第35話・罪創り文喰いの出会い

 文喰いの高山は夢を見ていた、遠い昔、まだ生まれて数十年も経っていない頃の、懐かしい故郷での記憶が再生されていた。娯楽都市ベルゲンにある色街いろまちで、高山は生まれた。小さな小さな白虎で、人型になっても幼児の姿、彼も長谷寺も親の記憶はない。ある日、仕事の依頼をけ、無法地帯の犯罪都市アズミラから、初めて王都イルベスタへ出て来ていた長谷寺と出会った。血にまみれた姿で、美味しそうに飴を舐めながらスキップをしている彼の様子に、高山は見惚みとれていた。


 殺しの依頼を完遂かんすいしたことで気持ちが高揚していた長谷寺は、彼の視線に気づいた。そして、自分を見詰めている幼児に喜んでもらい、仲良くなれば人脈を拡げられるし、仕事が増えて遊ぶ金も手に入る、そう考えた。実は長谷寺、現在よりも産まれたての頃のほうが知能は遥かに高かった。他者との関係性や金銭等の授受じゅじゅによって、なにを得られるかを考えられる程度ではあったが。罪を蓄積ちくせきさせていく内に、自身の心を守るため、自然と思考能力を低く低くさせてきたのだ。結果、能力の制御というものが酷く難しくなってしまっているが、それは現在の長谷寺からすれば[関係ないものが何処どこでどうなろうと知ったことか]この一文に尽きるし、故郷にいる周りの者達もそれを理解している。ともかく、その時の彼は踊るように市場の中を抜けてくると、高山の前で止まって可愛らしく微笑ほほえみながら口を開く。


「はい、これあげる」


「は?え?なに?」


 シャランと音を立てて自分の手に落とされたのは、市場に並んでいる店のどれかからスリ盗って来ただろう、黄金おうごんのブレスレットだった。幼児姿で満面の笑みを浮かべている長谷寺の行動が理解できず、それまで見たことがない色鮮やかな何色もの血を浴びたままの姿に高山が硬直していると、長谷寺は小さく白い人差し指を真っ赤な唇に押し付けて、小首を傾げながら口を開いた。


「これ嫌いだった?僕、アズミラに住んでて、今日は初めて出てきたんだっ!これプレゼント!君と仲良くなりたいのっ」


「そっ…そっか、じゃ、貰っとくね?僕は、高山 晃一、ベルゲンの色街に住んでる」


 よく聞く地区の名前が出てきて、長谷寺の笑みはフワッと花が咲くようにほころんだ。彼等が幼かった頃から、二つの都市は交易がさかんだった。領主である大公爵同士が親友である事も一因だが、[虚偽きょぎを許さない娯楽都市]と[殺し屋の巣窟そうくつである犯罪都市]、[ルールを破る者には死を]と[殺すために外へ出られる]これの利害が一致していたからだ。自分の手に乗っているのは盗品だが、ここは王都だから構わないとして、長谷寺に貰ったブレスレットの長さを調節してから手首に付けると、高山は彼の小さな手を握って、ベルゲンのほうへ向かって歩き始めた。


「どこ行くの?」


「あ、えっと…その服、好きなの?」


「ううん、嫌いじゃないけど、好きでもないよ。あ、そうだ、僕は紫陽花あじさい、長谷寺 紫陽花だよ、宜しくね」


「そっか、うん!よろしく」


 幼い頃の長谷寺のファッションセンスは、とても無難な物だった。洒落たものにも、美しいモノにも、可愛いモノにも特に関心はなかったのだ。彼が現在のように独特なデザインの服を好むようになったのも、可愛いものが好きになったのも、他者が何を美しいと感じるのか大体を理解したのも、ほぼ全て高山の感性が影響していると言って過言ではないだろう。


 幼い二人の魔物が手を繋いで、楽しそうに駆けていく姿を、大人たちも楽しそうに見守っていた。いくつかの服屋を見て回っている内に高山は、店のドアをくぐる時、必ず一瞬、繋いでいる長谷寺の手にクイッと引っ張られる事に気づいた。少し後ろにいる彼を振り返って、何が原因なのかと見てみると、すぐに理由が分かった。小さな彼の闇色の髪は、あまりにも長かったのだ。





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