第40話・仄暗い者

 長谷寺の存在に注目しているのは、なにも生徒たちだけではない。教師たちもそうだ、治安の悪いこの近辺で、[敵に回してはならない]と言われている人物たちと顔見知り以上の関係であることが、容易に見てとれる彼の正体を解明しようとする動きもある。職員室の窓からも三人が並んでいた様子は、よく見えていた。多くの教師たちが関心を示している中、2D担任の吉川がボソリと言葉をつむぐ。


「先生方、妙な気は起こさないほうがイイっすよ。長谷寺先生のバックに誰が付いてると思います?[BillyBlack]のボスですよ?」


 吉川は、[BillyBlack]の一員だ。

 昨夜、斎賀さいか しのぶに呼び出され、あの場にいた。ボスである忍と、せかいの創造主がそろっていた、あの場所に。通常であれば、組織の低層域に所属している彼がボスに直接会うことなど無いのだが、長谷寺が問題を起こしまくった昨夜の場合は、その限りではなかった。彼の存在が、この学園都市や周囲に存在する暗黒街に対して、日を追う事にどれだけの被害を及ぼしていくのか、放ったらかしには出来ない。


 四六時中とはいかないが、彼を見張る者と、彼の行く道をそっと軌道修正してやる者が必要だ。そこで忍は前者に幹部である幸嶋を、後者に吉川を指名した。教師たちの中にも様々な組織に属する者、単独の犯罪者などがいる。彼等には、長谷寺に干渉する事で発生する危険性を、前もって充分に知らしめなければならない。その警告を無視して行動にうつすのならば、それ相応の覚悟で挑め、そういう事だった。突然、このような学園にいる教師たちの中では珍しい、女性教師の声が響く。


「敵に回すのは不味まずそうッスね、あたしはちょっかい出さないようにするッス」


 吉川を含む教師たちの視線が、声の主のほうへ集中した。色白で華奢な身体、腰まである金色の髪をハーフアップにしてかんざしで留め、切れ長の仄暗い黒眼、タイトな灰色のスーツを着ている彼女は、九埜くの 真日留まひる、異界からの転生者、魔物である。いつも肩に黒猫を乗せている彼女、あまり存在感は無いが、それなりの悪事に手を染めていた。[BillyBlack]の一員ではない、群れを嫌い、一見孤独を好むように見える犯罪者。その目に宿る狂気が、場を一瞬支配したが、次の瞬間には視線をはずして職員室を出ていった。彼女は、3Cの担任だ。


「綺麗な名前の先生ッスよね、長谷寺 紫陽花なんて。羨ましいッス」


「俺はお前の名前が好きだが、何にしても神域級の魔物だ、鉢合わせにならなけりゃ問題ないだろう」


「そうッスね、そん時はさっさと消えるッスよ」


 肩に乗っている黒猫と喋りながら、ジャケットの内ポケットからタバコを取り出してくわえると、火をつけて紫煙をくゆらせながら歩みを進める。前世からの付き合いがある黒猫と九埜、階段を登って行こうとした時に、先ほど職員室で上がった名前の持ち主とバッタリ出くわした。思わず[あ]と声を上げると、談笑中だった二人の少年に挟まれている長谷寺と目が合った。この世界ページで生まれ育った、亜型人形あがたひとなりではない、正真正銘唯一の魔物に、彼は即座に反応したのだ。彼女の細い腕を掴んだ長谷寺を、仄暗い眼がとらえる。


「ねぇ、名前、教えて?」


「─…九埜 真日留、隣のクラスの担任ッス」


 早速鉢合わせてしまった二人に、興味を持たれてしまった九埜の事にも呆然としつつ溜息を吐く黒猫、その様子にも、彼は素早く反応した。黒猫の眼をジッと見詰めて、指をさす。


「その彼の名前は?」


「セラっていうッス」


 長谷寺は、珍しいこの出会いにキラキラと目を輝かせて、もっと話したいといった様子の彼だったが、あまり良くない状況なのではないかと考えた黒腕に、背を押されて職員室へ向かっていく。彼は大きく手を振り、嬉しそうに九埜と黒猫の名前を叫びながら姿を消した。





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