第21話・事件の真相

 この店からそう遠くない場所にある宝石店から、合計一億円相当の貴金属や宝石が盗まれた。暗黒街をめぐったその情報は、すぐに迅や透の耳にも入っていた。用心棒を置いていなかったその店の監視カメラには、黒いマントをまとって、大きなフードを目深まぶかかぶった人物が突然、けむりのように店内へ現れた瞬間が記録されていた。


 その人物は、いとも簡単に強化ガラス製の展示ケースを破壊し、持っていた小さめの袋にザラザラと宝石類を入れて、現れた時と同様どうよう、煙のように店内から消え失せた。迅や透を含むその記録を見たほとんどの者には、何が起こったのか全く分からなかった。理解不能だ、そして、何が起こったのかを正確に理解した極一部ごくいちぶの者達は、何故なぜ彼がココにいるのかと、今以いまもって天を仰ぐことしか出来ない状態である。


 呆然と手のひらの上にある宝石を見つめながら、長谷寺が確かに魔物である事を実感し始めていた。彼に自分達の常識は通用しない、この世界ページの倫理も通じない。彼は、思うがまま、どこまでも自分の意思に素直に生きてきた残酷で美しい化け物なのだと、そう感じさせた。


「─…ありがとう、綺麗だな…」


「ゆるしてくれる?」


「……相手は、選べよ?」


「わかった!」


 もっと彼のことを知らなければ、何も出来ないまま突然、此処ここではない世界ページに帰ってしまうかも知れない。そう思い至った迅は、自分が使える方法で長谷寺がどんな存在なのか、それを理解していこうと決めた。そこへドアをノックする音が聞こえて、迅は急いでスラックスのポケットに宝石を入れ、ドアを開ける。そこには、三杯の酒を人の金で飲むために長谷寺を呼びにきた透の姿。彼は、血塗れの顔とシャツが綺麗になっているのを確認してから、二人に用件を伝えた。三人で階段を降りて行きながら、透が迅と同じような質問をした結果、兄と似通にかよった答えに辿たどり着いたようだ。何故か、彼が罪の神だからだ。罪はあらゆるものをき寄せ、魅了してゆく。


 降りてきた三人を見た店内の客達が、ザワつく。それは、彼等三人がまとう雰囲気が、あまりにも異様だったから。原因は、迅と透が邪神の空気に呑まれたせいで、不気味さが五割増し程までふくれ上がっているのだ。一番前にいた長谷寺が、千歳と石川に向かってニコニコ笑いながら手を振っている。


「白夜くんっ泰地くんっ、やっほー!どしたのー?」


 顔やシャツは綺麗なものになっているが、片手に血塗ちまみれの国語辞典がにぎられていて、少し前の出来事が彼等の頭によみがえる。しかし、長谷寺は何故なぜに辞典を持っているのか、普段見たことのないような光景に、客達の視線もソコへ向いていた。自分が贈ったであろう物が、スッカリ変わり果てた姿になっているのを目にして、コーラを気管に詰まらせかけせ返る。千歳も固まっているが、長谷寺は首をかしげながらカウンター席に腰を掛けた。


「偶然だねーっ、僕ココに住むんだよー」


「……センセー、なんでソレ持ってんの?」


「コレ?」


[ソレ]と千歳が指差したのは、血塗れの国語辞典。長谷寺は辞典を持ち上げて、まだ乾き切っていないというのにカウンターへ乗せた。迅と透はゆっくりと天を仰ぐ、そんな事などにもかいさず、カウンター内にいる兄弟のほうを見てカクテルを注文すると、ニッコリ笑いながら長谷寺は国語辞典を持ち歩く理由を話した。


「僕はあんましココの言葉の意味が分からないから、何を伝えたいのかこれで調べて貰おうと思ったの!いいアイディアでしょっ?」


 褒めてくれと言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、すぐ隣にいる石川の顔をのぞき込む。この場面だけを見た者には、今よりほんの少し前に、彼がなんの躊躇ちゅうちょもなく何人もの人間をてた魔物だとは想像もつくまい。





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