第66話・青空

「平和な授業にしてくださいよ…」


「はぁーいっ」


 吉川の言葉に、長谷寺は笑顔で頷いた。彼の笑顔に不安を覚えながら、吉川は去っていく。その遣り取りを見た瞬間、2Dの生徒たちの背筋に冷たいモノが走った、たった二人を除いて。普段この嵐堂学園に居ることが少ない忍が、久しぶりに教室へ入ると、昨日一気に距離が縮まった魔物の姿があるではないか。長谷寺と並ぶほどの高位の魔物が、まさか自分が仕切るクラスに居るなどとは思ってもみなかったのだ。


 明らかに年齢が合わないだろうと思いつつも、黄昏の魔女にしても、長谷寺にしても、そして文喰いの高山にしても、見た目さえそう見えれば、彼等にとってはどうでもいい事なのだろう。更にはシリアルキラーであり、快楽殺人者、優秀な忍の側近[BillyBlack]の幹部ではあるモノの、それ以上に長谷寺と近しい関係であろう黒腕 飛鳥も上機嫌で自分の机の上で胡座あぐらをかいて満面の笑みを浮かべていた。この異常な事態に、どう対応すべきなのかと考えていたのは忍だけでは無い、[BillyBlack]傘下の中でも屈指くっしの組織、相川組十三代目組長・相川あいかわ 雅義まさよしの一人息子、相川 雅臣まさおみも頭を悩ませている状況だ。


 長谷寺は、職員室から屋上へ出るための鍵を持ち出し、沢山の小さな缶、そして青色や水色の絵の具をありったけ文具店から盗んで持ってきていた。彼はこの世界ページに五年ぶりにやって来たのだ、暗闇に包まれた世界ページで生きてきた長谷寺は、いつも他の世界ページへ行くと空を眺めている。それは、彼の故郷からやって来た他の魔物達にとっても同じことだ。空に焦がれ、夜空に輝く星に切なさを感じる。ほがらかに笑った長谷寺は、かついでいる袋を持ったまま、口を開いた。


「ではーっ!みんなで屋上行って空を描きましょーっ」


 ステッキを腕にかけて国語辞典を手にジャンプして[行こーっ!]と繰り返す。少年たちはガックリと項垂うなだれた、幼児や小学生でもあるまいに、彼は何故なにゆえこんなにも目を輝かせているのかといった心境だ。しかし、たった二日や三日で周囲の者たちを驚愕きょうがくうずに引きずり込んだ彼のことだ、油断は禁物だと結論づけて席を立ち始め、かろやかな足取りで階段を上がっていく長谷寺のあとに、ぞろぞろと続いた。


 その様子を目にした嵐堂学園の三年生たちは、また長谷寺が何かやらかすのではないかと気が気でない、既に文具店から大量の絵の具が盗まれたという情報が入ってはいたが、殺しでない上に保険にも加入していた為、教師たちは犯人が誰なのかを何となく察して諦めている。のほほんとした気持ちで見守っていたのは黄昏の魔女である九埜とセラフィーノくらいのものだった。長谷寺が屋上のドアを勢い良く開け放ち一歩外へ出た瞬間、その動きが止まったせいで、後続こうぞくの生徒たちも止まり、彼のすぐ後ろにいた高山がひょこりと顔を出して話しかけた。さらにその後ろにいた黒腕も、反対側から顔をのぞかせると真顔になった。


「紫陽花、どしたの?……あー…」


「あれ殺していいんじゃないですか?」


「ダメだよー、吉川くんが[生徒は守るべき存在]だってゆってたもん」


 彼等が見たのは、ガタイの良い生徒数名が、ひ弱そうな生徒に対して暴力を振るっている場面だった。その少年からは、長谷寺たちがドア前にいるのが見えたのか、助けを求めるように手を伸ばしている。彼は中学でもイジメを受け、精神状態もボロボロで引きこもりになった、[それでも]と何とか高校に入学してたったふた月弱で、今日またも弱者としてしいたげられる事になってしまった。中学の頃は誰もが見て見ぬふりだ、高校でもきっと同じなのだろうとは思ったが、それでも救いを求めずにはいられない。きびすを返して校舎内へ戻って行くのではなく、救ってくれればと。





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