ぶ。


 だけど私は、その言葉を聞きながら彼についての資料をパラパラとめくる。


 そんな私を見て何を思ったのか、私を指差して叫んだ。


『おい!聞いているのか!?』

「聞いてましたよ」

『じゃあ何で無視するんだよ!』


 別に無視していたわけじゃない。

 ちょっと気になったことがあっただけだ。


「別に無視はしていませんが……」

『何だ、僕はアイツを呪うことができれば、地獄にだって落ちてやるぞ』

「関係ない人間にですか?」

『関係ない……?何を言っているんだ。アイツのせいで、僕は死んだんだろう?』


 魂が黒っぽく……?

 まずい、悪霊になりかけている。

 友人に裏切られたと思い込み、友人を本当に呪い殺そうとしている。


 もし悪霊になってしまったら、天国に行くことも転生させることもできなくなり、地獄に行くことしかできなくなってしまう。

 何も罪を犯していないのに、地獄へ落ちてしまうことになってしまう!


 書類をパラパラとめくっていると、この魂に一番関係のある情報が載っていた。


「何を言っているんですかあなたは……それと、あなたの言っている友達というのは、カオルと言う名前の人間ですか?」

『ああ、確かにそんな名前だ。だが、そんなことはどうでもいいだろう?

 僕はアイツを恨んでいるんだから』

「何もしていない彼女を?」

『いや!絶対に何かし……『彼女』だと?』


 先ほどまで、怒りをあらわにしていた青年は、私の言葉に詰まる。


 魂が黒く染まりかけたり、白く戻ったりを繰り返している。


「ええ、『彼女』です。まさか、女性だと思わなかったのですか?」

『い、いや、だって、アイツは……自分のことを『オレ』って言ってたし、何よりも髪は短かったし、男が着る服を着てたし……』


 青年の言っている言葉を聞き、頭の中で想像してみる。

 確かに、青年の言う通り男性にも見えなくはない。


 だけど、私が持っている書類には『カオル:女性』と書かれている。


『じゃあ、僕は誰に罪をなすり付けられたんだ!

