転生者1

 毎回、チート能力をくれと言っている人を見ていると、だんだん仕事に嫌気がさしてくる。

 だけど、時々お話しできるし、仕事が休みの日もあるから遊びに行くこともできる。私の仕事が休みの日は、別の世界の担当者が、休んだ神さまの仕事を分担してやってくれるからちょっと申し訳ないけど……他の担当者が休んだ時は、私もやっているからお互い様だよね?


 そんなことより、今日も転生が決定した魂が一柱、私のところに来るらしい。

 まったく、どんなことを言われるのだろう。そんなことを考えると、始める前から気が滅入ってくる。


*****


『あれ……?ああ、俺は死んだのか……』


 私の目の前に現れた男性は、薄くなった自分の身体を見ながらそう呟いた。

 何やら悲しげな表情をしている。


 よし、ここで声をかけなければ!


「そこのあなた」

『だ、誰だ!?』


 毎回やっているけど、声をかけるのはまだ慣れないな……相手の驚く顔を見るのは楽しいけど、警戒されちゃいけないし……


「私は女神です」

『女神だと……?』


 男性は私のことを疑っているのか、訝しげな表情で見てくる。


 だけど、ここで勘違いされては困るから、とりあえず言い直しておこう。


「女神と言っても、別にどこかの世界を司っているわけではありませんよ」

『どこかの世界……異世界があるのか?』

「あなたが生きていた世界とは、別の世界はありますが……」

『じゃあ、俺を転生させてくれ!!』


 今回来た魂は、随分と答えが早い。

 いつもだと、ここで転生することを渋り、かなり時間がかかってしまうのに。


 でも、答えが決まっていても一応聞かなければいけない。


「このまま天国へ行くことも可能ですが……」

『いや、転生だ。俺はまだ、やり残したことがあるんだ!』


 やり残したことですか……原則として、同じ世界……平行世界でも転生させることは禁止されているため、やり残したことを達成させることはできない。


『もう一度、俺は……娘を守れるように……!』


 男性はそういうと、その場に崩れ落ちた。


 どう対応するか迷っていると、今頃この魂の情報が書かれた書類が、私の方に送られてきた。

 できれば、もっと早く送ってほしい。


「なるほど……あなたは戦争に巻き込まれ、娘さんを人質に取られた挙句、離れ離れになってしまったと……そしてあなたは……」


 書類を見ながら、男性の人生を一通り見る。

 これを見るのと、実際に声に出すのでは、こみ上げてくる感情は全く違うものになる。


 男性は私の言葉に続くように頷くと、覇気のない声で言った。


『ああ、娘を助けに行く際に、仲間に裏切られてな』


 仲間の裏切り……なるほど。


「わかりました。では、どんな世界に転生したいですか?」


 相手の過去を聞いた上で、どんな世界に転生したいか訊く。

 なるべく相手の願望に沿うように。だけど、私情は挟まないように。


『戦争のない、平和な世界に。そして、今度こそ、家族を守れるように……』


 戦争のない平和な世界。

 そんな世界があったら、どんなに幸せか。


 男性の世界は、そんな平和ではなかったのだろうか。


 でも、私は調べる。

 その魂が幸せになれる世界を。


 戦争のない、平和な世界を。

 愛情のある、家族を。


 そして、男性が最後まで生きれる、生涯を。



 ……見つけた。



 その世界が生まれてから、一度も戦争が起きていない世界。

 そして、これからも争いが起きない世界。

 差別や偏見が無い、平和な世界。


「ありましたよ。あなたが幸せになれる世界を」

『……元の世界には戻れませんか?』

「残念ながら……」

『そうですか……』


 男性は落胆していたが、私は書類の最後に追記を見つけた。

 それはもう、小さな字で。

 よく見ないと、見落としそうな小さな字で。


「ハルさん」


 私に初めて名前を呼ばれた男性……ハルさんは、私の声に顔を上げた。


「あなたが亡くなってから、実は何年もの月日が経っています」


 彼は目を見開いて、驚きの表情を見せてくれた。

 その驚きの表情、私は好き。


 だから、笑顔で告げる。

 安心できるような、そんな事実を。


「あなたの娘さんは、結婚して子供がいるそうです」

『……助かったのか?』


 彼は、驚き半分疑い半分の表情で、私を凝視してくる。


 それに、私は笑顔で答える。


「ええ、あなたが亡くなった後、あなたの親友に助けられたそうです」

『親友……親友……まさか……!!』


 書類には、『ハルの親友タクヤ:スパイを捕らえ、娘を助ける』と小さな字で書かれている。


「タクヤと言う名前に、聞き覚えはありますか?」


 私の声に、彼は崩れ落ちるように蹲り、声を押し殺して泣き始めた。


 その親友は、彼にとって大事な人間だったのだろう。

 娘の次に大事な、そんな人間。


『ありがとう……タク……そして、すまない……』


 私は彼が泣き止むまで、満足するまで、笑顔で見守っていた。


*****


『ありがとうございます……』


 ハルさんは私にお礼を言うと、涙を拭った。

 それに私は、微笑みを返す。


 じゃあ、そろそろ時間だ。

 魂を転生させる、そういう時間だ。


「では、ハルさん」

『はい』


 私の呼び声に、彼は姿勢を正した。


「あなたを今から転生させます。


 転生先は、戦争のない、平和な世界。

 今まで戦争がなく、これからも争いが起きない世界。

 差別や偏見がなく、幸せな世界。


 そして……愛情のある世界」


 彼は頷く。お気に召したようだ。


「では一つ、あなたに力を授けます」

『力……ですか?』


 私は頷く。

 そして続ける。


「これから転生させる世界は、必ずしも安全というわけではありません。

 戦争がなく、争いが起きない世界とは言っても、隣人とのトラブルがあるかもしれません。

 新しくできる友達と、喧嘩があるかもしれません。

 欲が出て、犯罪を犯す人間も、もしかしたら出るかもしれません。


 ですが、あなたは幸せを、平和を望みました。


 だから、あなたに授けます……家族を守れる力を」


 私は彼に、魂そのものに右手を向ける。

 そして、力を込める。


 私が魂に付与したい力を。授けたい力を。

 彼が家族を守れるように。幸せに過ごせるように。


 そして、付与が終わると、ハルさんの魂は白く輝きだした。

 転生が始まったのだ。


『また会えますかね?』


 私はその質問に、微笑みだけを返した。


 また会えるとは限らない。

 生涯を終えて、転生するとは限らないからだ。


 だから、私は微笑みを返す。

 そして、一言だけ伝えた。


「お幸せに」


 そして、魂は光に飲み込まれて、消えた。


*****


 私が授けたのは、『家族愛』。

 家族の絆が深まれば深まるほど、その家族は病気にかかりにくくなったり、怪我の治りが早くなったりする。そして、これから増えて行く家族にも適応される。

 新しく生まれた家族や、結婚してから家族になる人にも。


 そして、彼が生涯を全うしても、その力が受け継がれるように。


 さて、次はどんな人間が来るのだろうか。

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