第67話・喧嘩と拷問の違い

 嵐堂学園の屋上で殴る蹴るの暴行を受けている少年は、いつも顔を伏せて歩いていた。いつも、怖くて誰とも目を合わせようとしなかった。だから長谷寺の姿や、その後ろで混み合ってるいる曲者揃くせものぞろいの2Dに在籍している生徒たちの事も知らなかった。この学園のクラス割りシステムは、極めて単純である。この辺り一帯は問題だらけだ、その為に暗黒街の者たちが幅をかせることが出来ているのだから。学園都市全体からやって来る生徒たち、その中には平和な地帯で育ってきた少年たちもいるが、主に、暗黒街付近で無事に生き残ってきた生徒が持っている問題の程度が、周囲に与える影響の軽さや重さ、深刻さを考慮してA〜Dまでに分ける。


 中には、こうしてその割振りの制度を利用する生徒も出るのだが、C組・D組の者たちは、子どもながらに通すべき筋を無視した時、ルールを無視した時、この街で自分達がどんな目に合うかを知っている。だが暗黒街から最も離れた場所、学園都市の真ん中付近で育ったA組・B組の問題児たちは違う。そして彼等が大人になった時のために、こういう行動に出た生徒はクラスを下げられる。突然、安全圏のない会話が飛び交うC組やD組へ、暗黒街の子どもたちの中へ放り込まれるのだ。そこで彼等の多くが生まれて初めて、教室のコンクリートの壁一枚で隔てられていた、ニュースでしか見たことが無い他人事ひとごととしてしか知らなかった世界を、身をもって知る。


 だが、それを知らない長谷寺は、少年たちがしている行為を止めるにはどうすれば良いのかと、考えあぐねていた。彼の中には[弱い者いじめ]という言葉がない、弱肉強食の故郷では弱く力が無い者たちは、知恵をしぼって生き抜くか、ただ捕食されるか、二つに一つだった。拷問好きな魔物もいるが、それと目の前で起こっている事は全く結びつかない。結局、長谷寺は彼等に何をしているのかを聞きに行くことにした。高山と黒腕は咄嗟に彼のあとを追い、後ろのほうで詰まっていた生徒たちは、ようやく屋上に出られた。


 暴行されていた少年は、その様子を見て[これで助かるかも知れない]と安堵したが、ドアがあるほうに背を向けていた生徒たちはそれに気づかない。その内の一人が、妙な気配を感じて後ろを振り返り、そして短い悲鳴をあげて腰を抜かした。彼の目に飛び込んできた光景は、嵐堂学園の問題教師として話題になっている長谷寺と、彼並みの問題児である黒腕、寒気走るような笑顔を浮かべている高山に、面倒臭そうな表情をしてはいるが雰囲気がいかつい数十人の2Dのメンバー。その少年の様子を見て振り返った他の生徒たちも、同じように腰を抜かす。長谷寺は、よく分からない様子でニコニコと笑顔を浮かべ、少年たちにたずねた。


「何してるの?」


 何も言えずにいる少年たちを前に、全く敵意を見せず、怒るでもなく、ただ一言だけの問いに、何を言えば見逃してもらえるのかと考えをめぐらせていた彼等の耳に、この状況を長谷寺に説明する高山の声が届いた。


「紫陽花、これはね、[弱い者イジメ]って言うんだよ。拷問の一種だね」


「拷問?ケンカじゃないんだね?僕は誰を守ればいいの?」


「んー、いて言うなら、そこに転がってるボロボロの彼かな?」


 長谷寺にとって、拷問は特に興味のある分野ではなかった。ただ、彼が知る拷問好きな者たちと、少年たちの行動は全く違うもので、事態の理解に時間が掛かっている。拷問なら、やる側か、やられる側に相応の理由がある。長谷寺が知る拷問好きの魔物達は、拷問をする為だけに獲物を狩ることも多々あるが、目前の状況と、吉川から教えられた事がそれとチグハグで混乱しているのだ。やる側、やられる側、どちらもこの学園の生徒だが、助けを求めるように手を伸ばしていた少年と、彼に暴行を加えていた少年たち。どちらも守るべき存在だが、取り敢えず、善悪の区別がいまいち付いていない長谷寺は、高山の言葉に従う事にした。





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