第22話・血と闇色の髪

 顔をのぞき込まれた石川は多少だが頬を赤くして、何となくエラいエラいと長谷寺の頭を撫でたのだが、その髪はかなり湿っている。クセが強い黒髪に触れた手を見てみると、暗色の赤がベッタリと付いていた。あの時に浴びた七人分の血の痕跡こんせきだ、黒髪である事と、血の匂いがしなかったこと、血に濡れてなお落ち着かないクセの強い髪質から、近くで見るだけでは分からなかったのだ。石川の手についた血を目敏めざとく見つけた迅は、長谷寺を立ち上がらせて再び二階へ向かった。


 透は苦笑しながら、石川に新しいおしぼりを手渡すと、もう一つおしぼりを出して国語辞典と、テーブルに付着した血をき取って元置いてあった場所へ戻し、長谷寺が注文してあったカクテルが注がれたグラスをその席に置く。この場から彼が居なくなったことで、一時騒然としていた人々も落ち着きを取り戻した。


 長谷寺は、せっかく席についたというのに、何故なぜまた二階へ連れて行かれるのかと、少し混乱している様子だ。あとへ付いていきながら口にされた言葉には、かすかな焦りの色がにじんでいる。


「どしたのっ?迅ちゃんっ?」


 風呂場に辿たどくや、迅は彼に着せたシャツを脱がし始める。長谷寺は首を傾げているが、理由は分からないまでも自分は風呂に入るのだと理解して、されるがままになっていた。シャツとタンクトップを脱がせて、ハタと、自分は彼の親かとツッコミを入れたくなる行動をしていると気づき、迅はまた項垂うなだれて長谷寺に言った。


「髪を洗ってから降りてこい、血塗ちまみれだ。タオルはそこに置いてある」


「んーと、えーと、血を浴びたら頭も顔も洗って、そんで着替えるのがフツーなの?そーしないと変なの?」


「お前が住んでた所じゃ違ったのか…?」


「うん、外歩くとね?いっつも降ってるから。僕は浴びっぱなしだった、寝る前にパジャマに着替えるくらい!青いのとか赤いのとか緑のとか白いのとか、カラフルな血ばっかり飛んでくるから楽しいよ?」


 そういう問題ではないんじゃないか、狂っているのか、そう思わずにいられない回答が返ってきて、迅の顔は引きっていた。しかし逆に考えれば、彼が生まれ育った環境下では、この世界ページで生まれ育った者達が持つソレとは、遥かにかけ離れた思考回路を持って当然と表現してしまえるほどに、弱肉強食的な面がひどく強い傾向にあったのかも知れないと、彼は思った。


「キレーにしてから会いに来い、っていつも言うトモダチがいてね?そのトモダチと会うときだけキレーにしてた」


 この言葉には一瞬、[ちゃんとしたヤツもいるんだな]と言いそうになったが、以前この世界ページに来たときも、毎夜のように長谷寺は返り血塗れで帰ってきていた。が、そのときの自分が彼にどう対応していたのか、迅はイマイチ思い出せなかった。


 覚えているのは、長谷寺の故郷からやって来たとある男性が、彼の首を鷲掴わしづかみにして帰って行ったこと。その男性が一旦こちらへ戻って来てから、色んなことを教えてくれ、手助けをしてくれた事くらいだ。当時は、荒れ狂う環境の中にあって、自身と透の身を守ることで精一杯だった。


(─…そういやぁ、あの人はコイツと違ってはマトモだったなぁ)


「迅ちゃん?どーすればイイ?」


「…ぁ、あー、そうだな。ココでは、血を浴びたら髪も顔も身体も洗って、服を着替えたほうが普段何をするにも行動しやすい、今回からそうしねぇか?」


「そっかー、行動しやすいの大事だもんね!教えてくれてありがとーっ!洗ってくるっ」


 どんな状況に置かれたとき、どう対応するのが一番早いか、それは長谷寺にとっても大事なことだった。故郷の犯罪都市アズミラでは、今日のような格好で外を歩き回っていてもなんら問題なかった。むしろそのほうが周囲に溶け込めたのだ、当然、普段からそういった格好をするようになる。





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