 あんたはアイツ、カオルじゃないって言っているけど、犯人は誰なんだよ!?』


 青年は泣くように叫んだ。まるで、やり場のない怒りが爆発するかのように。


 私は告げる。

 そんな彼を、落ち着かせるために。


「カオルさんが事故に遭ったと言っていましたね」

『ああ、言った。確かに言った』

「その事故の犯人ですよ」

『なっ……』


 青年は開いた口が塞がらないようだ。

 先ほどまで、自分は何を勘違いしていたのか、どうして勝手に彼女を犯人だと決めつけていたのか、今頃になって気付いたらしい。


 そして、それと同時に、彼の目の濁りが、若干薄くなった。


 それを見た私は、さらに告げる。


「そして、あなたが死んで3年後、カオルはあなたが死刑になったことを知り、動き出します」

『……』


 彼は黙って聞いている。


「どうして彼女が今まで、何もしてこなかったのかはわかりません。ですが、あなたのためを思って、動き出したということはわかっています。


 彼女が動き出してさらに2年後。真犯人は逮捕されました。


 そして彼女は……」


 この先は言っても良いのだろうか。

 明らかに個人情報。ここから先は、本人が聞きたいと思わない限り、言ってはいけない。


 私も少し喋り過ぎてしまった。後で怒られる?いや、反省文を書かされるかな……。


『彼女はどうしたんですか!』


 本人が聞きたいのなら、仕方がない。

 反省文は覚悟しよう。


「……彼女は、生涯独身を貫きました。

 大好きなあなたを想う彼女は、誰とも結婚しなかった」

『カオルが……僕を?』

「ええ、彼女は確かに、あなたを好いていました。


 だからこそ、彼女はあなたの無実を証明するために動きだし、そして生涯独身を貫いたのですよ」


 私の言葉に、彼は項垂れる。

 まるで、呪おうとしていた彼女に謝るように。


 そして、彼の魂は、真っ白に戻った。


『じゃあ、一つ聞いてもいいか?』

「答えられる範囲ならいいですよ。私も全て知っているわけではないので」

『そうか……じゃあ、カオルは死ぬまで、何をしていたんだ?』


 そう言って、彼は顔を上げて私を見た。

 その目は、先ほどのような暗く濁った目ではなくなっていた。


 これなら、見せてもいいだろう。


 説教されるかもしれないけど、今回は仕方ないよね。


「なら、実際に見た方が早いでしょう。

 それに、伝えたいことがあれば伝えてもいいですよ。

 少しだけなら、私も許します」

『え?』


 私は彼の目の前に、現世と繋がる窓を作り出す。

 繋がると言っても、そこを行き来できるようになるわけではない。

 繋がる場所は、カオルが生きていた時代であり、彼にとっては過去。


 すでに、彼が死んでから何十年も経っており、さらにカオルという女性もすでに死亡しているからだ。


 私が作り出した窓は、丸い鏡のような窓。

 そして、彼を救った人間、カオルの姿を映し出す。


 その姿を見た瞬間、青年は『カオル!!』と叫んで飛び出し、窓にぶつかった。


 笑いそうになった。


*****


 とある墓石の前で、一人の女性が座り込み、目を閉じて手を合わせている。


 その女性は、そこに眠っている人に一年の報告をするため、毎年そこに通っている。


 女性には好きな人がいた。

 だけど、無実の罪で死刑にされてしまった。

 彼女が気づいたときにはもう、彼はこの世界にいなかった。


 それでも、彼女は動いた。

 自分の好きな人が、少しでも楽になれるように。少しでも笑えるように。


 死んでしまっているのに、何を考えているのだろうと、彼女自身も思っていた。だが、やらなければならないということ、それだけはわかっていた。


 しかし、彼の無実を証明しても、彼は戻ってこなかった。


 彼女は泣いた。

 なぜもっと早く、気づいてあげれなかったのかと。


 彼女がここに通っているのは、ただの罪滅ぼしだ。

 少なくとも、彼女はそう思い込んでいる。


 そして、彼女が結婚しないのは、彼のことが好きだからだ。


 親からは何度も結婚しろと言われた。

 周りから求婚もされた。

 見合いの話も出た。


 だけど、彼女は一回も首を縦に振らなかった。


 彼女は目を開け、立ち上がるとその場から立ち去ろうとした。

 いつまでもそこにいると、泣いてしまいそうになるからだ。


『ーーっ!!』


 誰かに名前を呼ばれた気がして、周りを見渡すが、人っ子一人見当たらない。


『カオル!!』


 確かに聞こえた。

 聞き覚えのある、懐かしい声だ。


 彼女は振り返る。彼の墓石へと。


 すると、そこには丸い窓があり、その先には懐かしい彼がいた。


「……嘘」


 彼女は持っていたものを落とし、目を見開き口を押さえた。


 そして、小さな声で、彼の名前を呼んだ。


レン……?」

『カオル!聞こえる!?』


 窓の向こう側にいる彼は、何度も女性の名を呼ぶ。

 だが、彼女はまだ、目の前のことが信じられないでいる。


「夢?でも、確かにレンの声、そしてレンの姿……あの写真で見た、彼の姿……」

『カオル、時間がないから一つだけ』


 カオルの好きな人であるレンは、息を大きく吸い込んで、そして、しっかりとした声で言った。


『ありがとう』


 彼は泣いて言った。

 もう会えない、そんな友人に向かって。


「レン!!」


 カオルは叫ぶように彼の名前を呼ぶが、彼の姿は薄くなっていく。

 レンと一緒に現れた、窓と一緒に薄くなっていく。


「レン、待って!行かないで!!」


 彼女の声に、消える直前のレンの表情は、笑っているように見えた。


「レン……」


 そして、彼女はその場で、声を押し殺して泣いた。


 日が沈むまで、ずっと。ずっと。


*****


『ありがとう』

「いえいえ、どういたしまして」


 レンと呼ばれた青年は、私に向かって感謝の言葉を言ってきた。

 だけど、私は別に感謝されるためにやったわけではない。

 変に悪霊になってしまうと、最悪減給され……ゲフンゲフン!


 気を取り直して……さて、本題に入りましょうか。


「では、レンさん。

 あなたには、転生する道と、天国へ行く道があります。


 このまま転生して新しい人生を歩むか、天国へ行って平和に暮らすか、どちらにしますか?」


 一度、無実の罪で死んだ彼には、再び生を受けて生きることは難しいのではないか、とは思わない。

 かなり前に、そういう人間が転生したからだ。


 それに、彼の目は、すでに生きることを諦めた目をしていない。暗く濁ってもない。


『転生でお願い』

「天国へ行くこともできますが……」


 転生を望む彼に、一応もう一つの道を勧めてみる。

 しかし、彼は首を振って言った。


『もう一度、人生をやり直したいんだ』


 彼の答えに、私は微笑んで頷いた。

 そして、彼の望みを叶えるために、転生させる世界を探す。


 剣がある世界、魔法がある世界、医術が発展している世界、様々な世界があるけど、どれも彼の希望に添っていない。

 どんなものがいいんだろう……。


「どんな世界に転生したいですか?」


 私の質問に、彼は一度悩んでから言った。


『努力をして、それが認められる世界』


 見つけた。

 この魂の希望に添った世界を。


「では、あなたを今から転生させます。


 転生先は、努力が認められる世界。

 努力すればするほど、力がつく世界。


 そして、信頼できる仲間を見つけることができる世界」


 彼は頷く。その目には、希望が満ち溢れている。


「では、あなたに一つ、力を授けます」

『力……』

「ええ、努力をすれば力はつきますが、病気や怪我をすれば、体は鈍ってしまいます。

 動かなければ、それだけで筋力は落ちてしまいます。

 怠けていれば、その分の努力は無駄になってしまいます。


 だから、病気や怪我をしてもすぐに回復できるように、動けなくなっても筋力が落ちないように、怠惰な生活を送ることがないように、力を授けます。


 努力が続けられる、そんな力を」


 私は彼に、魂そのものに右手を向ける。

 そして、力を込める。


 私が魂に付与したい力を。授けたい力を。

 そして、ちょっとした運命を。


 そして、それが終わった瞬間、魂が輝きだした。


 転生が始まったのだ。


『ありがとう』


 そして、彼は再び私に感謝の言葉をかけると、輝きとともに消えた。


「頑張ってね」


 伝える前に消えてしまった魂に、私は声をかける。

 もう伝わらないとしても、声をかける。


 彼は、信頼できる人を見つけられるだろうか。


*****


 私が授けたのは、『努力固定』と『休息』。

『努力固定』は、努力をすればするほど力がついていくが、病気や怪我で動けなくなった際、努力が無駄にならないようにする能力。つまり、リハビリをすればすぐに元に戻るものだ。


 そして『休息』は眠るだけで疲れが取れる能力。どんな疲れでも、眠るだけで取れる優れものの能力だ。


 最後に、ちょっとした運命を授けた。

 これは、彼の運命を左右しない、おまけみたいなもの。


 転生した彼には記憶が無いけど、大事な記憶は鍵をかけているだけ。

 その運命に出会うまでは、その鍵はかかったまま。

 彼が運命に出会いますように。


 さて、次は誰が来るのかな。

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