第46話・美術

 去っていく高山に手を振る長谷寺、その間に1Dの生徒たちは何とか気持ちを切り替え、ガタガタと椅子を起こして座った。普段、彼等の多くはマトモに授業を受けたりはしない。しかし相手は長谷寺だ、何かしらの情報を口にするかも知れない。情報は、彼等にとって命を繋ぐため、生き残るために最も重要なものだ。まず最初に学んだのは、目の前の教師に攻撃すると即刻殺される、ということだった。そんな大事が起こっているとは全く気づいていない長谷寺が、初日と同様、教卓を椅子として認識したらしいソコに腰掛けると、そばに血が染みて乾いた国語辞典を置き、肩に掛けていた長方形のバッグのチャックを開けていく。


「センセー、それ何?」


「デッサン用のオモチャだよー、じゃーんっ!」


 教師が[オモチャ]と言って取り出したモノを見た生徒たちは、言葉を失った。長谷寺が手にしているモノ、それはライフル銃だった。一体いつの間に持ち込んだのか、朝出勤してきた時には国語辞典しか持っていなかった。原因は、髪留めとして長谷寺が付けている、黒魔女アデラインが作った魔法陣上にめ込まれた多くの宝石にある。この虹色に輝く宝石には、まとめた髪の中に四次元空間を発生させるトンデモ機能が備わっているのだ。


 この宝石を加工したのは、便利屋と化しているストラーナ。普段は、自分の首達と話しながら拷問器具を主体とした発明をしているが、その過程で時々ワケの分からないモノを作った上、それを彼が知る者にホイホイと渡してしまうので、直接渡した訳ではないにしても、こういう事がちょくちょく起こる。髪の中に四次元空間を発生させられるのは、この髪留めの持ち主だけだ。長谷寺は、マンションの自室に入った時に、楽しめそうな物だけをソコに放り込んでから高山が選んだ服を着せてもらったのだった。で、現在に至る。


 いくら暗黒街が周りにあって、治安の良くない一帯に居るからと言っても、まだ十代で高校に上がったばかりの彼等の多くは、拳銃など実際に見たことも使ったことも無い者は多い。人の力をじ伏せるため、または命を奪うため、もしくは自身を守るために、使わざるを得ない状況に陥ることも彼等には訪れる、現に嵐堂学園の教師たちは、ほぼ全員が拳銃を所持しているのだ。本来なら、暮らしの中で自然と接して、少しずつ知っていくモノなのだろうが、長谷寺を前にしてはそんな事情など無意味である。ニッコリと穏やかな笑顔で、ライフル銃を持ち上げながら、実弾が入っている事を確認した。


「弾が入ってるねぇー、からにしたほうがイイと思う人!手をあげてー」


 生徒全員の手が上がった、触ったこともなければ、殺傷能力も高いような実弾入りのライフル銃を、そのままの状態でデッサンするなど冗談も大概たいがいにしてくれと彼等は思った。1Dの生徒たちは、長谷寺が持つ奇妙な単純さを知らなかった。全員の挙手を見た長谷寺は、二度頷いて自然な流れでライフル銃を構え、銃口を窓へ向ける。[まさか]と思った斎藤 庸介が口を開いた瞬間、その[まさか]が形になった。


 それから銃声が六回響き渡り、薬莢やっきょうが六つ床に転がった。反射的に耳をふさいだ生徒たちだったが、心理的には今まさにパニック状態だ。その元凶である男は銃口を下ろし、手近かにあったテーブルの上でライフル銃をデッサンしやすいように固定しはじめた。初めて間近でライフル銃を使う様子を目にして固まっていた斎藤が、平然とデッサンの準備をしている長谷寺になかば叫ぶように言葉を吐き出す。


「誰が発砲してくれっつったよ!?」


「弾はもうないよ?ダメだったの?」


 撃てる弾がない状態にする、イコール、からにする。という妙な発想だった事を、生徒たちは身をもって知った。





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