第33話・邪神の名の由来

 .[二人が一緒なら問題ない]という言葉も、[罪創りと文喰い]という言葉も、理解できない迅に、彼は一度深く息を吸って吐くと[詳しい人物に代わるから待て]そう言われて困惑こんわくした。彼よりもこの世界ページに何が起こっていて、どう対処すれば良いのか詳しく知っている者がいるのかと、驚きに身を固くした。少しの沈黙のあとに、携帯端末の持ち主より随分と低く、ゾッとするほど美しい男の声が聞こえてきた。


『お前の弟の身を守りたければ、今は文喰ふみぐらいに任せておけ』


 迅が電話をかけた相手は、あらゆる組織の幹部クラス以上の者達で構成されている、大規模な闇組織[BillyBlack(ビリーブラック)]のボス、斎賀さいか しのぶだった。そして彼が端末を手渡したのは、この世界ページかすみが掛かるような現象が起きた事に気づいて、つい数分前にやって来た忍の愛人でもあるせかいの創造主だ。その特徴的な声を聴いて、受話口で迅がまた固まったのを感じると、可笑おかしそうに創造主が笑う。


「私が知る限り、一番クリミーネを制御できるのは文喰いだ。ヤツに任せておけば悪いほうに転ぶ事はない」


『─…クリミーネとは…長谷寺の事ですか?』


 広い空間、防音対策が万全に施されている煉瓦れんが造りの壁、ワックス掛けされた落ち着いた木が暖かい風合いのフローリングの床、品揃えが豊富な棚、カウンター席には忍と創造主だけだ。テーブル席では十数名の[BillyBlack]幹部がスピーカーから聞こえる迅との会話に耳を澄ませていた。


 忍と創造主は二人して、熟成されたなめらかでまろやかな口当たりのラム酒をグラスの中で揺らしながら、少し離れた場所で拷問を受ける人間の悲鳴とジャズをBGMに、ゆったりとリラックスしている。創造主は、迅の言葉に答える。


「イタリア語で、[罪]を指す言葉だ」


 それだけ言うと、創造主は終話ボタンを押し、となりにいる愛しい者へ端末を滑らせた。遥か遠い昔、創造主は人間だった。その時、長く過ごしたのが地球という惑星にあるイタリアという場所であった。この世界ページは、そんな彼の故郷をして作られた場所なのだ。ちょっと刺激を与えてやろうと長谷寺を投入した創造主だったが、彼とこの世界ページの相性が良過ぎて、早速色々とやらかしている事には、流石さすが呆気あっけにとられた。


 暗黒街で宝石強盗事件を起こし、着任した嵐堂学園では、グラウンドとフェンスを穴だらけにして校舎の壁をえぐり取り、帰りにはサクッと七人の人間を殺し、十数分間とはいえ人間一人の思考を支配下において危うく死なせるところだった。これらの事を、たった一日と少しの間に彼はやらかす。宝石強盗事件の件に関しても人を殺した事に関しても、一切の遠慮がなさ過ぎて、今ここにいる者達は報告が入ってくるたびに肝を冷やしていた。


 普段から行いがいとは言えないと自覚している彼等の目から見ても、[クリミーネ]こと長谷寺は異常だった。創造主曰く、そこに信念など無い、覚悟も無い、正義も倫理も無く、ほぼほぼ常識も通じない、ただ自身の思うがままに動く化け物、様々な悪事に手をめている彼等の身にもみいる日だった。創造主は忍の頬を撫でると、深いキスをして指で彼の黒髪をきながら囁く。その言葉は、テーブル席の幹部たちにも届いた。


「いいか?絶対に、クリミーネを敵に回すな。敵に回せば最期だ…喰らい尽くされる」


 恐ろしい言葉をニタリとわらいながらつむぐ創造主も大概たいがいだと思いつつ、忍は苦笑した。小さく一度頷いて、立ち上がった創造主と熱い抱擁ほうようを交わす。今回は急を要する事だったので、忍に連絡なく突然この世界ページに来たが、普段は時間を充分に作って忍に会うため、世界ページの様子を見るため来る。すぐに去るのだと分かっていたから、忍も創造主も互いの感触や香りを記憶に焼き付けていた。


「また…」


「あぁ、また来る」





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