第20話・宝石盗難事件

 カウンター内には迅の弟、185cmある千歳と同じくらい長身で、黒髪に切れ長の黒目の美丈夫、酒城 透がいた。二人は、ドアに近い席へ腰かけると、居心地が悪いのか固い表情でいた。それを見た透は、制服のまま入ってきた彼等が何のために、極道者やギャング、マフィアや闇カルテルの者たちが集まってくる、陽が沈み始めたこの時間帯の[REI]にやって来たのか、今日に限っては思い当たるふしがあって可笑おかしそうに笑った。


「お客様、ご注文いかが致しましょう」


 おしぼりを受け取りながら、千歳はホワイトレディを、下戸げこの石川はコーラを注文して、灰皿を二つ頼んだ。タバコに火をつけて灰色の天井を見上げ、揺らめく紫煙しえんを吐き出すと、千歳が透のほうを向いて聞きたかったことを質問した。


「ねぇ、紫陽花センセーは?いるよな?」


「…いるよ?でもねぇ、彼に関しては僕タダじゃあ動かない。まぁ僕は優しいからね、報酬が安くてもいいよ?」


 ホワイトレディが注がれたカクテルグラスを千歳の前へすべらせて行きつつ、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている透。石川はタバコ片手にコーラを飲み横目でその様子を見ながら、どうしてだかハラハラとした気持ちになっていた。渋い顔をして千歳が口を開いた。


「三杯ならおごる」


「OK、じゃ、ちょっと待ってて」


 普段は夜の[REI]担当は迅なのだが、今日は長谷寺が顔とシャツに飛び散った血もそのままに帰ってきたため、二階で迅が優しめにしかり付けているのだった。


「全く…無事で良かったけどよぉ、五年経っても昔のまんまかよ…お前は」


「ちゃんと聞いたんだよ?僕に何か用事?って、でもね?何も言わなかったから、迅ちゃんと約束したし早く帰ろうと思ったんだっ」


「で、殺したワケか」


「うんっ!」


 笑顔で事のあらましを説明する長谷寺の、予想もしなかった理由で人を殺してきたと知った迅は、ガックリと項垂うなだれた。夕暮れが近くなり、迅がそろそろ長谷寺を迎えに行くべきだろうかと思い始めた頃、顔にもシャツにも見事なほどに血飛沫ちしぶきを浴びて帰ってきた彼を見て、何事かと怪我はないか確認した。すべて返り血だと分かった迅は、されるがままの長谷寺を二階に連れて上がり、洗濯機にシャツと上着を放り込んで彼の部屋に入ると、クローゼットを開けてちょうど目に入った、襟元えりもとにフリルがふんだんにあしらわれた深紅のシャツを着せた。そして、何があったのかを聞きだしたのだ。


「…分かった、帰りは急がなくて良いから……あー…できれば殺さないでくれ」


 頭をかかえながら伝えた彼の言葉に、長谷寺は桜色の唇に人差し指を置いて考えた。[殺さない]それは一体どういう意味を持つのか、全く理解できない、彼にとって[殺す]ことは呼吸をするのと同じくらい、そのに馴染んだ事。逆を言うならば[殺さない]という言葉は、自分の息の根を止めるに相違そういない意味を持っている。彼が産まれて初めて取り込んだ罪、それが[殺し]だ。何百回と頭の中で言葉をり返しているうちに、だんだん意味が分かってきたのか、まぶたを閉じて頭を横に振りながら目の前の男にうったえる。


「ぼくは─殺す、ドコにいても、ナニしてても、ぼくは殺す、絶対に殺す、例外はボクだけが決める。これ、あげるから、ゆるして」


 長谷寺がパニックを起こしていることに気づいた迅は、おそらく言及げんきゅうしてはならないことに触れてしまったのだろうと感じて、回りが悪くなった頭で考え、差し出されたにぎこぶしの下に両手をやった。そこにザラザラと落とされたのは、美しく輝く様々な宝石、今度は迅がパニックになるばんであった。


「これは……」


「キレーでしょ?前にキレーなジッポ貰ったから、キレーなの好きかなって思って。昨日ね、宝石屋さん行ってとってきた」


 迅は、長谷寺の言葉にどんな意味が含まれているのか、何となくではあるが[とってきた]が[盗ってきた]だと察することが出来てしまって、また頭をかかえたくなった。




 

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