第32話・文喰い高山

 全身が火照ほてる、頭の中から長谷寺の姿が消えない、気持ちの制御もできない、腰が抜けたように立ち上がれない。そんな状態の透の視界に、銀髪と灰色の瞳をもつ見慣れない美しい少年が舌舐めずりしている姿が入り込んでくる。彼は、透の肩に手を乗せると、背後にいる長谷寺に対して、何かを確認する言葉を口にした。


「紫陽花、手がいい?口でもいい?」


「手っ!もしかしたら好きなヒトがいるかも知れないし!」


(こういう所は常識的だよね、ホント…十中八九、紫陽花に気があると思うけど)


「りょーかい」


 普段は、どちらかというと肉ごと喰らう事のほうが多いのだが、それは夕方のように既に死んでいる状態であるからだ。生きながら長谷寺の[クリミーネ]に侵蝕しんしょくされた者が対象となった場合は、手っ取り早く接吻キスによって体内に蓄積ちくせきされた余分な[クリミーネ]を吸い出すか、手の平同士をピタリと合わせゆっくりと自分の体内へ長谷寺の[クリミーネ]を移すか、この二つの方法がある。


 長谷寺と繋がりがある人間だからこそ、一応確認したのだが、長い付き合いながら未だに、[接吻キスは好きな人としたいかも知れないから手で罪を移し込んでほしい]等と、唐突に常識らしきモノを繰り出してくる。普段〝常識〟の〝じ〟の字も知らない様子で[そんなものは関係ない]とばかりに、そういった概念を蹴り飛ばし踏みにじって思いのまま生活している長谷寺の言葉とは思えない。と、毎回こういう場面に出くわすたび、文喰い高山は思うのだった。


 彼は、出来るだけ透の身体に刺激を与えないよう気をつけながら、自分の手の平の上に透の手の平を乗せた。その手が虹色に輝き始め、ゆっくりゆっくり光は高山の腕を辿ってゆき、十数分間に渡って流れ続けると少しずつ輝きが小さくなり、消えていった。透は、口を開くのもできない程の身体のうずきや火照りが、目の前の少年の手によってしずめられていくのを感じていた。


「よし、うーん、これはちょっと道具がひつようかな?」


 ボソリと低い声で呟くと、サッと立ち上がった高山が脱衣所前で待っている長谷寺の元へ行き、軽そうにその身を横抱きにしたのが見えた。当の長谷寺は少し首を傾げながら彼を見つめていたが、高山はソレを無視して透に話しかけた。


「晃ちゃん?」


「嵐堂学園2D、高山 晃一でーす。ちょっと今夜は紫陽花のこと借りていきまーす」


「え」


 さっさとその場をあとにする高山の姿に一瞬固まった透だったが、次の瞬間には二人を追いかけ、長谷寺の部屋に入った。すると、長谷寺を抱いた高山がちょうど窓枠を蹴って、空高く跳躍ちょうやくして夜の闇に消えていくところを目撃した。脱衣所でも思ったが、やはり彼も人間ではないと知り、透はすぐに寝ている迅のもとへ駆けていった。長谷寺を名前で呼んだことから、彼と顔見知りではあるのだろうが、それでも心配だった。


「兄さんっ!長谷寺さんがっ!」


 揺すり起こされ少し機嫌が悪そうな顔をした迅、長谷寺の名前が透の口から発されて、飛び起きる。先程起こったことを全て伝える透は、高山が自分に向かって言い置いていった言葉も兄に伝えた。唇の下を少し撫でると、迅はベッドサイドのテーブルから携帯端末を手に取り、誰かに電話をかける。時刻は深夜三時を回ろうとしているのに、兄が電話をかけている相手は出てくれるのかと、不安を感じずにはいられない透。数回のコール音が漏れ聞こえ、低く響く男の声がした。


『珍しいな、どうした』


「うちの長谷寺はせでら 紫陽花あじさいの事は御存知ごぞんじかと思いますが、嵐堂学園2Dの高山たかやま 晃一こういちの事は御存知でしょうか」


 通常であれば、どんな話や報告にも即座に答えてくれる通話相手が数秒間、息を飲んで押し黙る。すぐに、迅は高山の存在がどれだけ想定外のモノなのかを知った。長い溜息を吐いた通話相手は、力が抜けたように囁く。


『罪創りと文喰いか…二人が一緒なら問題ない……はずだ、そのうち戻るだろう』





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