第36話・夢の終わり

 神域級の魔物たちは、その力に応じて髪が長くなる。並の知能があれば、しくは身なりに気を遣う者なら、髪の長さを調整したり、黒魔女アデラインのように髪を汚さないようちゅうに浮かせたりする。しかし長谷寺はその点に於いては、全く気にしていなかった。だから約20mもある髪を、地面の上でそのまま引きずりながら、駆け回り服飾店に入るときドアに一々挟まれていたのだ。美しい闇色の髪に、土埃つちぼこりや樹木の葉が絡まり汚れているのを見た高山は、肩を落としてドアまで歩いていく。彼は小さな手で、ドアから外に出ていてスッカリ汚れてしまっている髪を少しずつ綺麗にして、全て店内に取り込んだ。不思議そうな顔をしている長谷寺に駆け寄って、髪はまとめたほうが良いと言う。


「なんで?」


「えっと…」


 長谷寺を納得させるための理由が思いつかない高山、幼児姿の長谷寺のあまりに長い黒髪と、犯罪都市アズミラから出てきた証である[神王しんのう審判しんぱん]を身に付けているのを目にし、さらにまだ幼い二人の神域級の魔物が揃っている事が珍しすぎて硬直していた服飾店の店主が、助け船を出した。この店は、娯楽都市ベルゲンと、王都イルベスタの境に構えられた老舗服飾店[シュノレイアーノ]、服飾好きの魔物たちの御用達である。長身で、褐色の肌に純白の長髪、銀色の目の紳士的な青年店主ユリオーレ・シュノレイアーノはカウンターから出てくると、小さな長谷寺の前で腰をかがめ、闇色の美しい髪を優しく手繰たぐり寄せて微笑んだ。


「こんなにも美しく長い黒髪は、中々お目にかかれるモノでは御座ございません。折角の闇色、こういった汚れは闇に溶け込みにくい、戦闘の際には纏めて結い上げておいたほうが、より戦いやすいかと存じます」


「そっか、うん、じゃあ髪留かみどめを見せてください」


「かしこまりました」


 上手く長谷寺の考えを誘導してくれたユリオーレに感謝しながら、高山は長谷寺の元へ戻って、店主と一緒に髪留めを選び始めた。自分と仲良くなりたいと言ってくれた彼に、何か贈り物をしたいと思い、汚れてしまった血塗れの服のかわりに新しい服を選ぶべく店舗を見て回り、行きつけの[シュノレイアーノ]に入ったのだった。服ではなく、髪留めを選ぶことになってしまったが。神域級の魔物が付ける髪留めとなると、様々な魔法陣の形の上に宝石が散りばめられているのが常だ。高山と店主ユリオーレで、十個ほどに厳選してから長谷寺に見せてみるが、意見を聞いてみれば[どれも良い]と返ってくるため、悩んだ末に高山が彼に似合うものを選んだ。


 三日月のような形の魔法陣に、虹色の宝石がふんだんにあしらわれた髪留めだ。それは黒魔女アデラインが作った魔法陣で、どれほど量が多く長い髪だとしても差し込むだけで、ふんわりと三つ編みを結い、豊かな丸みを描いて纏めてくれる貴重なしなだった。値の張る品であることは、当時まだ幼かった高山でも一目で分かるくらい美しい髪留めだ。腰に下げている台帳だいちょうめくりながら、支出と税、いま持っている金貨の数を思い出しつつ店主ユリオーレに髪留めの値を聞いた。すると彼は穏やかな笑みを浮かべて、驚くような答えを返してきた。


「金貨十枚でございます」


「えっ…?」


「神域SS級の魔物のお客様から、一品につきそれ以上の金額は頂けません。貴方様あなたさまと同じでございますよ、彼処あちらのお客様も」


 店主ユリオーレは、変わらず穏やかに笑みながらそう告げた。確かに、いつも何品か購入しても質がよく美しいデザインの割りに、あまり高い支払いにならないという事を同郷ベルゲンの魔物に聞いて通い始め、この店を気に入っていた。まさか自分達が分類されている、魔物としての階級が関わっているとは、思いもしなかったのだ。


「貴方がたには当店の品物が必要なのです…意図せずして力が暴走し過ぎない為に。彼が首に付けているチョーカー型の[神王の審判]にも、同じような効果が付与されています」





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