第48話・デッサン中の質問

 わずかな時間でスッカリ疲れきってしまった生徒たちを視界に入れて、長谷寺は固定してあるライフル銃を指差すと、ニッコリ笑った。


「もう安全だよっ!さーっ、コレをデッサンしましょーっ!僕はネコさん描いてるねー」


 この言葉には、少しだけ残っていた毒気を全員が抜かれた。何の説明もなく、アドバイスもなく、ただライフル銃を描けと言われた次の瞬間に、自分は猫の絵を描くと言うのだ。生徒たちは[意味が分からない]といった表情を浮かべているが、おそらく何かこの授業に関する質問をしたとしても、この教師からはろくでもない答えしか返って来ないだろうと想像がついてしまった。


 仕方なくデッサンを始めると、ライフル銃を描きながら何気なさをよそおって、ある生徒が長谷寺に質問し始めた。薄茶色の長髪をハーフアップにした甘いマスクの少年、[LEON]の幹部であり逃走経路確保を任されている、三枝 義光だ。長谷寺は、自分が猫だと認識している生物を画用紙に描きつつ、正直に返答をしていく。


「ねー、長谷寺先生、質問していい?」


「いいよー」


「さっき、ドア受け止めてたよね?どこ出身?あ、何歳?」


「受け止めたよー、当たりそうだったからー」


 何でもない事のように答えているが、あの時に室内へ飛んできたドアは、かなりの速さと勢いをともなっていた。その行方ゆくえを三枝が知ったのは、長谷寺が既にドアを掴んでいる状態になっているところだった。一秒も無かったと思われるわずかな時間で、教室の中央から端まで移動して飛んでくるドアを片手で掴むなど、何処どこで身につくのか、彼は何処で生まれたのか。こんな人物を、三枝は見たことが無かった。ついでに言うならば、長谷寺と親しく見えた一つ上の季節外れな転校生、高山 晃一は何者なのか、それも知りたかった。


「僕が生まれたのは…えーと、アズミラっていうところだよ、みんなは知らないと思う」


 何故なぜか何色かのクレヨンを手にゴリゴリと猫を描き続ける教師は、間違いなく小学生並の個性的な絵を描いているだろうと思いながら、生徒たちは頭にクエスチョンマークを浮かべつつも大人しく、ひたすらライフル銃のデッサンをしている。長谷寺の言う通り、彼等は[アズミラ]という場所の事など知らなかった。普段、彼と行動を共にしたりバッタリ出会う者達に、長谷寺の故郷を知る者が多かっただけで、通常ならば全く知らない者が多いだろう。


「まぁ知らないけど、どんな場所なの?」


「うーん…毎日ずーっと殺し合いしてるトコかな?道歩いてたら血だらけになるんだよねー」


 少年達の背筋は凍りつき、何とも言いがたい悪寒が走った。道を歩いているだけで血塗ちまみれになる程、殺しが身近にある場所などあるのかと。そんな所で生まれ育ったなら、異常と言って差し違えないほどの身体能力を持っているのも不思議ではない…と、納得しかけた時に先日の[鬼ごっこ]の様子を思い出した。


「僕、こう見えて、すごく強いんだよ?だからみんなを守るの」


 .[こう見えて]も何も生徒たちの目から見れば、美しさはさて置き、戦闘に特化した化け物にしか見えていない。守られる側にいる内は良いが、この先どうすれば彼に敵として認識されずに済むか、長谷寺を攻撃しようとは決して思わないが、それが一番知りたいと、このとき彼等は思っていた。長谷寺と高山の動きを目視できた分、嵐堂学園に在学所属している者達は、この点にいて幸運であったと言えよう。


「どうして先生は僕達を守ってくれるのさ」


「それがセンセーだって、吉川くんが教えてくれたから」


 こうして彼と接している1Dや3Dのメンバーだけではない、この学園に在籍している全ての生徒たちが、体育担当教師である吉川 弘一に対して感謝するだろう。





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