第47話・教師の装備

 生徒たちは、長谷寺の言葉に開いた口がふさがらなかった。こんな人間が存在するのか、そういった様子だ。もし長谷寺が人間であったならば、多少マシな思考回路だったろう。しかし、ここにいる実際の長谷寺は[クリミーネ]を司る魔物だ、他の魔物から見てもぶっ飛んでいる彼を、人間の子どもたちが理解できるはずが無い。


(ダメとかダメじゃないとか、そういう問題じゃねえだろ…─)


 言葉が通じなさそうな教師を前に、斎藤が心中しんちゅうでだけ毒づいていると、美術室のドアが勢いよく内側へ吹き飛び、いつでも発砲できるよう引き金に指をかけた態勢でゾロゾロと教師たちが押し入ってきた。無理もない話だ、校内で銃声が鳴り響くことなど普段はない。長谷寺が外に向かってライフル銃を二度発砲した時点で、教師間で緊急時に使用する無線をONにすると発砲地点を把握し、敵がいると予測して乗り込んできたのだ。初日の[鬼ごっこ]を見ていなかった教師たちは、より警戒していた。吉川だけは[もしかして]という気持ちも少なからずあったが、長谷寺が銃を扱えるとは思っていなかった。


 生徒たちは、目を点にしている。この美術室に乗り込んできた教師たちの姿に、頼もしさを感じたのだ。この事態の原因である長谷寺はというと、思い切り蹴破けやぶられた美術室のドアが、生徒の一人にぶつかる寸前でシッカリと片手で掴み少年に直撃するのを防いでいた。2Dトップの前橋 航樹が、キョロキョロと辺りを見回している教師たちに対して、簡潔に説明を始める。


「あー…オレら、そこのライフルデッサンする予定なんだけど、弾が入っててさ?カラにしてくれっつったんだけど、そこの、えーと…長谷寺センセー、全弾ぶっぱなしてカラにしやがったんだよ…」


「ダメだったの?」


 掴んだ部分だけが、長谷寺の手型状にベッコリとへこんでいるドアを、彼は元あった場所にめ込んだ。そして、脱力しきっている生徒たちや教師たちの姿を心底不思議そうに見やり、小首をかしげている。誰か助けてくれと思っている一同のもとへ、救世主が現れた、毎度毎度お馴染みの文喰い高山 晃一だ。彼は割れた窓から美術室に入ってくると、空薬莢からやっきょうが落ちているのを確認して、自分より10cmほど下にある長谷寺の頭をポンポンと軽く叩く。誰も答えを教えてくれない、そう困っていた自分の頭を撫でてくれている高山を見上げた。


「ダメだったの?」


「んー、ちょっと間違えてたかな?ココでは[からにする]は[装填してある弾を発砲せずに取り出すこと]なんだよー、今回はゴメンなさいして次はそうしよう?」


「分かった!ゴメンなさいっ」


 頭を下げる彼を見て、どうやら長谷寺には、何かを行動に移す前に簡単な説明をしてやれば伝わるのだという事を、教師たちや1Dの生徒たちが理解した瞬間だった。このとき彼等が疑問に思ったのは長谷寺ではなく、むしろ高山のほうだ。彼等が持っている情報からすると、高山は、いつも長谷寺が困っている時に必ずと言っていい程のタイミングで現れる。唯一この中で吉川だけは、その理由を知っていたが、ココで言うわけにもいかない。高山が2Dの教室へ帰れるように、そっと誘導してやる事にしたようだ。


「はぁー…じゃあ長谷寺先生、俺達は戻るんで、子どもに無害な道具にして下さいよー。ほら高山も、戻るぞー」


「へーい」


「はぁい!バイバイ吉川くん!晃ちゃんまたねーっ」


 .[子ども]と言われた事にイラつきそうになった生徒たちではあったが、今回の件で、大人になるまで、この世界を生き抜いてきただけの戦闘力を感じさせた教師たちからすれば、確かに自分たちは子どもなのだと多くの生徒たちが実感した。吉川をゲンナリとさせ、高山を笑顔にさせた長谷寺は、授業を再開しようと教卓に腰掛ける。





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