第34話・魔物と魔物

 彼等が一時ひとときの別れを交わしている頃、迅と透は思わぬ大物からの言葉に何とか落ち着きを取り戻し、長谷寺が帰ってくるのを一晩待とうと決めてそれぞれ眠りについた。一方で、長谷寺を自分の部屋に連れ帰った高山は、取り敢えず腹を空かせている様子の彼に血が入っている小瓶を渡して、喜んでソレを飲む姿を確認すると、ストラーナに電話をかける。数回のコール音のあと、せわしなく喋り続ける幾千の彼の声が飛び交うのをBGMに、身体の本体を持っているストラーナが大きな声で挨拶の言葉を口にした。


『はーい!!!あ!高山くんっ!首送ってくれて有難うございましたーっ!』


「どういたしまして、それはそうと、後ろが随分と騒がしいね、どうしたの?」


『紫陽花くんの魔力の影響を受けないとかいう無茶な注文請けて指輪を作ってるんですよーっ!ご主人様、紫陽花くんの事となると人使いが荒くなるモンだから、もうてんやわんやで!!』


 せかいの創造主が、この世界ページへ来ると同時に事態を把握して、酒城兄弟用に、長谷寺の魔力から発生する影響を出来るだけ受けずに済む装置の製造をするよう、ストラーナに連絡をしていたのだ。人間である透はもちろんだが、いくら亜型とはいえ、毎日のように長時間一緒にいれば心が無事では済まされない。ホッと一息吐くと、高山はせかいあるじに感謝しながら、彼の後ろで延々と色んな言葉が飛び交いまくっているストラーナに、納期の確認をした。


「…あー、いつぐらいに出来そう?」


『んーっ!二個注文されたから…朝までに送りますっ!!』


「あはは…ごめんねー?ヨロシクー」


『はーい!!ではーっ!』


 終話ボタンを押すと、長谷寺が飲み終えてからになった小瓶を取りに向かう。黒いソファーの上で胡座あぐらをかいて、満足そうな笑みを浮かべている彼の頭を撫でてやると、まるで長谷寺にかけられていた魔法が解けるように、ふんわりと赤い炎のようなモノに包まれて、彼が魔物の姿へと戻っていく。


 ソファーから流れ落ちて床に広がる長い長い闇色の髪は、美しいレースで作られたドレスのようだ。長く尖った耳はかすかな罪をもとらえ、真っ赤な唇は全ての罪をつむぎ出す。妖しく揺らめき光る極彩色ごくさいしきのタレ目は、見る者をとりこにし、鋭く長い爪は獲物を決してのがさない。スウェットから出ている首から下と、服に隠されていない手や足の肌色は緑やだいだい、黒や赤が混ざったマーブル模様が意思を持っているのではないかと思わせるようにうごめく、美しい魔物。


 彼等がまだ生まれて間もない頃に、故郷の王都イルベスタで出会い一緒に遊ぶたび、高山は長谷寺本来の姿を見ていたくて、彼を甘やかし喜ばせ、そうして自分の前でだけは、いつでも魔物の姿でいていのだという認識を持たせてきた。その事で色々と事件を起こすこともあったが、彼等はただ楽しんでいた。いつからだったかは高山本人も、もう思い出せないが、頭を優しく撫でていると、それだけで長谷寺は魔物の姿へと戻る様になっていた。そっと彼に寄り添うように高山が座ると、長谷寺は10cmほど高い位置にある彼の肩に頭を預けて、そのまま眠りに就いた。


「ホント…警戒心ないんだから。いいけどね」


 規則正しい小さな寝息を聞きながら独りちる高山だったが、内心の嬉しさを自覚しつつ、床一面に広がり、身体が沈むほど豊かな闇色の髪を撫でると、ソファーの背もたれに頭を乗せて自身も穏やかな眠りに落ちていくのだった。二人が深い深い眠りに就いた頃、部屋にゆらりと漆黒の空間が出現して、そこからストラーナが現れた。彼は、久しぶりに見る魔物姿の長谷寺に多少驚きながら、指輪が入った小さな箱を二つ置くと、触手のようにサワサワと動き出した髪の上から逃げる如く漆黒の空間に戻っていき、数秒で空間も消えていった。





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